第163話 王立魔法学院体育大会 ~呪文早口リレーで大混乱~
「さあ皆の衆!今年も始まるぞおおお!」
副校長メルヴィン・フェスティバル卿の声が学院の空に響き渡る。
今日は待ちに待った王立魔法学院の年に一度の体育大会だ。
去年は最後に「万能魔導薬」で学院全体をカラフルに染めてしまったけれど、今年こそは普通に……と思っていたのに、メルヴィン卿の派手な衣装を見ただけで嫌な予感しかしない。
「今年の第一種目は!呪文早口リレーじゃあああ!」
あ、やっぱりろくでもない競技だった。
観客席からは期待に満ちた歓声が上がっている。
私の隣では、カタリナがため息をついていた。
「また今年も始まりましたのね……」
「うん、でも楽しそうじゃない?」
「ルナさんがそう言うと、何だか恐ろしいことが起こりそうですわ」
ひどい!私はそんなにトラブルメーカーじゃないもん。
肩の上のふわりちゃんが「ふみゅ〜」と鳴いている。
きっと応援してくれているのね。
「ルール説明じゃ!」メルヴィン卿がカラフルなマントをひらりと翻す。
「4人1チームのリレー形式じゃが、バトンを渡す前に『早口呪文』を成功させなければ次の走者に進めん!
失敗すると……ふふふ、お楽しみじゃ!」
グラウンドには巨大な魔法陣が描かれ、カオスな競技が始まった。
全27チームの内最後の9チームの第一走者が緊張した面持ちでスタートラインに立っている。
1年生Gチームの第一走者はエミリ。小柄な体を震わせながらも、決意に満ちた表情だ。
「頑張って、エミリ!」
私は観客席から声援を送る。
「それでは……スタート!」
ピストルの代わりに小さな花火がパンと鳴り、選手たちが一斉に駆け出した。
エミリは小さな体で懸命に走り、最初の中継地点に到着する。
そこで待っていたのはグリムウッド教授だった。
「はい、エミリ・ボレーノさん。こちらの呪文を早口で2回唱えてください。『魔導光輝煌々瞬閃流星群召喚術式発動』」
「え、ええええ!?」
エミリの顔が青ざめる。
無理もない。普通に言うだけでも舌を噛みそうな長い呪文だ。
「まどうこうきこうこうしゅんせんりゅうせいぐん……あ、あれ?」
案の定、エミリが途中で詰まる。
すると突然、彼女の足元から淡い光が立ち上り始めた。
「あ、あああああ!」
次の瞬間、エミリは光に包まれて空高く打ち上げられてしまった。
まるで人間花火のように、きらきらと光の粒を撒き散らしながら空中で回転している。
「きゃああああ!でも綺麗です!」
観客席からは歓声と拍手が沸き起こる。
確かに美しいけど、エミリが大丈夫かどうかが心配だ。
幸い、彼女は数秒後に魔法のクッションに包まれて安全に着地した。
髪がくるくるに巻かれていて、まるで人形みたいになっている。
「だ、大丈夫……です……」
ふらふらしながらも、エミリは立ち上がる。
「おお、素晴らしい!呪文失敗による『光輝花火人間変化』の術ですな!」メルヴィン卿が興奮して手を叩く。「これも立派な魔法の一種じゃ!もう一度挑戦せい!」
今度はエミリ、深呼吸をしてから挑戦する。
「まどうこうきこうこうしゅんせんりゅうせいぐんしょうかんじゅつしきはつどう!まどうこうきこうこうしゅんせんりゅうせいぐんしょうかんじゅつしきはつどう!」
上手くいった瞬間、今度は小さな爆発が起こった。
煙の中からエミリが現れると、顔が真っ黒になっている。
「ぷはっ!で、でも成功です!2回言えました!」
「よろしい!合格です!」
グリムウッド教授が魔法でエミリの顔を綺麗にしてくれる。
彼女は安堵の表情でバトンを握り、第二走者に向かって走り出した。
他のチームを見ると、3年生Bチームのドーラ先輩はさすがに余裕で呪文をクリアしている。
でも2年生Hチームのアリスは呪文を噛んで逆さまに浮かんでしまい、頭を下にして宙に浮いたままもがいている。
「助けて〜!血が頭に上って〜!」
「もう一度挑戦すれば元に戻ります」グリムウッド教授が呑気に言う。
アリスはなんとか呪文をクリアしてバトンを私に渡しにやってくる。
「ルナちゃん!お願い!」
「任せて!」
私はバトンを受け取ると、第三中継地点に向かって走り出した。そこで待っていたのは……
「おや、ルナ。お疲れ様」
カンナバール教官だった。筋骨隆々の元王国近衛騎士団長が、なぜかにこやかに笑っている。
でも威圧感は相変わらずすごい。
「こちらの呪文を早口で3回どうぞ。『超絶魔導極限突破無限連鎖爆裂炎舞踊』」
「ちょ……ちょうぜつまどうきょくげんとっぱむげんれんさばくれつえんぶよう……」
うわあ、舌が回らない!でも頑張らないと。
「ちょうぜつまどうきょくげんとっぱ……むげん……れんさ……」
案の定、途中で噛んでしまった。
すると私の足元から真っ赤な炎が立ち上る。
「あちちちち!」
でも不思議なことに、炎は熱くない。
むしろ心地よい温かさだ。そして私の体が勝手に踊り始める。
「あれ?体が勝手に……!」
私は意識とは関係なく、くるくると回転しながら優雅に踊っている。
まるでバレエダンサーのように軽やかに、でも制御が全く効かない。
「おお!『呪文失敗炎舞踊症候群』じゃな!美しい!」
メルヴィン卿の興奮した声が聞こえる。
観客席からも拍手が聞こえるけど、私は踊りながら第二回目に挑戦しなければならない。
「ちょ、ちょうぜつま、まどう……」踊りながら呪文を唱えるのは想像以上に難しい。
「きょくげんとっぱ……む、むげん……」
また噛んだ。
今度は炎の色が青に変わり、踊りがさらに激しくなった。
まるでフラメンコのように情熱的な動きだ。
「ちょっと待って!」私は必死に叫ぶ。「踊りながらじゃ呪文が言えないよ〜!」
「それも実力のうちだ!」カンナバール教官が涼しい顔で言う。
仕方ない。踊りのリズムに合わせて呪文を唱えてみよう。
「ちょ〜うぜ〜つま〜どう〜♪ きょ〜くげ〜んとっ〜ぱ〜♪」
あ、なんか歌みたいになった。でも案外言いやすい。
「む〜げ〜んれ〜んさ〜♪ ばくれ〜つえ〜んぶよ〜う〜♪」
一回目成功!調子に乗って二回目。
「ちょ〜うぜ〜つま〜どう〜♪ きょ〜くげ〜んとっ〜ぱ〜♪ む〜げ〜んれ〜んさ〜♪ ばくれ〜つえ〜んぶよ〜う〜♪」
二回目も成功!観客席が大いに盛り上がっている。三回目、ラストスパート!
「ちょうぜつまどうきょくげんとっぱむげんれんさばくれつえんぶよう!」
今度は普通に、でも踊りながら一気に言い切った。
すると炎が消え、踊りもぴたりと止まる。
「合格だ!」
「やったあ!」
私はバトンを握りしめ、最終走者のトーマス君に向かって駆け出した。
観客席から聞こえる歓声と笑い声が心地良い。
そういえばさっきから、肩の上のふわりちゃんが「ふみゅみゅ〜♪」と楽しそうに鳴いている。
一緒に踊りを楽しんでくれていたのかな。
「トーマス君!お願い!」
バトンを受け取ったトーマス君は、最後の中継地点に向かって走っていく。
そこで待っていたのはフローラン教授だった。
「最後の呪文です。『魔法学院万歳三唱祝福永続繁栄願成就』を早口で5回!」
「ご、5回!?」
トーマス君の顔が青ざめる。でも彼は気合いを入れ直し、挑戦を始めた。
「まほうがくいんばんざいさんしょうしゅくふくえいぞくはんえいがんせいじゅ……」
案の定、一回目で噛んだ瞬間、トーマス君の周りに色とりどりの紙吹雪が舞い上がった。
まるでお祭りの最中みたいだ。
「うわああ、紙吹雪で前が見えない〜!」
でも彼は諦めずに二回目に挑戦。
今度は途中で噛むと、小さな花火がぱんぱんと上がり始めた。
「きれい〜!」観客席から感嘆の声。
三回目の挑戦では、音楽まで流れ始めた。まるで本当にお祭り会場にいるみたいだ。
「頑張って、トーマス君〜!」私は必死に応援する。
そして四回目、五回目と、なんとか成功させたトーマス君は、紙吹雪と花火と音楽に包まれながらゴールに向かって走り出した。
結果は……6位!
「お疲れ様、みんな〜!」
私たちはお互いを労った。
優勝は3年生Bチーム、準優勝は2年生Fチームだったけれど、6位でも十分嬉しい。
「いや〜、今年も素晴らしい競技でしたなあ!」メルヴィン卿が満足そうに手を叩く。「特にルナさんの踊りながら早口呪文は圧巻じゃった!来年は『踊りながら早口呪文』を正式種目にしよう!」
「え〜っ!?」
全員の抗議の声が響く中、私は苦笑いするしかなかった。
でも確かに、今年の体育大会も去年に負けず劣らず楽しい思い出になりそうだ。
そんな時、グリムウッド教授が慌てた様子で走ってきた。
「大変です!呪文の副作用で、学院の屋上に巨大な虹色のキノコが生えてしまいました!」
「え?」
みんなで屋上を見上げると、確かに学院の屋根から巨大なキノコがにょきにょきと生えている。それも虹色に光っている。
「あ、あはは……」私は乾いた笑いを浮かべる。
「ルナさん……」カタリナが疲れたような声で言う。
「いやいや!私なにもしてないからね!」
でも内心では、また私のせいで何かが起こってしまったのかもしれないと反省していた。
まあ、とりあえず今は体育大会を楽しもう。
「ふみゅ〜」肩の上のふわりちゃんが、まるで「大丈夫だよ」と言ってくれているみたいに鳴いた。
体育大会はまだ始まったばかり。きっと今年も、予想外の展開が待っているに違いない。




