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第156話 バサーラサ王国の危機

俺の右手が、今日は特に疼いていた。これは何かが起こる前兆だ。

封印されし力が、遠い異変を察知している……そんな風に考えていたのが、まさか現実になるとは思ってもみなかった。


冒険者ギルドに緊急召集の鐘が鳴り響いたのは、昼下がりのことだった。


「エドガー、お前たちの出番だ」


ギルドマスターの表情は、いつになく深刻だった。


「大陸南のバサーラサ王国から緊急救援要請が来た。古代の魔導師リッチが覚醒し、死の魔力で砂漠一帯がアンデッドの巣窟と化している」


俺は右手を押さえながら立ち上がった。やはり、この疼きは本物だった。


「……フッ、ついにその時が来たか。封印されし我が右手が、古の邪悪を感じ取っていたというわけだ」


「あーもう、またそれ?」リリィがピンクの髪をかき上げながら呆れ顔で言った。「でも今回は本当にヤバそうじゃない。私の出番ね!」


「わしの魔法の出番じゃな」マーリンが杖を握りしめる。

「まあ、魔法でアンデッドなど一掃してくれるわい」


ミラだけは黙って聖典を抱きしめていたが、その表情には不安が色濃く浮かんでいた。


「きっと……罠よ。こんなに急に覚醒するなんて、誰かが仕組んだに違いない」


「疑心暗鬼はミラの悪い癖だぞ」俺は苦笑いを浮かべた。「まあ、警戒するに越したことはないが」


馬車での三日間の旅路は、想像以上に過酷だった。

大陸を南下するにつれて、空気が重くなっていく。

死の魔力が風に乗って漂ってくるのが分かった。


「うげ、なんか気持ち悪い……」リリィが顔を青くしている。


「これがリッチの魔力か……」俺の右手の疼きが、どんどん激しくなっていく。

「古代の邪悪……恐ろしいものだ」


「この魔力の濃さは尋常ではないのう」マーリンが眉をひそめた。


バサーラサ王国の国境に着いた時、俺たちは愕然とした。

かつて緑豊かだったであろう大地は、今や干からびた荒野と化している。

そして地平線の向こうから、無数のアンデッドがゆらゆらと立ち上がっているのが見えた。


「うわあ……数が多すぎる」


「これは確かに、一国だけで対処できる規模ではないな」


バサーラサ王国の臨時本部は、国境近くの砦に設置されていた。

王族と貴族たちはすでに北方の安全地帯へ避難済みで、残るは一般国民の退避が急務だった。


「各国の救援部隊と連携して、住民の退避を援護する」バサーラサの将軍が作戦を説明した。

「アンデッドの大群が迫っている。時間がない」


俺は仲間たちを見回した。


「行くぞ、みんな。この右手に宿りし力、今こそ解放する時だ!」


「はいはい、分かったから早く行きましょ」リリィが短剣を腰に装着する。


「わしの魔法で道を切り開いてやるわい」


ミラは無言で聖典を開き、『聖なる加護』の詠唱を始めた。元聖女の実力は、疑心暗鬼な性格とは裏腹に本物だった。


最初の村に着いた時、俺たちは絶句した。

村の入り口から、スケルトンとゾンビが次々と這い出してくる。

その数、ゆうに百体は超えていただろう。


「うわあああ!多すぎる!」


「任せなさい!」リリィが影のように駆け出した。

ピンクの髪がなびく中、短剣が銀色の軌跡を描いてアンデッドを次々と切り裂いていく。

「私の華麗な暗殺術、見せてあげる!」


「リリィ、調子に乗るな!」


俺は右手を天に掲げた。


「封印されし右手よ……今こそその力を解放せよ!『縮地斬り』!」


瞬間移動と同時に剣を振るう俺の必殺技が、アンデッドの群れを一刀両断した。

だが、倒しても倒しても、新しいアンデッドが地面から湧き出してくる。


「わしの出番じゃな!『神の雷』!」


マーリンが杖を振り上げると、空から巨大な雷が落ちてきた。アンデッドたちが次々と浄化されていく。


「まだまだ!『雷の槍』!『特大雷の嵐』!」


マーリンの雷魔法が荒野を照らし、アンデッドの大群を一掃した。


「みんな、住民の避難が最優先よ!」ミラが叫びながら、負傷した村人に『大治癒』をかけていく。

「きっと、これも誰かの陰謀……でも今は目の前の人を救うのが先!」


しかし、状況は絶望的だった。

リッチの魔力が強すぎて、倒したアンデッドがすぐに復活してしまうのだ。


「くそ、キリがない!」


「エドガー、村の人たちは全員避難したわ!次の町へ急ぎましょう!」


俺たちは次々と村や町を回り、住民の退避を援護した。

各国の救援部隊と連携しながら、一人でも多くの人を安全地帯へ送り届ける。


三日目の夜、俺たちは疲労困憊していた。


「もう……限界かも」リリィがへたり込んでいる。


「わしも魔力がほとんど残っておらん」マーリンも杖にもたれかかっていた。


「でも、まだ避難できていない人がいるはず……」ミラが必死に立ち上がろうとする。


俺の右手は、もはや激痛を通り越して麻痺していた。リッチの魔力があまりにも強大すぎる。


「エドガー!大変だ!」


バサーラサの将軍が駆け寄ってきた。


「リッチが完全覚醒した!死の魔力が爆発的に増大している!このままでは、大陸全体が危険だ!」


俺は立ち上がった。右手が、今までにないほど激しく疼いている。


「……分かった。俺たちは最後の町の避難を援護する。それが終わったら、すぐに撤退だ」


「無謀よ!」ミラが叫んだ。「きっと罠があるはず!」


「でも、見捨てるわけにはいかない」俺は剣を握りしめた。「これが勇者の使命だ」


最後の町での戦いは、まさに死闘だった。

リッチの力で強化されたアンデッドたちは、今までとは比べ物にならないほど強力だった。


「『炎の槍』連発!」マーリンが渾身の魔力を込めて炎を放つ。


「私も本気出す!『聖女の大癒術』!」ミラが封印していた元聖女の力を解放した。


俺は最後の力を振り絞って片っ端からアンデッドを切り裂き、リリィは影となってアンデッドを切り裂いていく。


ついに最後の住民を避難させることができた時、俺たちはもうボロボロだった。


「撤退だ!急げ!」


俺たちは必死に北へ向かった。

後ろから、リッチの不気味な笑い声が聞こえてくる。


安全地帯に着いた時、俺の右手の疼きはようやく治まった。


「みんな、よくやった」俺は仲間たちを見回した。

「住民は全員無事に避難できた」


「でも、リッチは完全復活しちゃったじゃない」リリィが不安そうに呟く。


「きっと次の戦いがあるはず……」ミラが聖典を握りしめていた。


「その時は、わしらがまた戦うまでじゃ」マーリンが杖を地面に突いた。


俺は南の空を見上げた。黒い雲が渦巻き、不穏な空気が漂っている。


「ああ、きっとまた戦うことになるだろう。だが今回も、俺たちは勝つ。この右手に誓って」


夕日が荒野の向こうに沈んでいく。長い戦いが始まったばかりだった。


バサーラサ王国の避難作戦は成功したが、リッチの脅威は大陸全体に広がろうとしていた。

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