第158話 希望の新薬開発
エドガーからの手紙が王都に届いたのは、私が『特製ブドウジュース』の実験をしていた時だった。
「お嬢様、緊急の手紙です!」
ハロルドが血相を変えて実験室に飛び込んできた。
普段は冷静な執事が、これほど慌てているのを見るのは初めてだった。
「エドガーからですって?」
私は手紙を受け取って読み始めた。
血のように赤いインクで書かれた文字を見るだけで、現地の緊迫した状況が伝わってくる。
『ルナへ。緊急事態だ。バサーラサ王国で古代の魔導師リッチが覚醒し、無数のアンデッドが大陸を脅かしている。俺たちは一週間戦い続けているが、アンデッドが無限に復活してしまい、もう限界だ。頼む。アンデッドを撃退できる薬を作ってくれないか。お前の錬金術が、俺たちの最後の希望だ。時間がない。この手紙が届いたら、すぐに研究を始めてほしい。エドガー』
「アンデッド……リッチ……」
私はなんとなくで思いついた。
死の魔力で動くアンデッドなら、その逆の力……浄化の力で対抗できるかもしれない。
「ハロルド、すぐにカタリナに連絡を!それから、兄さんにも事情を説明して!」
「承知いたしました!」
ハロルドが慌てて駆け出していく。私は肩のふわりちゃんを見つめた。
「ふわりちゃん、エドガーたちを助けられる薬、一緒に作ろうね」
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんが小さく羽ばたいて、決意を示してくれた。
一時間後、カタリナがローゼン侯爵家から急いで駆けつけてくれた。
「ルナさん、大変な事態ですわね」
カタリナの表情も普段より引き締まっている。
蒼い瞳に心配の色が浮かんでいた。
「うん、でもね、何か手伝えることがあるかもしれない」
私は実験台に材料を並べ始めた。『光の花びら』『浄化の水晶』『聖なる水』……
「アンデッドは死の魔力で動いているでしょ?だったら、その逆の力を持つ薬を作れば、何か対抗できるかも」
「なるほど、浄化系の錬金術ですわね」カタリナが目を輝かせた。
「私も手伝います。私の魔力で浄化の力を増幅できるかもしれませんわ」
セレーナも駆けつけてくれた。
「お嬢様、私にも何かお手伝いできることはありませんか?」
「セレーナ!ちょうど良かった。あなたの天使の力も借りたいの」
実験は難航した。
普通の浄化薬では、古代の魔導師の死の魔力には太刀打ちできそうにない。
「うーん、もっと強力な浄化効果が必要ね」
私が悩んでいると、ふわりちゃんが「ふみゅ〜」と鳴いて、小さな翼から光の粉を振りまいた。その瞬間、実験台の材料がきらきらと輝き始めた。
「ふわりちゃん!そうだ!浄化の守護者!」
私はふわりちゃんの光の粉を新しい材料として加えることにした。
『光の花びら』と『浄化の水晶』、『聖なる水』に、ふわりちゃんの『浄化の光の粉』を組み合わせる。
「カタリナ、魔力をお願い!」
「承知いたしましたわ!」
カタリナが魔力をかけると、調合鍋の周りに光る花が咲き乱れた。そして調合液が美しい金色に変化していく。
「セレーナも天使の力を!」
「はい!」セレーナが両手を調合鍋にかざすと、薬がより深い金色に輝いた。
「成功!」
出来上がった薬は『生命の輝き』と名付けた。
アンデッドの死の魔力を中和し、無力化する効果があるはずだ。
「でも、これだけじゃ足りないわね」
私はさらに考えを巡らせた。
現地で効果的に使うには、広範囲に効果を及ぼす必要がある。
「あ、そうだ!『魔力可視化薬』の応用で、『薬効拡散薬』を作れるかも!」
「『友情促進薬』の『絆の草』を加えてみたらどうでしょう?」セレーナが提案した。
「死者を生者の世界に繋ぎ止めているのは、もしかすると歪んだ絆かもしれません」
「セレーナ、それ天才的な発想よ!」
私は早速『絆の草』を追加した調合を試してみた。
すると、薬の色がより深い虹色に変化した。
「これなら、リッチの支配からアンデッドを解放できるかも。『絆断ち薬』と名付けましょう」
カタリナも強めの魔力で薬の効果を安定させてくれた。
「ルナさんの錬金術と私の魔法、そしてふわりちゃんの浄化の力とセレーナさんの発想……みんなの力が合わさった薬ですわね」
「ふみゅ〜」ふわりちゃんも嬉しそうに羽ばたいている。
「ピューイ」ハーブも小さく鳴いた。
「兄さん、この薬をエドガーたちに届けてもらえる?」
兄さんは、いつもの落ち着いた表情で薬の瓶を受け取った。
「分かった。王国最速の馬で向かう。二日で現地に着けるはずだ」
「でも、二日も待てるかしら……」私は心配になった。
「大丈夫ですわ、ルナさん」カタリナが私の肩に手を置いた。
「エドガーさんたちは強い方々です。きっと持ちこたえてくださいます」
「そうですね。私たちの薬を信じて、頑張ってくれているはず」
私は窓の外の南の空を見つめた。
遠い戦場で、友人たちが命をかけて戦っている。
兄さんが出発した後も、私たちは改良を続けた。
もしかすると、もっと効果的な薬を作れるかもしれない。
「『時の砂』を少量加えてみましょうか」私が提案した。「薬効の持続時間を延ばせるかも」
「それは素晴らしいアイデアですわ」
カタリナと一緒に、さらなる改良版に取り組む。
『時の砂』『速度増幅液』『因果安定剤』を組み合わせて、効果時間を延長する。
「これで『生命の輝き・持続版』の完成ね」
三種類の薬ができあがった。『生命の輝き』『絆断ち薬』『持続版』。
これらを組み合わせれば、きっとリッチに対抗できるはず。
「お嬢様、追加の薬も準備できました」セレーナが報告してくれた。
「ありがとう、セレーナ。これで準備万端ね」
私は完成した薬瓶を眺めた。
金色、虹色、そして青白い光を放つ三つの薬。
これが、エドガーたちの希望になってくれるはず。
「急いで二便目を送りましょう」
私はハロルドに頼んで、改良版の薬も現地に送ることにした。
「きっと間に合う。エドガーたちなら、薬が届くまで絶対に諦めない」
「ふみゅ〜(信じてる)」ふわりちゃんが私の頬を小さな翼で撫でてくれた。
窓の外では、夕日が西の空に沈んでいく。遠い戦場で戦う友人たちを思いながら、私は静かに祈った。
「みんな、無事でいて」
実験室には、薬草の甘い香りが漂っていた。これは、希望の香りだ。




