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第155話 フランの夏のアルバイト奮闘記

「お嬢様。フラン様がお見えになっています」


セレーナの虹色の髪がきらりと光りながら、彼女が居間の方を指差した。

フランが来るなんて珍しい。


居間に向かうと、ソファーに座ったフランの姿が目に飛び込んできた。

いつものギャル系の派手な格好とは打って変わって、清楚な白いブラウスに紺のスカート。

髪も普段のツインテールじゃなくて、きちんとまとめられている。


「フラン?どうしたの、その格好?」


「あ、ルナちゃん~♪実はね、今日からアルバイト始めるの♪でも...」


フランの顔が少し赤くなって、普段の元気さとは違って少し弱々しく見えた。


「どこでアルバイトするの?」


「えーっと...王都の高級茶葉店『エレガンス・ティー』って所なの~♪でもさ、めっちゃ緊張しちゃって...お客様相手だし、敬語使わなきゃだし...」


ああ、なるほど。フランは普段、王女のノエミ様にもため口で話すほど一貫してるから、急に敬語を使うのは大変そうだ。

それに、彼女の本当の性格をなんとなく察している私としては、超人見知りで恥ずかしがり屋の彼女がお客様相手の接客をするなんて、相当勇気がいることだと思う。


「大丈夫よ、フラン。あなたなら絶対できる!」


「ありがと~♪でも、もし変な敬語使っちゃったらどうしよう...『お客様、こちらのお茶、マジうまいっすよ~♪』とか言っちゃいそうで~」


私とセレーナは思わず吹き出してしまった。


---


それから数日後、カタリナと一緒に『エレガンス・ティー』に様子を見に行くことにした。

店内は上品な内装で、優雅なお客様たちが静かにお茶を楽しんでいる。


そこで目にしたのは、完璧に清楚な店員として働くフランの姿だった。


「いらっしゃいませ。本日はご来店いただき、誠にありがとうございます」


え?この丁寧で上品な言葉遣いは本当にフラン?私とカタリナは驚いて顔を見合わせた。


フランは優雅な手つきでティーカップを運び、お客様に丁寧にお茶の説明をしている。

その姿は普段の彼女とは別人のようだった。


「本日のおすすめは、セレヴィア王国東部の高地で採れた希少な『星の雫紅茶』でございます。朝霧に包まれた茶葉に含まれる微量の魔力が、心を穏やかにしてくれる効果があると言われております」


「まあ、素敵ね。ぜひいただきたいわ」


上品なマダムがにこやかに答えると、フランの顔がぱっと明るくなった。

でも、よく見ると彼女の手が少し震えているのが分かる。きっと内心はすごく緊張してるんだろうな。


---


私たちがお茶を注文すると、フランが私たちのテーブルにやってきた。


「ルナ様、カタリナ様、本日はご来店いただき...って、あれ?」


突然、フランの口調が戻ってしまった。慌てて周りを見回して、他のお客様に聞こえないように小声で続ける。


「なんで来てるの~?私の働いてる姿見に来たの~♪?」

「様子が気になったのですわ。でも、すごく頑張っていらっしゃるのね」


カタリナが優しく微笑みかけると、フランの頬が真っ赤になった。


「えへへ~♪でもマジで大変なの~♪昨日なんて、お客さんに『こちらの茶葉、ヤバくない?』って言いそうになっちゃって~」

私たちは思わずくすくすと笑ってしまった。


その時、店長らしい上品な女性がやってきた。


「ベルトランさん、お疲れ様。今日も素晴らしい接客ぶりですね」

「あ、ありがとうございます!」


フランは慌てて敬語に戻ると、店長に深くお辞儀をした。


「彼女は本当に真面目で、お客様からの評判も上々なんですよ。特に、茶葉の知識が豊富で驚いています。どこで勉強されたんでしょうか?」


フランが茶葉の知識?と思っていると、フランが小声で説明してくれた。


「実は、孤児院の子供たちにお茶菓子作ってあげる時に、お茶のことも勉強したの~♪どんなお茶に合うお菓子かとか、考えてたら自然と覚えちゃった~」


ああ、そういうことか。フランは孤児院の子供たちのことを本当によく考えてるものね。


---


翌週、私が実験室で新しい薬の調合をしていると、セレーナが慌ててやってきた。


「お嬢様、大変です!フラン様が泣きながら屋敷にいらしています!」


慌てて居間に向かうと、フランがソファで泣いていた。

いつもの元気な彼女を泣かせるなんて、何があったというの?


「フラン、どうしたの?」

「ルナちゃん...今日、お客様にすごく怒られちゃった...」


フランがぽつりぽつりと話してくれたところによると、今日、とても厳しそうなお客様が来店したらしい。

その人が「この茶葉の産地を詳しく教えなさい」と質問してきた時、フランは一生懸命答えようとしたのだけれど...


「『えーっと...この茶葉は...すごくいい所で作られてて...』って言っちゃったの...そしたら『すごくいい所とは何ですか?もっと具体的に説明しなさい』って言われて...頭真っ白になっちゃった...」


ああ、緊張すると普段の口調に戻っちゃうフランらしいな。


「それで、そのお客様は何て?」


「『このような無知な店員に接客される店など、二度と来ません』って言って帰っちゃった...店長さんも困ってた...私、向いてないのかな...」


フランの涙を見てると、放っておけなくなった。


「そんなことないよ!フランは本当によく頑張ってる。一回の失敗で全部が決まるわけじゃない」


「でも...」

「待って、いいアイデアがあるかも!」


私は実験室に駆け戻って、最近成功した『友情促進薬』の応用版を作ることにした。

『安心促進薬』とでも名付けようかな。


---


『静寂の花』『安らぎの石』『温かい水』を基本として、そこに『信頼の石』を少し加えて...魔力を込めながら慎重に調合していく。


「お嬢様、また実験ですか?

セレーナが心配そうに覗き込んできた。


「フランを元気づけるための薬よ。緊張を和らげて、本来の優しさを表に出しやすくする効果があるはず」


薬が完成すると、淡いピンク色の液体ができあがった。

ほんのりと花の香りがして、見ているだけで心が落ち着くような色合いだ。


居間に戻ると、フランはまだ落ち込んでいた。


「フラン、これ飲んでみて」


「何これ?」

「安心促進薬。緊張を和らげてくれるはず」


フランは半信半疑ながらも、薬を飲んでくれた。

すると、彼女の表情がみるみる穏やかになっていく。


「あ...なんか、心がすーっと軽くなった...」

「よし、明日もう一回挑戦してみない?今度は私も一緒に行くから」


---


翌日、私はお客として『エレガンス・ティー』を訪れた。

フランは薬の効果もあって、いつもより落ち着いて見える。


そこに、昨日フランを困らせたという厳しそうなお客様がやってきた。

私はこっそりと様子を見守る。


「昨日の茶葉について、改めて説明してもらえますか?」


フランは一瞬緊張したようだったけれど、深呼吸をして丁寧に答え始めた。


「申し訳ございませんでした。こちらの茶葉は、セレヴィア王国東部のエルン高原で栽培されております。標高1200メートルの高地で、昼夜の寒暖差が大きく、茶葉に独特の甘みと渋みを与えます。また、この地域特有の朝霧が茶葉に含まれる魔力成分を安定させ...」


お客様の表情がだんだん穏やかになっていく。フランの知識は本物だし、何より彼女の一生懸命さが伝わってくる。


「...そうですね、分かりました。では、そのお茶をいただきましょう」


フランの顔がぱっと明るくなった。


「ありがとうございます!心を込めてお淹れいたします!」


---


その日の帰り道、フランは本当に嬉しそうだった。


「ルナちゃん、ありがとう~♪おかげで自信取り戻せた♪」


「薬の力もあったけど、一番大事なのはフラン自身の頑張りよ」

「えへへ~♪でもさ、今日気づいたことがあるの。お客様に喜んでもらえると、すごく嬉しいの♪孤児院の子供たちが喜んでくれる時と同じ気持ち~♪」


ああ、フランらしいな。彼女の優しさは、どこにいても変わらない。


「それに、稼いだお金で孤児院の子供たちにもっと美味しいお菓子作ってあげられるし~♪頑張る理由がいっぱいある♪」

夕日に照らされたフランの笑顔を見て、私も自然と笑顔になった。


数週間後、フランはすっかり店の看板店員になっていた。

お客様からの指名も多く、店長さんも「彼女がいてくれて本当に助かります」と喜んでいるらしい。


「でも、一番良かったのは」とフランは言った。

「自分に自信が持てるようになったこと♪最初は超緊張してたけど、今はお客様とお話しするのが楽しいの~♪」


その日、フランが孤児院に持参したお菓子は、高級茶葉店で覚えた本格的なスコーンとジャムのセットだった。

子供たちの喜ぶ顔を想像しながら、彼女は今日も元気に「いらっしゃいませ~♪」と店頭に立っている。


夏のアルバイトを通じて、フランはまた一つ成長した。

そんな友達を見ていると、私も負けてられないなと思うのだった。

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