第162話 バサーラサ王国からの感謝と友好の証
リッチ討伐から一週間後、私が実験室で『特製ブドウジュース』の改良に取り組んでいると、ハロルドが慌てて駆け込んできた。
「お嬢様!王宮からお呼びです!」
「王宮から?何かあったの?」
「バサーラサ王国の使節団が到着されたとのことです。リッチ討伐の件で、正式な感謝の意を表したいとか」
「えっ、そんな大袈裟な!」
私は慌てて実験を中断した。
肩のふわりちゃんも「ふみゅ?」と首を傾げている。
「セレーナ、一緒に来てくれる?」
「もちろんです、お嬢様」
王宮の謁見の間は、いつもより華やかに飾られていた。
セレヴィア王国の王族たちに加えて、エドガーたちや他の冒険者たちも招待されている。
そして正面には、見たことのない豪華な民族衣装を着た人々が並んでいた。
「あ、ルナ!」
エドガーが手を振ってくれた。
一週間前の疲労困憊した様子とは打って変わって、すっかり元気になっている。
「エドガー!みんなも元気そうね」
「おかげさまで、完全回復したよ」リリィがピンクの髪をくるくると巻きながら言った。「でも、今日は主役はルナちゃんよ!」
「わしも楽しみじゃのう」マーリンが杖を持ちながらにこにこしている。
「みんなで表彰されるなんて……緊張します」ミラも少し照れくさそうだった。
「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」
セレヴィア王国の王が開式を宣言すると、バサーラサ王国の使節団が前に出た。
先頭に立つのは、日焼けした肌に砂漠の民らしい風格を持った中年の男性だった。
「私は、バサーラサ王国宰相アブデルと申します」
宰相が深々とお辞儀をした。
「この度は、我が国の危機を救っていただき、心より感謝申し上げます。特に、勇者エドガー殿、錬金術師ルナ・アルケミ殿、そして魔王セレスティア様には、国民を代表して最大の謝意を表したく参りました」
「実は、皆様にお伝えしたいことがございます」
宰相の表情が深刻になった。
「リッチの被害は、当初の予想を遥かに上回るものでした。もしも皆様の活躍がなければ、我が国は完全に滅亡していたでしょう」
会場がざわめいた。
「死の魔力による汚染は、国土の8割に及んでいました。作物は枯れ果て、家畜は倒れ、人々は避難を余儀なくされました」
私は胸が痛んだ。そんなに深刻な状況だったなんて。
「しかし、皆様のおかげで……」
宰相の顔に笑顔が戻った。
「リッチが滅ぼされた瞬間、死の魔力が完全に浄化され、大地に緑が戻ったのです。それも、以前より豊かな土地に変わっていました」
「特に、ルナ・アルケミ殿と魔王セレスティア様」
宰相が私たちに向き直った。
「お二人の協力がなければ、この奇跡は起こりませんでした。ルナ殿の『生命の輝き』とセレスティア様の魔王の力が合わさって、まさに我が国の救世主となられました」
私は恥ずかしくて顔を赤らめた。
「セレスティアがいてくれたから成功したんです」
「私も、ルナさんの錬金術があってこそでした」セレスティアさんが謙虚に微笑んだ。「みんなで力を合わせた結果ですね」
「その謙虚さも、素晴らしいですね」
宰相が温かい笑顔を浮かべた。
「では、感謝の印として、心ばかりの品をお納めください」
バサーラサ王国の従者たちが、美しい箱を運んできた。
「エドガー殿には、我が国の伝統工芸『バサーラサの剣』を」
エドガーに手渡されたのは、砂漠の夕日のような美しい色合いの剣だった。
「すげぇ……こんな美しい剣は初めて見る」
「そしてルナ・アルケミ殿には……」
私の前に置かれたのは、虹色に輝く美しい宝石だった。
「これは『砂漠の心』と呼ばれる、我が国の秘宝です。錬金術の触媒として、きっとお役に立つでしょう」
「わあ、すごく綺麗!」
宝石に触れると、温かい魔力が感じられた。これは確かに、錬金術に使えそうだ。
「ふみゅ〜」ふわりちゃんも興味深そうに宝石を見つめている。
「そして、魔王セレスティア様には……」
セレスティアさんの前に置かれたのは、美しく装飾された古い巻物だった。
「これは我が国に伝わる『古代魔法の奥義書』です。魔王様のお力にふさわしい、貴重な魔法の知識が記されています」
「これは……素晴らしいものをいただいて恐縮です」セレスティアが感動したように巻物を受け取った。
リリィには『風切りの短剣』、マーリンには『賢者の杖』、ミラには『聖なる鐘』がそれぞれ贈られた。
「わしの杖より、こっちの方が魔力の通りが良いのう」
「この鐘、とても神聖な力を感じます」
セレーナにも『風断ちのブレスレット』が贈られた。
「お嬢様のお世話係として、いつもご苦労をおかけしているとお聞きしました」
「そんな、恐縮です」
「そして最後に」
宰相が厳かに宣言した。
「バサーラサ王国は、セレヴィア王国との間に永続的な友好条約を結びたいと思います」
「いつでも我が国にいらしてください。最高のもてなしをご用意いたします」
式典の後は、盛大な宴会が開かれた。
バサーラサ王国の料理は、香辛料が効いていてとても美味しかった。
「実際に現地に行って研究してみたいな。砂漠の薬草とか、面白そう」
「その時は、私たちも一緒に行きましょう」ミラも笑顔で言った。
「ふみゅ〜」ふわりちゃんも楽しそうに羽ばたいている。
宴会が終わって家に帰ると、私は『砂漠の心』を実験台に置いた。
「この宝石を使って、どんな薬が作れるかな」
「きっと、素晴らしい発見がありますわ」
実験室に入ってきたカタリナが、興味深そうに宝石を眺めた。
「カタリナも来てたの?」
「ええ、式典を見学させていただきました。ルナさんの活躍、本当に誇らしかったですわ」
「ありがとう。でも、本当にみんなのおかげよ」
私は窓の外を見つめた。
今日もまた、平和な王都の夜景が広がっている。
でも今度は、遠い砂漠の国にも新しい友達ができた。
「次はどんな実験をしようかな」
「ふみゅ〜(楽しみ)」
そして夏が終わる。




