第165話 王立魔法学院体育大会 ~即興ルール書き換え競走と歌うキノコの大フィナーレ~
「さあさあ!いよいよ最終種目じゃあ〜!」
メルヴィン副校長の声が響く中、屋上の虹色キノコは相変わらず美しいハーモニーを奏でている。
光の粒子がきらきらと舞い散って、まるで学院全体がコンサートホールみたいになっていた。
「最終種目は『即興ルール書き換え競走』!」
観客席からは不安のどよめきが起こる。
去年の体育大会を経験している人たちは、メルヴィン副校長の最終種目がどれほどカオスになるか知っているのだ。
「ルールは至って簡単!コース上に『ルール改竄パネル』が設置されており、踏むとルールが変わるのじゃ!最初にゴールした者の勝利じゃあ〜!」
私はカタリナと一緒に参加者席で待機していた。
「ルナさん、今回は何が起こっても驚きませんわ」
カタリナがため息まじりに言う。
「でも楽しそうじゃない?」
「ルナさんがそう言うと、本当に恐ろしいことが起こりそうですわ……」
そんな会話をしている間に、コースの説明が始まった。200メートルのトラックに、20個ほどのカラフルなパネルが埋め込まれている。
パネルには「?」マークが描かれていて、踏むまで何が起こるかわからない仕組みだ。
「それでは参加者の皆さん、スタートラインへ〜!」
私たち最初の走者がスタートラインに並ぶ。
「よーい……スタート!」
一斉にスタートを切った私たちだが、10メートルも走らないうちに最初のパネルを踏んでしまう。
「あ!」
私が踏んだパネルが光ると、空中に文字が浮かび上がった。
『次の50メートルは逆立ちで進め』
「ええ〜!?逆立ちで50メートルって無理だよ〜!」
でも文句を言っている間に、3年生の先輩は器用に逆立ちを始めて進んでいく。
「仕方ない……」
私も必死に逆立ちをして進み始めた。
ふわりちゃんが肩から落ちないように必死に羽ばたいている。
「ふみゅ〜!ふみゅ〜!」
「大丈夫、落ちないよ〜」
逆立ちで進んでいると、視界が逆さまで気持ち悪い。
でも何とか50メートル地点まで到達した時、今度は3年生の先輩が別のパネルを踏んだ。
『魔法禁止!物理攻撃のみ有効』
「あら、これは面白い制約ですわね」
3年生の先輩が余裕の笑みを浮かべている。さすが3年生、どんな状況でも動じない。
続いて2年生の走者がパネルを踏む。
『語尾に「にゃ」をつけて話せ』
「え〜、そんなの恥ずかしいにゃ〜」
2年生の走者が顔を赤くしながら走り続ける。観客席からくすくす笑いが聞こえてくる。
私も負けじと次のパネルを踏んだ。
『歌いながら進め』
「歌?何を歌えばいいの?」
とりあえず思いついた歌を口ずさみながら走ることにした。
「♪今日は楽しい体育大会〜、みんなで一緒に頑張ろう〜♪」
すると不思議なことに、屋上のキノコが私の歌に合わせてハーモニーを奏でてくれる。まるで伴奏みたいだ。
「あら、素敵な合唱ですわね!」
観客席から声援が飛ぶ。
レースは中盤に差し掛かり、次々とルールが書き換わっていく。
『スキップしながら進め』
『両手を頭の上に置いて走れ』
『目をつぶって進め』
『後ろ向きに走れ』
みんながルールに振り回されながら、でも楽しそうに競技を続けている。
私は歌いながらスキップして、目をつぶって後ろ向きに走るという、もはや何をやっているのかわからない状態になっていた。
「♪ルールがころころ変わっても〜、みんなで笑えば怖くない〜♪」
「ルナさん、意外と順応が早いですにゃ〜」
2年生の走者が感心したように言う。語尾の「にゃ」がすっかり定着している。
「ルナさんらしい対応ですわね」
3年生の先輩も余裕で複数のルールを同時にこなしている。
ラスト50メートルというところで、私が大きなパネルを踏んでしまった。
『全員で手をつないでゴールせよ』
「え?全員で?」
このルールが発動した瞬間、競争ではなくなってしまった。私たちは戸惑いながらも、お互いに手を伸ばす。
「まあ、これはこれで面白いですわね」
3年生の先輩が笑いながら私の手を取ってくれる。
「みんなで一緒にゴールするのもいいにゃ〜」
2年生の走者も私の反対側の手を握ってくれた。
「♪みんなで手をつないで〜、一緒にゴール〜♪」
私が歌いながら、9人で手をつないでゴールに向かって走る。
屋上のキノコも一層美しいメロディーで応えてくれる。
観客席からは大きな拍手と歓声が響いていた。
「やった〜!」
私たちは同時にゴールテープを切った。
「素晴らしい!これぞ真の学院精神じゃ〜!」
メルヴィン副校長が感激して手を叩いている。
そして、その後も次々と走者が走り、今年の体育大会は終了した。
「今年の体育大会も大成功じゃ!では、閉会式に移るぞおおお〜!」
---
閉会式では、校長先生が壇上に立って挨拶を始めた。
「皆さん、本日は素晴らしい体育大会でした。特に今年は……」
校長先生が屋上のキノコを見上げる。
「予期せぬハプニングもございましたが、それも含めて楽しい思い出になったことでしょう」
観客席から笑い声が起こる。
「各種目の結果発表をいたします。総合優勝は……全員同点で、全員優勝です!」
「え?」
みんなが驚く中、校長先生が微笑んで続ける。
「最後の種目で皆が手をつないでゴールしたことを評価し、今年は全員が勝者とさせていただきます」
会場が大きな拍手に包まれる。確かに、競争よりも協力の方が大切な時もあるよね。
「それでは副校長から閉会の挨拶をお願いします」
メルヴィン副校長が壇上に立つ。今度は虹色のマントまで着ている。
「皆の衆!今年も最高の体育大会じゃったあああ!」
副校長が両手を広げると、なぜか小さな花火が手のひらから飛び出した。
「来年はさらに盛大に……」
その時だった。
屋上の巨大キノコが突然、ものすごく大きな声で歌い始めたのだ。
「♪ハレルヤ〜♪ハレルヤ〜♪」
まるで大聖堂の合唱のような、荘厳で美しい歌声が学院中に響き渡る。
「うわあ……」
みんなが空を見上げて聞き入っている。
キノコから降り注ぐ光の粒子がより一層輝きを増し、まるで雪のように舞い散っている。
「これは……これは素晴らしい!」
メルヴィン副校長が感激して涙を流している。
「来年はキノコ合唱団との共演も検討しよう!」
「それは勘弁してよ〜」
私は苦笑いしながら答える。
でも確かに、この光景はとても美しくて感動的だった。
キノコの歌声は10分ほど続き、最後はゆっくりとフェードアウトしていく。
そして歌声が完全に消えると同時に、キノコも光の粒子となって空に舞い上がり、消えていった。
「あ、消えちゃった」
「まあ、自然に消えてくれて良かったですわ」
カタリナがほっとした様子で言う。
「みんな〜、今年もお疲れ様でした〜!」
私は手を振って、みんなに挨拶をした。
ふわりちゃんも「ふみゅ〜♪」と嬉しそうに鳴いている。
「ルナっち〜♪最高だった〜♪」
フランちゃんが駆け寄ってきてくれる。
「ルナ先輩、来年も楽しみです!」
エミリも手を振ってくれた。
髪のくるくるはまだ直っていないけど、本人は気にしていないみたい。
「来年はどんな競技になるのでしょうか?」
「きっとまた予想外のことが起こるよ」
私がそう答えると、カタリナが深いため息をついた。
「ルナさんがいる限り、平凡な体育大会にはならなそうですわね」
「あはは……」
でも本当に、今年の体育大会も楽しい思い出になった。
呪文早口リレーで踊りながら呪文を唱えたり、無茶ぶり障害物走で魔物と会話したり、最後はみんなで手をつないでゴールしたり。
そして何より、巨大な歌うキノコという前代未聞の演出まで加わって、きっと何年経っても忘れられない体育大会になったと思う。
「来年は何が起こるかな?」
私が空を見上げてつぶやくと、夕焼け空にまだ光の粒子がきらきらと舞っていた。
きっと来年もまた、想像もつかない楽しいことが待っているに違いない。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも同じことを考えているみたいに、嬉しそうに鳴いていた。
こうして、王立魔法学院史上最もミュージカルな体育大会は、美しいハーモニーと共に幕を閉じたのだった。




