第157話 絶望の戦況と希望の手紙
バサーラサ王国での住民避難作戦が完了してから、さらに三日が過ぎた。
俺の右手の疼きは、もはや激痛を通り越して麻痺していた。封印されし力でさえ、この絶望的な状況を前に沈黙している。
「くそ、また復活しやがった!」
俺はリッチの魔力で強化されたスケルトンナイトを一刀両断したが、その場で骨が再び組み上がり始める。
何度倒しても、何度倒しても、リッチの死の魔力で無限に復活してしまうのだ。
「エドガー、後ろ!」
リリィがピンクの髪を振り乱しながら、ゾンビの群れに突撃した。
しかし、その動きにはもう以前のような軽やかさがない。
疲労が蓄積しているのは明らかだった。
「もう……限界かも……」
「リリィ、無理するな!」
「『神の雷』!」
マーリンが杖を振り上げると、以前よりもかなり小さな雷が落ちてきた。アンデッドを数体倒すのが精一杯だ。
「わしの魔力も底をついた……もう大技は使えん」
マーリンの額には汗が浮かび、杖を握る手が震えている。
「みんな、まだ諦めちゃダメ!『大治癒』!」
ミラが聖女級の治癒魔法を発動したが、その光は以前の半分も輝いていない。
「でも……きっと誰かが……このリッチ覚醒も……計画的な……」
ミラの疑心暗鬼も、もはや力ない呟きに変わっていた。
俺は周囲を見回した。地平線まで続くアンデッドの大軍。
空は死の瘴気で黒く染まり、大地からは絶えず新しいアンデッドが這い出してくる。
「このままでは……大陸全体が……」
「エドガー!」
バサーラサ王国の将軍が血相を変えて駆け寄ってきた。
「各国の救援部隊からも悲鳴が上がっている!アンデッドの数が予想を遥かに超えて、戦線が崩壊寸前だ!」
「何だと!?」
俺の心に、冷たい絶望が走った。
「このままでは、他国の救援部隊も全滅してしまう!」
「分かった。俺たちが支援に向かう」
「しかしエドガー、この状態では……」
俺は剣を握りしめた。封印されし右手よ、もう一度だけ力を貸してくれ。
「やるしかない。仲間を見捨てるわけにはいかない」
戦いは一週間続いた。
俺たちは各地を転戦し、救援部隊を援護し続けたが、状況は悪化の一途をたどっている。
「ハア……ハア……」
リリィは短剣を地面に突き刺して、やっと立っている状態だった。
「私の華麗な……暗殺術も……もう……」
「リリィ!」
俺が駆け寄ると、リリィは苦しそうに笑った。
「大丈夫よ……まだ……戦える……」
だが、その足は明らかに震えている。
マーリンは杖にもたれかかり、荒い息をついていた。
「わしも……もう雷を……呼び出す力が……」
ミラは聖典を抱きしめて座り込んでいる。
「治癒魔法も……もう……魔力が……」
俺だけが立っていたが、右手の激痛で意識が朦朧としていた。
その夜、俺は決断した。
「みんな、少し休んでくれ」
俺は荷物から羊皮紙とペンを取り出した。
震える手で、二通の手紙を書き始める。
まずは冒険者ギルドへの報告書だ。
『ギルドマスター殿
緊急報告。バサーラサ王国で古代の魔導師リッチが覚醒。アンデッドが無限復活し、各国救援部隊も苦戦中。現在の戦力では限界。至急、追加支援を要請する。
勇者エドガー』
次に、ルナへの個人的な手紙を書いた。
『ルナへ
緊急事態だ。バサーラサ王国で古代の魔導師リッチが覚醒し、無数のアンデッドが大陸を脅かしている。俺たちは一週間戦い続けているが、アンデッドが無限に復活してしまい、もう限界だ。
頼む。アンデッドを撃退できる薬を作ってくれないか。お前の錬金術が、俺たちの最後の希望だ。
時間がない。この手紙が届いたら、すぐに研究を始めてほしい。
エドガー』
俺は二通の手紙を折りたたむと、バサーラサ王国の伝令兵二人に渡した。
「これを、最速で王都の冒険者ギルドとルナ・アルケミ嬢に届けてくれ。大陸の命運がかかっている」
「承知いたしました!」
伝令兵たちは別々の馬にまたがると、夜の闇に消えていった。
手紙を送った後、俺は夜空を見上げた。星々が、かすかに輝いている。
「ルナ……頼む……」
俺の右手が、久しぶりに温かい感覚を示した。これは、希望の光だ。
「エドガー……」リリィが弱々しく微笑んだ。
「ああ。ルナなら、きっと何とかしてくれる」
「わしもルナちゃんを信じておるぞい」マーリンが杖を握りしめた。
「ルナさんの錬金術……きっと奇跡を起こしてくれるはず」ミラも希望を込めて呟いた。
翌朝、俺たちは再び戦場に立った。
ルナからの返事が来るまで、絶対に諦めるわけにはいかない。
「まだだ……まだ終わらない……」
アンデッドの大群が再び襲いかかってくる中、俺は剣を構え直した。
「封印されし右手よ、ルナの錬金術が完成するまで、もう少しだけ力を貸してくれ!」
地平線の向こうから、朝日が昇ってくる。
そう、まだ希望はある。
ルナの天才的な錬金術が、必ず奇跡を起こしてくれる。
そう信じて、俺たちは戦い続けた。
遠い王都で、きっとルナが俺たちのために薬を作ってくれている。
その想いが、俺たちの心に小さな光を灯していた。
戦いは続く。




