第147話 マティスからの招待状
マティス・グリーンフィから届いた丁寧な招待状を手に、私は目を輝かせていた。
「星の雫草と月光キノコの栽培実験かあ……面白そう!」
「お嬢様、また何か危険な実験を……」
セレーナがため息をつく。
「大丈夫よ!今回は植物の栽培だから、爆発なんてしないって!」
「その言葉、これまで何度聞いたことでしょう……」
セレーナの鋭い突っ込みをスルーして、私は早速準備に取り掛かる。
魔力蓄積薬の材料と、湿度安定薬の調合に必要な『湿気の石』『安定の水』『保持の粉』を空間収納ポケットに詰め込んでいく。
「ピューイ?」
ハーブが私のポケットから顔を出して首をかしげる。
「ハーブも一緒に行こうね。薬草の勉強になるから」
「ふみゅ〜」
肩に乗ったふわりちゃんも嬉しそうに翼を小さく羽ばたかせる。
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王都からグリーンフィ領への道中、馬車が街道沿いの宿場町に差し掛かったとき、見慣れた赤いツインテールが目に飛び込んできた。
「あ!フランちゃん!」
私が声を上げると、フランがこちらを振り返る。隣には茶色い髪の小柄な女の子が——
「エミリも一緒じゃない!偶然ね〜」
「ルナ先輩〜!」エミリが手を振る。
「あら〜、ルナっち!どこ行くの〜?」フランがいつものパリピ調で近づいてくる。
「マティスくんの領地に薬草栽培の見学に行くのよ」
「マティス……あ!園遊会で会った子爵家の子ですよね?」
「そうそう!星の雫草と月光キノコの栽培実験を一緒にやる約束をしてるの」
フランとエミリの目がキラキラと輝く。
「それ、超興味深い〜!私も行きたい♪」
「ルナ先輩、私も勉強になりそうです!」
二人の熱意に押し切られ、急遽両家に連絡を取って許可をもらうことに。
フランの親は「勉強になるなら」と快諾、エミリの両親も「貴重な経験になる」と賛成してくれた。
「よし!みんなで行きましょう!」
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グリーンフィ領は美しい自然に囲まれた土地だった。
薬草畑が整然と並び、空気には清々しい香りが漂っている。
領主館の前で馬車が止まると、立派な石造りの玄関にマティスと、恰幅の良い紳士、上品な夫人が並んで出迎えてくれた。
「アルケミ伯爵家のルナお嬢様、ようこそグリーンフィ領へ」
マティスの父であるグリーンフィ子爵が深々と一礼する。
「息子がいつもお世話になっております」
夫人も優雅にお辞儀をする。
「ル、ルナさん!お待ちしていました!……え、えーっと……」
マティスの視線がフランとエミリに移ると、明らかに動揺している。
両親も急な来客に少し困惑しているようだ。
「あの、急な変更で申し訳ございません。こちらフラン・ベルトランちゃんと、エミリ・ボレーノちゃんです。一緒に勉強したいということで……」
グリーンフィ子爵が慌てることなく微笑む。
「それは結構なことです。お嬢様方、ようこそお越しくださいました。急な準備となりますが、できる限りのおもてなしをさせていただきます」
「あの、お部屋の用意が……食事の準備も……」
マティスが青くなると、執事らしき老紳士が静かに進み出る。
「お任せください、坊ちゃま。すぐに客室を整えさせていただきます」
「何かお手伝いできることがあれば」セレーナが優雅に微笑む。「私にもお言いつけください」
「ご丁寧にありがとうございます」夫人が感謝の意を示した。
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領内を案内してもらいながら、マティスの薬草栽培への情熱を聞いていると、彼の知識の深さに驚かされる。
「この『癒しの葉』は、朝露が乾く前に摘むと効果が高いんです」
「へえ〜、時間帯も重要なのね」
「マティス、すっげー詳しいじゃん♪」
フランの率直な感想に、マティスが少し照れる。
「エミリの弓の技術も、薬草採取に活かせそうよ。高い場所の希少な植物とか」
「本当ですか?」エミリが目を輝かせる。
「『測り目』の魔法で対象を拡大して見れるなら、植物の状態も正確に判断できるはず」
私の提案に、マティスが興奮した様子で頷く。
「それは素晴らしいアイデアです!実は届かない場所の『天空花』を採取したくて……」
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実験施設を見学していると、培養中の星の雫草の前で立ち止まった。
青白い光を放つ美しい草だが、どこか元気がない。
「やっぱり魔力の供給に問題があるみたい」
私が観察していると、前世の化学知識がひらめく。
「昼間に魔力を蓄えて、夜に放出する……まるで植物の光合成と呼吸みたいね」
「光合成?」
「あ、えーっと、植物が昼間にエネルギーを作って、夜に使うような仕組みよ」
マティスが感心したような表情を浮かべる。
「なるほど!それで魔力蓄積薬を使うんですね」
「そういうこと!『時の砂』『蓄積の水』『安定の石』を組み合わせて……」
調合を始めようとした瞬間、いつものように材料が光り始める。
「うわあ、綺麗〜♪」
フランが歓声を上げ、エミリも興味深そうに見つめている。
「これがルナ先輩の錬金術なのね……」
薬が完成すると、さわやかなミントのような香りが実験室に広がった。
「ピューイ♪」
ハーブも嬉しそうに鳴く。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも満足そうにふわふわしている。
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魔力蓄積薬を星の雫草に与える。薬は静かに土に浸透していく。
「これで魔力が徐々に蓄積されて、夜になると効果が現れるはず」
マティスが興味深そうに観察する。
「すぐには変化がないんですね」
「そうよ。星の雫草は夜の植物だから、効果を確認するのは今夜遅くか、明日の朝になるの」
「なるほど!それで夜まで待つんですね」
「今度は月光キノコよ」
湿度安定薬を調合していると、またしても小さな爆発が起こる。
ーーぼんっ!
紫色の煙がもくもくと上がる。
「あ、新発見の予感♪」
「お嬢様……」
セレーナのため息が聞こえる中、煙が晴れると、月光キノコが美しい銀色の光を放っていた。
「わあ……幻想的」
エミリがうっとりと見つめる。
「この湿度安定薬、想定以上の効果があったみたい!」
「ルナっちの実験、マジで面白いじゃん〜♪」
フランも目を輝かせている。
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夕食の時間、グリーンフィ家の立派な食堂で、使用人たちが用意してくれた薬草を使った上品な料理をいただく。
子爵家らしく、テーブルには銀の食器が並び、燭台の灯りが優雅な雰囲気を演出している。
「本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」
グリーンフィ子爵が丁寧に挨拶する。
「こちらこそ、素晴らしい実験をさせていただいて」
「息子の研究にお付き合いいただき、恐縮です」
夫人も上品に微笑む。
「おかげで長年の課題解決の糸口が見えそうです」
マティスが嬉しそうに報告する。
「こちらこそ、貴重な体験をさせてもらったわ」
「私も超勉強になった〜♪ また来てもいい?」
フランの提案に、マティスが嬉しそうに頷く。
「ぜひ!皆さんのおかげで、新しい発見がたくさんありました」
「私も弓の技術を活かした薬草採取、もっと研究してみたいです」
エミリも意欲的だ。
星空の下、庭園を散策しながら今後の実験計画を語り合う。
星の雫草は静かに夜風に揺れているが、まだ特別な変化は見られない。
「明日の朝が楽しみですね」
マティスが期待に満ちた表情を見せる。
「きっと美しい星の光を見せてくれるわ」
「私も『天空花』の採取、明日挑戦してみたいです」
エミリも意欲的だ。
「ピューイ!」
「ふみゅ〜」
ハーブとふわりちゃんも楽しそうだ。
こうして、新しい友情と発見に満ちた一日が終わった。
明日はもっと面白い実験が待っている予感がする。
「でも、爆発はほどほどにしてくださいね……」
セレーナの心配そうな声が夜風に消えていく。
きっと大丈夫。多分。




