第167話 再び始まる秋の味覚錬金グランプリ
「皆の衆〜!今年もやってまいりました!」
メルヴィン副校長の威勢の良い声が王都広場に響き渡る。
今年も相変わらずド派手な虹色のコートを羽織って、まるでサーカスの団長のような出で立ちだ。
「第二回!秋の味覚錬金グランプリ〜!」
去年の「王都砂糖漬け事件」の影響で、今年は会場の規模が三倍に拡大されている。
観客席もしっかりと設けられて、なんだか本格的な競技会のような雰囲気だ。
「お嬢様、去年のことを考えると今年は少し心配です」
セレーナが虹色の髪をそっと撫でながら呟く。
彼女の表情には期待と不安が入り混じっていた。
「大丈夫よ〜!去年の反省を生かして、今年はもっと安全に実験するから!」
私は自信満々に答えたが、実際のところ、去年何が起こったのか詳しくは覚えていない。
ただ、最終的にみんなが楽しんでくれたから、きっと成功だったのだろう。
「ふみゅ〜」
肩の上でふわりちゃんが小さく鳴く。
この子は去年のことをちゃんと覚えているようで、少し警戒しているみたいだ。
「ピューイピューイ!」
ハーブも足元で興奮気味に鳴いている。
この子にとっては、お祭りは大好きなイベントなのだ。
「ルナさん、今年は何をお作りになる予定ですか?」
隣のブースからカタリナが声をかけてきた。
今年の彼女のブースは、去年よりもさらに厳重な防護結界で囲まれている。
「今年はね、昨日完成した『芳醇な香りスライム』スライムキングの協力で、特別な秋スイーツを作る予定なの!」
「プルルルル〜ン♪」
私の言葉に応えて、スライムキングが嬉しそうに震える。
彼の体からは相変わらず葡萄とパンの素晴らしい香りが漂っている。
「それは楽しみですわね。でも、去年のようにスイーツが歩き回ったりしませんように」
カタリナが苦笑いを浮かべる。
確かに、去年は何かが逃げ回った記憶がある。
「さあ、それでは皆さん!制限時間は二時間!素晴らしい秋の味覚錬金術を披露してください!」
メルヴィン副校長の合図と共に、競技が始まった。
「よし、まずは基本の材料から…」
私は錬金術用の鍋に、新鮮なカボチャのピューレを入れる。
そこに、蜂蜜と『甘味増幅の粉末』を加えて、魔力を込めた火で温めていく。
「スライムキング、お願いします!」
「プルル〜ン♪」
スライムキングが私の鍋の近くに移動して、その素晴らしい香りを放つ。
すると、鍋の中の材料が淡く光り始めた。
「わあ〜!いい感じ〜!」
次に『食感向上の薬草』と『幸福感の結晶』を加える。
これで、食べた人が幸せな気持ちになるカボチャスイーツが完成するはずだ。
そして最後の仕上げに『風味安定剤』を加えようとした時、いつもの様に私の手が滑ってしまった。
「あ!」
『風味安定剤』の代わりに、実験台に置いてあった『浮遊促進剤』を投入してしまったのだ。
ーーボンッ!
いつものように小さな爆発と共に、オレンジ色の煙がもくもくと立ち上る。
「ああ〜!」
煙が晴れると、鍋の中には美しいオレンジ色のカボチャプリンが完成していた。一見、完璧な出来栄えに見える。
「お〜!今回は成功したみたいね!」
私が喜んでプリンに手を伸ばした瞬間、プリンがふわりと宙に浮かび上がった。
「え?」
プリンは空中で優雅にくるくると回転しながら、ゆっくりと会場の上空に向かって上昇していく。
「あー!私のカボチャプリンが空に〜!」
「ふみゅみゅ〜!」
ふわりちゃんが慌てて人型に変化する。
白い髪をなびかせながら、小さな翼で宙に舞い上がった。
「天使様〜!」
「今年も現れた〜!」
観客たちがひざまずく中、ふわりちゃんは空中でプリンを追いかける。
「ふみゅー!」
ふわりちゃんの神聖な力で、プリンの動きが止まった。
しかし、その瞬間、会場の上空に浮かんでいたプリンが、ぽんぽんと分裂し始めた。
「え〜!増えてる〜!」
一つだったプリンが二つ、四つ、八つと次々に増殖していく。
そして、それぞれが宙に浮かびながら、会場をふわふわと舞い回る。
「これは『空飛ぶカボチャプリン軍団』ですね」
セレーナが呆れたように呟く。
一方、他の参加者たちも負けじと自分たちの作品を披露していた。
エリオットは『古代風味の芋ケーキ』を作っていたが、古代の技術を応用しすぎたせいか、ケーキが勝手に踊り始めてしまった。
「これは予想外の現象ですね…」
フランは『超ギャル系スイートポテト』を完成させたが、なぜかポテトが光り輝いて、まるでディスコボールのような効果を放っている。
「うわ〜!まぶしい〜♪でも綺麗〜♪」
ノエミ様は『癒しのかぼちゃタルト』を作ったが、その治癒効果が強すぎて、食べた審査員の疲労が完全に回復し、元気になりすぎてしまった。
「うおおお!今まで感じたことのない活力が〜!」
「走りたくなってきました〜!」
審査員たちが会場を走り回り始める。
そして極めつけは、カタリナの『完璧なモンブラン』だった。
「今年こそは、完璧に制御された美しいスイーツを…」
しかし、カタリナのモンブランを一口食べた瞬間、審査員の周りに金色のオーラが立ち上った。
「これは…まさに天国の味…」
審査員たちが恍惚とした表情でイスにもたれ掛け、身動きが出来なくなっている。
どうやら、あまりの美味しさに精神が昇天しかけているらしい。
「あらあら…また予想外の展開ですわね」
カタリナが困ったような表情を浮かべる。
会場は完全に混沌状態だった。
宙に浮かぶプリン軍団、踊り回るケーキ、光るポテト、走り回る審査員、そして昇天しそうな人々。
「これじゃあ審査どころじゃないですね」
セレーナが苦笑いしながら呟く。
「どうしましょう、このままでは競技が続けられませんわ」
カタリナが心配そうに言った時、一人の審査員が立ち上がった。
「え〜っと…これは…」
グリムウッド教授が困り果てた表情で会場を見回す。モーガン先生も頭を抱えている。
「皆の衆〜!」
そこでメルヴィン副校長が立ち上がった。
「これぞまさに錬金術の醍醐味じゃあ!こんなに創造性豊かな作品たちを見たことがあるか〜!」
相変わらず場の空気を読まない副校長だったが、その言葉に観客たちが大きな拍手を送る。
「見事な発想力だ!予想を超えた展開こそが真の錬金術よ〜!」
しかし、実際問題として審査は不可能な状況だった。
宙に浮かぶプリンは止まらないし、踊るケーキは回り続けるし、審査員の半分は昇天しかけている。
「うーん…これは困りましたね」
グリムウッド教授が頭をかきながら言った時、会場に夕日が差し込んできた。
すると不思議なことに、『浮遊促進剤』の効果時間が切れたのか、空中のプリンたちがゆっくりと降下してきた。
踊るケーキも動きを止め、光るポテトも輝きを弱めていく。
「あ、効果が切れてきたみたいですね」
モーガン先生が安堵の表情を浮かべる。
「まあ、結果的には誰も怪我をしていないし、観客の皆さんも楽しんでくれたようだから…」
グリムウッド教授が苦笑いしながら言う。
「今年の優勝者は…」
「決められませ〜ん!」
メルヴィン副校長が大声で叫んだ。
「こんなに素晴らしい混沌は初めてじゃ!よって今年は『大混乱賞』を新設して、参加者全員に贈呈する〜!」
「え〜!」
私たちは驚いて顔を見合わせた。
優勝者は決まらなかったが、なぜか賞をもらえることになった。
「まあ、楽しかったからそれでいいよね〜!」
私たちは苦笑いしながら頷いた。
「ふみゅふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも嬉しそうに羽をはばたかせながら、また小さな姿に戻る。
「ピューイピューイ♪」
ハーブも喜びのダンスを踊っている。
「プルルルル〜ン♪」
スライムキングも満足そうに震えている。
彼の体からいつもの芳醇な香りが漂って、混沌とした会場にほんのり落ち着いた雰囲気をもたらした。
こうして今年の秋の味覚錬金グランプリも、去年に引き続き予想外の展開で幕を閉じた。
優勝者は決まらなかったけれど、観客も参加者もみんなが楽しめたから、それが一番大切なことだと思う。
「来年はもう少し普通の結果にしたいですわね」
カタリナが微笑みながら言う。
「うん!…でも、普通じゃつまらないかも!」
私の言葉に、みんなが苦笑いを浮かべた。
秋の風が心地よく吹いて、私たちの笑い声を運んでいく。今日もまた、楽しい一日だった。




