第153話 王都夏祭り最終日 恒例領地対抗花火合戦
王都夏祭りもついに最終日。
街には三日間の祭りを楽しみ尽くした人々の満足そうな笑顔があふれている。
そして今夜は祭りの締めくくりとして、恒例の「領地対抗花火合戦」が開催される。
「皆の者〜!今宵は王都夏祭り最大の見せ場じゃ!各領地が誇りと技術を込めた花火で競い合うぞ〜!」
バルナード侯爵が特設ステージの上で大きく手を広げている。
今夜は一段と派手な装飾を身に着けて、まさに祭りの主役といった風格だ。
「今年も個性的な花火が楽しめそうですわね」
カタリナが楽しみそうに言う。ローゼン侯爵家も参加予定だから、彼女も今夜は出場者の一人だ。
「僕も参加することになってしまいました」
エリオットが少し緊張した様子で言う。
シルバーブルーム男爵家の代表として出場するのだ。
「みんな〜、頑張って〜♪」
フランが応援してくれる。エミリとノエミ王女も、観客席から見守ってくれる予定だ。
「お嬢様様、今年はどのような花火を準備されたのですか?」
セレーナが興味深そうに聞いてくる。
実は今年の私の花火は、去年の反省を踏まえて、もう少し制御しやすいものを作った。
「今年は『想い出花火』っていうのを作ったの。見た人の心に残る美しい思い出を形にする花火なんだ」
「素敵ですね。でも...制御は大丈夫なのでしょうか?」
セレーナの心配そうな表情に、私は少し慌てる。
「だ、大丈夫よ!今年はちゃんと計算してあるから!」
「ふみゅ〜?」
ふわりちゃんが首をかしげている。
昨日のペコ妖精との出会いで、彼女も少し慎重になっているようだ。
「それでは、領地対抗花火合戦を始めるぞ〜!審査は観客の皆の拍手で決まる!一番大きな拍手をもらった領地が優勝じゃ!」
バルナード侯爵の声に、会場がどよめく。参加領地は全部で8つ。去年とは違う顔ぶれもいるようだ。
「では第一陣、ハニークローバー子爵家の花火から参りましょう!」
バルナード侯爵の合図で、最初の花火が打ち上げられた。
夜空に舞い上がったのは…
「あら、可愛らしい!」
巨大な蜂の形をした花火だった。
黄色と黒のしま模様がはっきりと見えて、羽を動かしながら空中を飛び回っている。
そして蜂の後ろから、小さな花の形をした火花がたくさん舞い散っていく。
「ハニークローバー領は養蜂業で有名ですものね」
カタリナが感心している。
「ブンブン飛び回っておるのう!素晴らしい!」
バルナード侯爵も大喜びだ。
観客席からは「可愛い〜!」という声と大きな拍手が起こった。
次は、フィッシュネット男爵家。
空に上がったのは巨大な魚だった。
しかも泳ぐように身をくねらせながら、鱗の部分から青い火花を散らしている。
「おお、本物みたいに泳いでる!」
「さすが漁業の盛んなフィッシュネット領!海の恵みを表現しておるのう!」
バルナード侯爵が興奮している。
三番目は、ファーマーハーベスト伯爵家。
彼らの花火は、空中で巨大な畑を作り出した。
緑の光で作られた葉っぱの間から、トマトやニンジン、ジャガイモの形をした小花火がぽんぽんと飛び出してくる。
「農業領地らしい発想ですわね!」
「収穫祭みたいで楽しいのう!」
続いて、四番目はクリスタルマイン子爵家。
彼らの花火は、空中で巨大な宝石箱を開く演出だった。
中から色とりどりのクリスタル型花火が飛び出して、光を反射しながら美しく輝いている。
「きれい〜!」
「鉱山業らしい豪華さじゃ!」
そして五番目、ローゼン侯爵家のカタリナの番が来た。
「カタリナ、頑張って!」
私が声援を送ると、彼女が振り返って上品に微笑んだ。
カタリナの花火は、夜空に優雅な薔薇園を作り出した。
一つ一つの薔薇が丁寧に描かれていて、風に揺れるように動いている。
そして薔薇園の上に、美しいアーチが現れて、まるでおとぎ話の世界のようだ。
「うわあ、綺麗...」
「さすがローゼン家の令嬢!気品があるのう!」
観客席から大きな拍手が起こった。
六番目は、シルバーブルーム男爵家のエリオット。
彼の花火は、空中に巨大な錬金術工房を作り出した。
煙突からは色とりどりの煙が上がり、窓からは実験の光が漏れている。
そして工房の周りを、小さな光の粒子がくるくると回転している。
「理論的で美しい表現ですわね」
「錬金術への愛が伝わってくるのう!」
七番目は、ムーンシャドウ伯爵家。
彼らの花火は、夜空に巨大な月と星座を描き出した。
月の表面には実際のクレーターまで再現されていて、周りの星座も正確な配置になっている。
「天文学に詳しい領地らしい精密さですね」
エリオットが感心している。
「学術的で素晴らしいのう!だがもう少しドキドキが欲しかったかの」
バルナード侯爵が少し物足りなそうだ。
そして、ついに私の番が来た。
「最後を飾るのは、アルケミ伯爵家のルナ嬢じゃ!去年の伝説の虹花火を覚えておる者も多いじゃろう!今年は一体どんな驚きを見せてくれるのか!」
会場がざわめく。
去年のことを覚えている人も多いようで、期待と少しの不安が混じった空気が漂っている。
私は競技エリアに向かいながら、特製の『想い出花火』を抱えた。今年は慎重に、でも心を込めて作った自信作だ。
「お嬢様様、気をつけて」
セレーナが心配そうに見送ってくれる。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんが応援してくれている。
ハーブもポケットから「ピューイ」と鳴いている。
発射台に花火をセットして、魔力を込めた点火魔法を準備する。
「『記憶よ、踊れ。想いよ、輝け。』」
花火は美しい軌跡を描きながら夜空に舞い上がった。そして...
空中で花火が弾けると、まず小さな光の粒子がふわりと舞い始めた。
それぞれの光が、見ている人の心に響く形に変化していく。
ある人には子供時代の風船。
ある人には初恋の人からもらった花。
ある人には家族で過ごした温かい食卓。
一人一人に違って見える、個人的な想い出の形。
「あ...これは...」
観客席のあちこちから、感動のため息が聞こえる。中には涙を流している人もいる。
でも想い出の光はそれで終わらなかった。個人的な想い出の形が、だんだん繋がり始めて、大きな一つの絵になっていく。
王都の街並み。祭りを楽しむ人々。家族や友人と過ごす幸せな時間。
そして最後に、三日間の夏祭りの思い出が空に映し出された。
初日の私の花火錬金術実演、二日目の花火ルーレット、そして今夜の花火合戦。
「すごい...三日間の祭りが全部見える」
「これは本当に想い出ね」
想い出の映像は約5分間続いて、最後は温かい光に包まれてゆっくりと消えていった。
会場は一瞬静まり返り、そして...
「わあああああ!」
今夜一番大きな拍手と歓声が響いた。
「素晴らしい!これぞ真の花火じゃ!技術と心が完璧に融合しておる!」
バルナード侯爵が興奮のあまり舞台の上で踊り回っている。
「ルナさん、本当に素敵だったわ」
カタリナが駆け寄ってきて、抱きしめてくれた。
「今年は制御も完璧でしたね」
エリオットも安堵の表情だ。
「超感動した〜♪マジで泣いちゃった〜!」
フランが目を赤くしながら言う。
「とても美しい花火でした」
ノエミ王女も感動してくれている。
「それでは審査結果を発表するぞ〜!今年の領地対抗花火合戦、優勝は...」
バルナード侯爵が大きく手を上げる。
「アルケミ伯爵家の、ルナ嬢じゃ〜!」
会場がもう一度大きな拍手に包まれた。
でも実は、私が一番嬉しかったのは優勝したことじゃない。
今年は暴走することなく、ちゃんと思った通りの花火を作れたことだ。
「お嬢様、おめでとうございます」
セレーナが嬉しそうに言ってくれる。
「ありがとう、みんな。今年も本当に楽しい祭りだった」
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも満足そうに羽を休めている。
こうして、王都夏祭りの三日間が終わった。
今年もたくさんの思い出ができて、新しい友達もできて、そして何より、自分の錬金術が少しずつ上達していることを実感できた。
来年の祭りでは、一体どんな花火を作ろうかな。今からもう楽しみで仕方がない。
「来年も頑張りますしょうね」
「うん!来年はもっとすごいのを作るんだ」
夜空にはまだ、想い出花火の余韻が優しく漂っていた。
きっとこの美しい記憶は、見た人の心の中でずっと輝き続けるだろう。
そしてそれこそが、私の錬金術で一番大切にしたいことなのだ。




