第15話 セレーナな色彩変化薬と虹色学院祭の準備
「お嬢様、『色彩変化薬』の材料をご用意いたしました」
数日後の朝、セレーナが意気込んで実験の準備を整えてくれた。『全感覚統合薬』の大成功(?)以来、彼女の錬金術への興味はますます高まっている。
「ありがとう、セレーナ。今日はもう少し控えめな実験にしましょう」
「控えめと言いながら、材料が既に光っているのですが……」
確かに、『虹彩水晶』『色変わり花びら』『光屈折液』『魔力発色粉』が机の上でキラキラと輝いている。
「これくらいは普通よ。朝の陽光に反応してるだけだから」
「お嬢様の『普通』は一般的ではありません……」
セレーナの的確なツッコミを聞きながら、私は実験の説明を始める。
「『色彩変化薬』は、布や紙の色を自由に変える調合薬よ。学院祭の装飾に使えば便利でしょう?」
「学院祭……そういえば、来月でしたね」
「そうそう! カタリナと一緒に『錬金術展示』をする予定なの。この前、学院で相談したのよ」
私が嬉しそうに話していると、実験室のドアが開いた。
「ルナさん、おはようございます」
カタリナが現れた。いつものように完璧な縦ロールで、蒼い瞳が朝日に輝いている。
「カタリナ! ちょうど良いところに。学院祭の準備をしようと思って」
「まあ、素晴らしいタイミングですわね」
カタリナが材料を見回す。
「『色彩変化薬』ですの? それなら展示用の布を美しく染められそうですわ」
「でしょう? まずは基本の調合から——」
私が『虹彩水晶』を手に取った瞬間、それは美しく光り始めた。
「おお、今日は特に反応が良いわね」
「反応が良いって……普通は光らないものですが」
セレーナが不安そうに呟く。
「大丈夫よ! 光ってる方が効果が高いのよ」
私が水晶を石臼で砕き始めると——
——ピカピカピカッ!
砕けた欠片それぞれが異なる色に光り始めた。赤、青、黄、緑、紫、オレンジ、ピンク。
「うわあ、綺麗……」
「まるで宝石みたいですわね」
カタリナが感嘆の声を上げる中、私は次の材料に取りかかる。
「『色変わり花びら』を細かく刻んで——」
ナイフで切った瞬間、花びらから虹色の汁が溢れ出した。
「あら、今日は特に色鮮やかね」
「特に、って……これ異常ですよね?」
セレーナが青ざめているが、私は気にせず作業を続ける。
「『光屈折液』を少量加えて——」
瓶を傾けると、液体が光の筋のように流れ落ちる。鍋に触れた瞬間、美しい光の渦が生まれた。
「おおお!」
三人で見とれていると、最後の材料『魔力発色粉』の出番だ。
「セレーナ、今度はあなたが入れて、魔力を注いでみて」
「私が……また爆発したらどうしましょう」
「大丈夫よ。この間より慎重にいけば——」
セレーナが恐る恐る粉を一つまみ取る。本当に少量——砂粒ほどの量を鍋に落とす。
——ボワアアアン!!
予想を裏切る大爆発。しかも今度は色の爆発だった。
「うわああああ!」
実験室が七色の煙に包まれ、私たちの服も髪も肌も、すべてが虹色に染まっていく。
「きゃあああ!」
セレーナが鏡を見て絶叫する。
「私、虹色になってます!」
確かに、彼女の制服は美しい虹色のグラデーション。髪も虹色にキラキラと輝いている。
「あら、とても綺麗じゃない」
「綺麗って……これで人前に出られますか!」
「大丈夫よ。とても似合ってるから」
私自身も見事に虹色に染まっているが、むしろ気に入っている。
「ルナさんも美しい色合いですわね」
カタリナも虹色に染まっているが、相変わらず優雅だ。縦ロールが虹色に輝いて、まるで天使のようだ。
「これは……意外に素敵かもしれませんわ」
「でしょう? 学院祭の衣装にピッタリよ」
私たちが虹色の姿を鏡で確認していると——
「お嬢様、大変です!」
ハロルドが慌てて駆け込んできた。
「屋敷中の家具が虹色に——うわあ!」
彼も煙の影響で瞬時に虹色に染まった。
「執事さんも虹色ですわね」
「虹色って……これは一体……」
困惑するハロルドをよそに、私は鍋の中を確認する。
「完成! 『超強力色彩変化薬』ね」
鍋の中には、まるで液体の虹のような美しい薬が渦巻いている。
「超強力って……普通の色彩変化薬との違いは?」
「普通のは一色ずつしか変えられないけど、これは全色同時よ」
「全色同時って……」
その時、実験室の窓から外を見ると、庭の木々も花々もすべて虹色に染まっていた。
「外まで影響が……」
「これは学院まで届いてるのでは?」
カタリナの心配は的中した。遠くから学院の方角で鐘の音が聞こえてくる。
「あ、緊急召集の鐘だわ」
「まさか……」
私たちが慌てていると、空から魔法の絨毯で校長先生が飛んできた。例の虹色の髪で——いや、今日は全身虹色だった。
「ルナ・アルケミさーん! 今度は何を——」
窓から実験室に入ってきた瞬間、校長は絶句した。
「これは……なんという美しい色彩……」
「校長先生、すみません。ちょっと調合が暴走して……」
「暴走……しかし、この発色の美しさは見事ですね」
校長が感心している間に、さらに事態は発展した。
——ポンポンポンッ!
鍋から色とりどりの泡が飛び出し、それぞれが異なるパターンで空中に模様を描いている。
「まるで花火みたい……」
「いえ、これは芸術作品ですわ」
カタリナが美術的観点から評価している。
確かに、空中に描かれる光の模様は息をのむほど美しい。ハートや星、花の形、そして不思議な幾何学模様まで。
「これは……『空中彩色術』では?」
校長が驚愕の表情を浮かべる。
「空中彩色術?」
「空気中に直接色彩を定着させる、超高等技術です」
「そんなすごい技術が偶然……?」
「セレーナさんの特殊な魔力と、材料の相乗効果でしょうね」
校長の分析に、セレーナは困惑している。
「私の魔力って、そんなにおかしいんでしょうか?」
「おかしいのではありません。特別なのです」
「特別……」
「恐らく様々な魔力が融合し、新しい特性を獲得したのでしょう」
校長の説明に、私は目を輝かせた。
「それなら、セレーナは天才錬金術師になれるのね!」
「天才って……私はまだ初心者ですよ」
「でも、普通の初心者では起こせない現象を連発してるじゃない」
確かに、セレーナが関わった実験はすべて予想を超える結果になっている。
その時、学院の方から生徒たちの歓声が聞こえてきた。
「わあ、虹色だ!」
「綺麗!」
「まるでお祭りみたい!」
「あら、皆さん喜んでくださってますのね」
カタリナが窓の外を見て微笑む。
「学院祭の前宣伝になったかもしれませんわ」
確かに、街中の人々が虹色の学院を見上げて、楽しそうに話している。
「それなら、このまま学院祭の準備を進めましょう!」
私の提案に、校長が頷く。
「それは良いアイデアですね。しかし——」
「しかし?」
「安全対策は万全にしてください。今度は街全体が虹色になってしまうかもしれません」
「あはは……気をつけます」
そんな会話をしている間に、『色彩変化薬』からまた新しい現象が始まった。
——シュワシュワシュワッ!
今度は音を立てながら、薬が様々な形に変化している。液体が立体的な花の形になったり、動物の形になったり。
「立体彩色まで……これは本格的な芸術作品ですわね」
「学院祭の目玉展示になりそうですね」
校長が嬉しそうに言う。
「ただし、制御方法を確立する必要があります」
「制御方法?」
「はい。これほど強力な薬を安全に使うためには——」
その時、薬から小さな虹色の光の玉が飛び出し、私たちの周りを踊り始めた。
「うわあ、踊ってる……」
光の玉たちは美しいワルツを踊りながら、部屋中を舞っている。
「♪虹色の舞踏会〜♪」
どこからか音楽まで聞こえてきた。
「音楽効果まで……」
「この間の『全感覚統合薬』の影響が残っているのでしょう」
校長の分析通り、視覚、聴覚、そして今度は触覚まで。光の玉に触れると、ふわふわした感触がある。
「これは完全に魔法を超えてますわね」
カタリナが感心している。
「でも楽しいですわ。学院祭が楽しみになりました」
「そうそう! この調子で準備を——」
私が盛り上がっていると、さらなる来客があった。
「失礼いたします」
兄が実験室に入ってきて——瞬時に虹色に染まった。
「またルナの実験か……今度は色彩か」
慣れた様子で状況を把握する兄。
「でも、美しい色合いだね。学院祭の装飾に使えるのでは?」
「さすが兄さん! 私もそう思ったの」
「ただし、色が落ちるかどうかが心配だけど……」
兄の指摘はもっともだった。この色、いつまで続くのだろう?
「大丈夫です」
校長が安心させるように言う。
「この手の色彩変化は、通常48時間で自然消失します」
「48時間……」
「つまり、あさってまでは虹色ということですね」
校長の説明に、セレーナが青ざめた。
「あさってまで虹色で過ごすんですか……?」
「大丈夫よ! とても綺麗だから」
「お嬢様は楽観的すぎます……」
その時、実験室の『色彩変化薬』から最後の大噴出が始まった。
——ボオオオオン!!
今度は色の大花火だった。鍋から噴き上がった虹色の光が、天井で美しく花開く。
「うわあああ!」
実験室が幻想的な色の海に包まれた。
「まるで絵本の世界みたいですわね」
「これは……もう芸術の域ですね」
校長が感嘆の声を上げている間に、色の花火は静かに消えていった。
そして、鍋の中には完璧な『色彩変化薬』が完成していた。
「成功ね!」
「これで学院祭の準備は万全ですわ」
カタリナが満足そうに頷く。
「でも、使用する際は十分注意してくださいね」
校長の忠告に、私たちは素直に頷いた。
午後、虹色のまま学院に向かった私たち。
「ルナちゃん、今度は虹色?」
「綺麗だけど、また爆発?」
クラスメートたちの反応は複雑だったが、みんな楽しそうだった。
「学院祭の準備で『色彩変化薬』を作ったの」
「学院祭……そういえば来月だったわね」
「ルナちゃんたちは何を展示するの?」
「錬金術の実演よ! 安全で美しい調合を披露するの」
「安全で……本当?」
トーマス君が疑わしそうに聞く。
「もちろんよ! 今度こそ、絶対に——」
「ルナさんの『絶対に』も信用できませんわ」
カタリナが即座にツッコミを入れる。
授業中、虹色の私たちは注目の的だった。しかし、先生方も慣れたもので、普通に授業を進めてくれる。
「それでは、来月の学院祭について説明します」
グリムウッド教授が黒板に書き始める。
「各クラス、展示内容を決定してください」
「先生! 私たちは錬金術実演にします」
私が手を挙げると、教室がざわめいた。
「錬金術実演……安全性は大丈夫ですか?」
「大丈夫です! 完璧に制御します」
「ルナさんの『完璧に』が一番心配ですわ」
カタリナの的確な指摘に、教室が爆笑に包まれた。
放課後、学院祭の準備会議が開かれた。
「それでは、各クラスの展示内容を確認します」
校長が議事を進める。
「1年A組、ルナ・アルケミさんのクラスは?」
「錬金術の実演展示です」
私が答えると、会議室がどよめく。
「実演って……安全性は?」
他のクラスの代表が心配そうに聞く。
「大丈夫よ! 美しくて安全な調合だけよ」
「ルナちゃんの『安全』は信用できない……」
他のクラスメートたちの心配をよそに、校長が決定を下した。
「承認します。ただし、事前に教師立ち会いでリハーサルを行うこと」
「はい!」
こうして、虹色の学院祭準備が本格的に始まった。
夕方、屋敷に戻ると、メイドたちも皆虹色になっていた。
「お帰りなさいませ、虹色のお嬢様」
「虹色のって……みんなも虹色じゃない」
「はい。とても美しい色合いで、お掃除も楽しくなります」
メイドたちの前向きなコメントに、私は嬉しくなった。
夕食時、虹色の家族で食卓を囲む。
「ルナの実験も、だいぶ芸術的になってきたね」
「でしょう? 今度は学院祭で披露するの」
「学院祭……大丈夫ですか?」
ハロルドが心配そうに聞く。
「大丈夫よ! カタリナも一緒だし」
「カタリナさんも巻き込まれるのですね……」
「巻き込まれるって失礼な! 一緒に頑張るのよ」
「そうですね……頑張ってください」
ハロルドの諦めにも似た応援に、食卓が笑いに包まれた。
「ところで、セレーナ」
「はい、お嬢様」
「明日は『透明化薬』を作りましょう」
「透明化薬……今度は姿が見えなくなるんですか?」
「そうよ! 学院祭のマジックショーに使えるわ」
「マジックショーって……まさか……」
セレーナの不安そうな表情を見て、私は胸を張った。
「大丈夫よ! 今度こそ、完璧に——」
——ポンッ!
食卓の上で小さな爆発が起こり、今度は透明な煙が立ち上った。
「あ、まだ作ってないのに……」
「ルナの実験道具にも意識があるだろうか……」
兄の呟きに、みんなで苦笑いした。
「明日も大変そうです……」
虹色の夜は、美しくも騒々しく更けていく。
学院祭まであと一ヶ月。
果たして、無事に当日を迎えられるのだろうか——。




