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第166話 食欲の秋と回避するパン

秋の風が王立魔法学院の窓を揺らし、廊下には色づいた落ち葉がひらひらと舞い込んでいる。

そんな季節に、私は実験室で相変わらず奮闘していた。


「今度こそ完璧な魔力回復ブドウジュースを作るぞー!」


目の前には、アルケミ領自慢のブドウジュースと、様々な錬金術材料が並んでいる。

カタリナたちに美味しくて効果的なジュースを振る舞いたいのだ。


「ふみゅ〜」


肩の上でふわりちゃんが応援してくれている。

ハーブも足元でピューイと鳴きながら、実験の様子を見守ってくれていた。


「よし、まずは基本の『魔力の結晶』を細かく砕いて…」


錬金術用の乳鉢で結晶を丁寧に砕いていく。

粉末状になったところで、アルケミ領のブドウジュースに少しずつ混ぜていく。


「次は『活力の草』のエキスを数滴…あ、でも秋らしさも欲しいから『豊穣の実』も加えてみよう!」


私は思いついた材料を次々と投入していく。

魔力を込めた火で温めながら、慎重にかき混ぜる。


「順調、順調♪ あ、そうそう!領地の葡萄パンも一緒に味わえたら最高よね」


ふと思い立って、実験台の隅に置いてあった葡萄パンのかけらを手に取る。

実は間食の残りなのだが、これも実験に使えるんじゃないだろうか。


「パンにもジュースの効果を染み込ませたら、一石二鳥よね!」


そう呟きながら、葡萄パンのかけらをジュースの入った容器にぽちゃんと落とした。


その瞬間だった。


ーーボンッ!


小さな爆発音と共に、実験室に紫色の煙がもくもくと立ち上った。


「きゃー!」


私は慌てて煙を手で払いながら、実験台を見回す。


すると…


「あれ?パンが…ない?」


さっき投入したはずの葡萄パンのかけらが、跡形もなく消えていた。

代わりに、容器の中のジュースがきらきらと光っている。


「成功…したのかな?」


恐る恐る容器を覗き込んでいると、突然床の上で何かがぽんぽんと跳ねる音がした。


「え?」


振り返ると、そこには見慣れない物体があった。

茶色くて丸くて、まさに葡萄パンの形をしているのだが…


ぴょんぴょん!


「うわあああ!パンが跳ねてる〜!」


跳ねているだけならまだしも、そのパンは私が手を伸ばそうとすると、まるで意思があるかのようにひょいひょいと避けるのだ。


「待って〜!どこに行くの〜!」


パンは実験室の扉の隙間から、器用に廊下へと逃げ出していく。


「ふみゅみゅ〜!」

「ピューイピューイ!」


ふわりちゃんとハーブも慌てて後を追う。


廊下に出ると、逃走する葡萄パンの姿が見えた。

それは廊下をぴょんぴょんと弾むように進んでいく。


「あ〜!みんな〜!大変〜!」


私の叫び声に、近くにいた生徒たちが振り向く。


「ルナっち〜、また何やらかしたの〜?」

フランが駆けつけてくれたが、逃げるパンを見て目を丸くした。

「うそ〜!パンが走ってる〜♪」


「正確には跳ねてるのよ〜!」


その時、階段の上からカタリナが現れた。


「まあ、ルナさん。今度は何を…きゃあ!」


カタリナの足元に、例のパンがぴょんと跳ね上がってきた。

カタリナが手を伸ばすと、パンはくるくると空中で回転して、見事に避けてしまう。


「これは…『回避する葡萄パン』ですわね」


「そんな名前つけないで〜!」


パンはさらに廊下の奥へと逃げていく。

そこへエリオットも合流した。


「これは興味深い現象ですね。おそらく魔力回復薬の成分が、パンの組織と予期しない反応を起こして、一時的な自律行動を引き起こしたのでしょう」


「理屈はどうでもいいから、捕まえて〜!」


気がつくと、廊下は大騒ぎになっていた。

あちこちから生徒たちが集まってきて、みんなでパンを追いかけるという、とんでもない光景が繰り広げられている。


「そこだ〜!」

「逃がすな〜!」

「あ、また避けた〜!」


パンは実に見事な回避技術を披露しながら、学院中を駆け回る。時にはくるくる回りながら、時には高く跳び上がりながら、追手を煙に巻いていく。


そして食堂前まで来た時、運命的な出会いが起こった。


「あ!」


食堂の隅にある魔物保護施設から、スライムキングが姿を現したのだ。


「プルルルン?」

スライムキングは、目の前をぴょんぴょん跳ね回る葡萄パンを興味深そうに見つめている。


「スライムキング!お疲れさま!」

私が声をかけると、スライムキングは『ルナちゃん、これは何?』と心の声で尋ねてきた。


「実は実験の失敗で…」


説明している間に、葡萄パンはスライムキングの前まで跳んできた。

そして不思議なことに、スライムキングの前では動きを止めたのだ。


「プルルン…」

スライムキングは、まるでパンの様子を伺うように、そっと近づいていく。


「あ、危険よ〜!」

私が制止する間もなく、スライムキングはぱくりとパンを飲み込んでしまった。


「きゃー!スライムキング〜!」


みんなが心配そうに見守る中、スライムキングの体が淡く光り始めた。


「プルルルル〜ン♪」


そして次の瞬間、スライムキングから何とも言えない芳醇な香りが漂い始めた。

それは葡萄の甘い香りに、ほんのりパンの香ばしさが混じった、まさに秋の味覚そのものという感じの素晴らしい香りだった。


「わあ〜!いい香り〜♪」

「お腹すいてきちゃった〜」


生徒たちからため息のような声が漏れる。


「プルルルル〜ン!」


スライムキングも嬉しそうに跳ね回っている。

どうやら葡萄パンを取り込んだことで、新しい能力を身に着けたらしい。


『ルナちゃん、とっても美味しかったヨ〜!』

「あ、良かった〜!元気そうで安心したわ」


そこへモーガン先生とグリムウッド教授がやってきた。


「ルナさん、また何か…おや、この香りは?」

グリムウッド教授が辺りを見回すと、スライムキングが誇らしげにぷるぷると震えている。


「まあ、詳しい経緯は聞かずとも想像がつきますが…」

モーガン先生が苦笑しながら言う。

「この香りは確かに食欲をそそりますね。秋の味覚祭にはぴったりかもしれません」


「本当ですか〜!」


私は喜んだ。

結果的に、とても素晴らしい香りを生み出すことができたのだ。


「まあ、『芳醇な香りスライム』というのも面白いですね」

グリムウッド教授が笑いながら言うと、周りの生徒たちも大爆笑した。


「ふみゅふみゅ〜」

ふわりちゃんも満足そうに鳴いている。


「来週の秋の味覚錬金グランプリでは、スライムキングにも参加してもらいましょうか」


「え〜!本当ですか〜!」


私は大喜びでスライムキングを見つめる。

スライムキングも『ルナちゃんの為なら喜んで〜』と心の声で答えてくれた。


こうして今日も、予想外の結果に終わった実験だったけれど、新しい友達の能力を発見できて、大満足の一日となった。


秋の味覚祭が楽しみで仕方がない。きっと素晴らしい祭りになるに違いない。


「ピューイ♪」


ハーブの鳴き声と共に、夕日が実験室の窓を染めていく。今日もまた、楽しい一日だった。

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