第149話 薬草の里と天空の薬
翌朝、王都へ帰る前に、マティスがグリーンフィ領の案内をしてくれることになった。
「せっかくお越しいただいたので、領内の薬草栽培地もご覧いただきたいんです」
グリーンフィ子爵が丁寧に提案してくれる。
「ぜひ見せていただきたいわ!」
私は興味津々だ。薬草の産地を直接見る機会なんて滅多にない。
「私も勉強になりそうです」
エミリも目を輝かせている。
「薬草畑って超気になる〜♪」
フランも乗り気だ。
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馬車で領内を巡ると、グリーンフィ領の豊かな自然が目に飛び込んできた。
なだらかな丘陵地帯に整然と区画された薬草畑が広がり、朝日に照らされて美しく輝いている。
「こちらが『癒しの葉』の栽培地です」
マティスが誇らしげに説明する。
「わあ、こんなに広い畑で育てているのね」
緑色の葉が風に揺れて、さわやかな香りが漂ってくる。
「ピューイ♪」
ハーブも嬉しそうに鳴いている。同じ薬草仲間を見つけたような感じかしら。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも満足そうにふわふわしている。
「この畑では、朝露の時間帯に収穫すると効果が最も高くなるんです」
「なるほど、時間管理も重要なのね」
「はい。各薬草によって最適な収穫時期が違うので、スケジュール管理が大変なんです」
マティスの説明を聞きながら、私は前世の農業知識を思い出す。
「もしかして、収穫時期の予測に困ったりしない?」
「実は、それが一番の課題で……天候に左右されることが多くて」
「だったら『成熟予測薬』を作ってみるのはどう?」
「成熟予測薬?」
「植物の成長状態を色で表示する薬よ。『時の草』『観察の水』『予知の石』を組み合わせて作るの」
マティスが目を丸くする。
「そんな薬があるんですか?」
「理論的には可能よ。今度一緒に作ってみましょう」
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次に案内されたのは『安眠花』の栽培地だった。薄紫色の可愛らしい花が一面に咲いている。
「この花から作る安眠薬は、王都でも評判なんです」
「へえ〜、マティスの家って結構有名なのね♪」
フランが感心している。
「おかげさまで、多くの方にご愛用いただいております」
グリーンフィ子爵が謙遜気味に答える。
近づいて花の香りを嗅ぐと、確かに心が落ち着くような優しい香りがする。
「この香りだけでもリラックス効果がありそう」
「実際、花畑で働く人たちは皆よく眠れるんです」
マティスが微笑む。
「天然のアロマテラピーみたいなものね」
その時、安眠花の中に少し違う色の花を見つけた。
「あれ、あの白っぽい花は何?」
「あ、それは……実は突然変異で生まれた花で、まだ詳しく調べられていないんです」
「突然変異?面白そう!」
私は興味を引かれる。突然変異種には、時として予想外の効果があることがある。
「調べてもいい?」
「もちろんです!」
白い安眠花を少し分けてもらい、簡易的な成分分析を行う。
「うーん、通常の安眠花より魔力濃度が高いみたい」
「本当ですか?」
「効果も強化されてる可能性があるわ。『強化安眠薬』が作れるかも」
「それは貴重な発見ですね」
マティスが興奮している。
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昼食後、マティスが提案した。
「せっかくですから、天空の薬作りに挑戦してみませんか?」
「そうね!材料も揃ったし、みんなで作ってみましょう」
実験施設に戻り、昨日採取した天空花を使って天空の薬の調合を始める。
「古代の文献によると、『天空花』『風の羽根』『浮力の石』『純粋な水』が必要です」
マティスが材料を並べる。
「調合の順番も重要なのよね。まず天空花を細かく刻んで……」
私が前世の化学知識も活かしながら手順を説明する。
「花びらがキラキラ光ってる〜♪」
フランが感動している。
材料を混ぜ合わせていくと、薬液が徐々に透明感を増していく。
「おお、色が変わってきました!」
マティスが興奮する。
最後に風の羽根を加える瞬間——
ーーぼんっ!
いつものように小さな爆発が起こり、今度は青白い煙がもくもくと上がった。
「お嬢様、またですか……」
セレーナがため息をつく。
「でも今回の煙、とても綺麗な色ね」
煙が晴れると、美しい空色に輝く薬が完成していた。薬液の表面には小さな光の粒が浮かんでいる。
「わあ、本当に空みたい!」
「これが天空の薬……」
マティスが感動で声を震わせる。
「試してみましょうか?」
私が小さじ一杯分を飲むと——
「うわあ!」
体がふわりと浮き上がった。足が地面から離れ、空中に浮遊している。
「すげー!本当に浮いてる♪」
フランが歓声を上げる。
「効果時間は短いみたいですが、確実に浮遊できていますね」
「ピューイピューイ!」
ハーブも興奮して鳴いている。
「ふみゅみゅ〜♪」
ふわりちゃんも嬉しそうにふわふわしている。
数分後、ゆっくりと地面に降りた私は、達成感でいっぱいだった。
「成功ね!天空の薬、本当に作れた!」
「皆さんのおかげです。一人では絶対にできませんでした」
マティスが感謝を込めて言う。
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午後は『体力回復草』の栽培地を見学した。力強い緑の草が元気よく育っている。
「これは冒険者の方々にとても人気があります」
「確かに、体力回復は冒険には欠かせないものね」
その時、エミリが何かに気づいた様子で『測り目』の魔法を使う。
「あの、ルナ先輩。あそこの草、他より少し大きくありませんか?」
エミリが指差す方向を見ると、確かに他より一回り大きな体力回復草が生えている。
「本当ね。何か特別な条件があるのかしら」
近づいて土壌を調べてみると、その場所だけ土の色が少し違う。
「この土、鉄分が多いみたい」
「鉄分ですか?」
「体力回復草は鉄分を好む植物なのかも。土壌改良で品質向上ができそうね」
「それは面白い発見です!」
マティスがメモを取りながら感激している。
「土壌分析薬も作れるから、今度持ってくるわ」
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最後に案内されたのは、新しく開拓中の実験農場だった。
「こちらでは、新種の薬草栽培に挑戦しています」
「新種って、どんなの?」
「『魔力増強草』という、まだ実験段階の薬草です」
見ると、青みがかった不思議な色の草が小さく育っている。
「でも、なかなか上手く育たなくて……」
マティスが困ったような表情を見せる。
「どんな問題があるの?」
「魔力を与えすぎると枯れてしまい、少なすぎると成長しないんです」
「魔力の供給量調整が難しいのね」
私が考えていると、またひらめきが降りてきた。
「『魔力調整薬』を作ってみるのはどう?」
「魔力調整薬?」
「魔力を一定量ずつ放出する薬よ。『調整の石』『安定の水』『制御の粉』を組み合わせて作るの」
「それがあれば……!」
「今度一緒に作りましょう。きっと魔力増強草の栽培も成功するわ」
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午後遅く、王都への帰路につく時間になった。グリーンフィ家の皆さんが見送りに出てきてくれる。
「短い滞在でしたが、とても有意義な時間を過ごせました」
私がお礼を言うと、グリーンフィ子爵が深々と頭を下げる。
「こちらこそ、息子の研究に貴重なご助言をいただき、ありがとうございました」
「また遊びに来るね〜♪」
フランが手を振る。
「私も、また勉強させていただきたいです」
エミリも丁寧に挨拶する。
「皆さん、いつでもお越しください」
マティスが嬉しそうに言う。
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馬車で王都に向かう道中、今回の体験を振り返っていた。
「色々な発見があったわね」
「ルナ先輩の観察眼、すごいです」
エミリが感心している。
「でもマジで、マティスって薬草のことめっちゃ詳しいよね♪」
「グリーンフィ家の伝統なのね。代々受け継がれた知識と技術があるから」
「それに私たちの新しいアイデアが加われば、もっと素晴らしい発見があるかも」
「ピューイ♪」
ハーブも同感のようだ。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも満足そうにふわふわしている。
途中の休憩地点で、セレーナが用意してくれたお弁当を食べながら、更に話が弾む。
「今度は『土壌分析薬』『成熟予測薬』『魔力調整薬』を作らなくちゃね」
「お嬢様、また実験が増えますね……」
セレーナが苦笑する。
「でも今回は爆発しない系の薬だから大丈夫よ」
「それでも何かしら予想外のことが起きるのが、ルナっちの実験だからね〜♪」
フランの言葉に、皆で笑った。
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夕方、王都に到着した。アルケミ家の屋敷に戻ると、ハロルドが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お疲れ様でした」
「ただいま、ハロルド。とても有意義な旅だったわ」
「そのようですね。お土産話を楽しみにしております」
執務室で今回の体験を報告していると、兄も興味深そうに聞いている。
「薬草栽培の技術向上か。それは領地経営にも役立ちそうだな」
「そうね。アルケミ領のブドウ栽培にも応用できるかも」
「面白いアイデアだ。今度父上にも相談してみよう」
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自分の部屋に戻り、今回の発見をノートにまとめていると、窓の外に星空が見えた。
「星の雫草みたいに美しい星空ね」
「ピューイ」
ハーブが私の膝の上で丸くなっている。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも肩で眠そうにしている。
今回の旅で、新しい友情が深まり、たくさんの発見があった。
そして何より、錬金術の可能性がもっと広がったような気がする。
「明日からまた実験だね」
セレーナが部屋を片付けながら言う。
「今度こそ爆発しないように気をつけてくださいね」
「大丈夫よ!きっと今度は……」
私がそう言いかけた時、机の上の実験道具が突然光り始めた。
「あれ?何も触ってないのに……」
「お嬢様!」
どうやら、グリーンフィ領で採取した天空花の花粉が、他の材料と反応を起こしているようだ。
ーーぼんっ!
小さな爆発と共に、部屋中に虹色のキラキラした粉が舞い散る。
「……予想外の実験が勝手に始まっちゃった」
「やっぱり……」
セレーナのため息が響く中、虹色の粉がとても美しく光っていた。
「でもこれ、新しい発見の予感がするわ!」
こうして、グリーンフィ領への旅は終わったけれど、新たな実験の始まりでもあった。




