第146話 王女殿下の忍べない散策♪
「ノエミ〜♪今日はめっちゃ楽しいところ案内してあげる〜♪」
フランが金髪の王女の手を引っ張っている光景は、なかなかシュールだった。
ノエミ王女は困ったような、でも少し嬉しそうな表情を浮かべている。
「フランさん、そんなに急がなくても…あら、エミリさんも」
エミリが茶色い髪を揺らしながら小走りでやってきた。緑の瞳をキラキラさせて、弓を背負っている。
「ノエミ様!今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ。でも、本当に私などでよろしいのですか?」
ノエミ王女が上品に微笑む。温和で優しい性格は、庶民相手でも変わらない。
「何言ってるの〜♪ノエミは私たちの大切な友達でしょ♪」
フランがいつものギャル調で言うと、ノエミの頬がほんのり赤くなった。
「友達…そう言っていただけると嬉しいです」
王女として生まれ育ったノエミ王女にとって、こうして気軽に「友達」と呼んでくれる存在は珍しいのかもしれない。
「それじゃあ出発〜♪まずはマーケット・ストリートから攻めるよ〜♪」
「攻める…って、戦に行くわけではありませんよね?」
ノエミ王女が少し不安そうに呟く。
「大丈夫です!フランさんは言葉が大げさなだけで、きっと楽しい場所を案内してくれますよ」
エミリがフォローする。この子も最初はフランの口調に戸惑っていたけど、今ではすっかり慣れている。
---
王都の商店街は、色とりどりの屋台や商店が立ち並ぶ活気ある通り。
普段は馬車で通り過ぎるだけのノエミ王女にとって、歩いて見る街角は全く違う世界だった。
「わあ、こんなにたくさんの人が…」
「でしょ〜♪ここが王都の本当の顔よ〜♪」
フランが得意げに胸を張る。平民出身の彼女にとって、この界隈はホームグラウンド。
「あ、フランちゃん!」
屋台のおじさんが手を振ってくる。
「おじちゃん〜♪元気?今日はお友達を案内してるの〜♪」
「おや、お嬢さん方もいらっしゃい。フランちゃんの友達なら、特別価格でどうだい?」
焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂ってくる。
「いい香りですね」ノエミ王女が素直に感想を述べる。
「王女様にも気に入ってもらえて光栄です」
おじさんが気づいて慌てて頭を下げようとすると、フランが慌てて制止した。
「ちょっと待って〜♪今日はただの『ノエミ』だから〜♪堅苦しいのナシよ♪」
「え、でも…」
おじさんが困惑していると、ノエミ王女が優しく微笑んだ。
「おじさん、お気遣いなく。今日は一人の学生として楽しませていただきます」
「…わかりました。それじゃあ、このクルミパンはいかがですか?」
三人で焼きたてのパンをほおばる。ノエミ王女の表情がぱあっと明るくなった。
「美味しい!宮殿のパンとは違った、素朴で温かい味ですね」
「でしょ〜♪庶民の味も悪くないでしょ♪」
「庶民の味、という表現は好ましくありませんが…確かに美味しいです」
エミリがくすくす笑いながら訂正する。
---
次に向かったのは、アクセサリーショップが立ち並ぶエリア。
「ノエミ〜♪髪飾り見てみない?」
「髪飾り…ですか?」
ノエミ王女の金髪には、いつも上品なティアラや髪留めが付いている。
「そうそう♪もっとカジュアルなヤツ〜♪」
フランが色とりどりのリボンや花の髪飾りを次々と手に取る。
「これなんてどう?」
ピンクのリボンを差し出されて、ノエミ王女が戸惑う。
「ピンク…は少し派手すぎるような…」
「えー、全然いけるって〜♪ね、エミリ?」
「そうですね!ノエミ様の金髪にピンクは映えると思います」
「本当ですか?」
恐る恐るリボンを髪に付けてみる。鏡を見ると、普段とは全く違う自分がいた。
「あら…意外と似合うかも?」
「でしょ〜♪めっちゃ可愛い〜♪」
フランが嬉しそうに手を叩く。
「普段とは違った魅力ですね」エミリも感心している。
「でも、王女がこんな格好をしても…」
「だーめ♪今日は『ノエミ』だって言ったじゃん♪王女様は今日はお休み〜♪」
フランの言葉に、ノエミ王女がふっと表情を緩める。
「そうですね。たまには、こんなのも悪くないかもしれません」
---
午後になると、三人は噴水のある小さな広場で休憩していた。
エミリが持参したお菓子を分け合いながら、他愛のない話に花を咲かせる。
「フランさんは、いつもこんなに元気なんですか?」
ノエミ王女が興味深そうに尋ねる。
「まあね〜♪でも最初はめっちゃ人見知りだったのよ〜♪」
「え、そうなんですか?」
エミリも驚いている。
「うん♪この話し方も、恥ずかしがり屋の自分を隠すためなの〜♪でも今はもう慣れちゃった♪」
フランが珍しく素直に話す。
「そうだったんですね…でも、そのおかげで私も気軽にお話しできています」
ノエミ王女が微笑む。
「光の園孤児院で子供たちと遊んでるときも、みんな最初は緊張してるのよ〜♪でもだんだん慣れてくれて、今じゃ『フランお姉ちゃん』って呼んでくれるの♪」
「光の園孤児院…カタリナも通っていらっしゃる」
「そうそう♪カタリナちゃんは真面目に勉強教えてて、私は一緒に遊ぶ担当〜♪」
「私も今度、何かお手伝いできることがあれば…」
ノエミ王女が遠慮がちに言うと、フランの目がキラリと光った。
「本当?ノエミも一緒に来る〜?」
「はい!ぜひ」
「やった〜♪子供たちもきっと喜ぶよ〜♪」
エミリも嬉しそうに微笑んでいる。
---
夕方、王宮に戻る時間が近づいてきた。
「あー、楽しかった〜♪もっといたいな〜♪」
フランが名残惜しそうに呟く。
「私もです。こんなに楽しい一日は久しぶりでした」
ノエミ王女の表情は、朝よりもずっと生き生きとしていた。
「また今度も一緒に出かけましょう♪」
「ぜひ!今度はエミリさんのお勧めの場所も教えてください」
「私ですか?えーっと…弓の練習場とか…」
「それは少し地味すぎるのでは?」フランが苦笑い。
「でも、エミリさんの弓の腕前、一度拝見してみたいです」
「本当ですか?」エミリの緑の瞳が輝く。
「今度みんなで郊外に出かけて、弓の練習も兼ねたピクニックはいかがでしょう?」
「それいいね〜♪ルナちゃんも誘おうよ〜♪」
「それは…爆発しませんか?」エミリが心配そうに呟く。
「大丈夫よ〜♪たぶん♪」
「『たぶん』って…」
三人で笑い合いながら、夕日に染まる王都を歩いていく。
---
王宮の門前で別れ際、ノエミ王女がフランとエミリに深々とお辞儀をした。
「今日は本当にありがとうございました。とても楽しい一日でした」
「堅苦しいお辞儀はナシって言ったじゃん〜♪」
フランが苦笑いしながら言うと、ノエミ王女がくすくす笑った。
「すみません。でも、感謝の気持ちを表したくて」
「だったら、また一緒に遊ぶって約束してくれれば十分よ〜♪」
「はい、必ず!」
「私も楽しかったです!」エミリも嬉しそうに手を振る。
王宮の門をくぐる前に、ノエミ王女が振り返った。髪に付けたピンクのリボンが夕日に映えている。
「お二人とも、本当にありがとう。今度は私から、おいしいお茶とお菓子をご馳走させてくださいね」
「やった〜♪王宮のお菓子〜♪」
フランが嬉しそうに跳び跳ねる。
門が閉まるまで手を振り合って、三人の楽しい一日が終わった。
王女という立場を忘れて、一人の少女として友達と過ごした特別な時間。
ノエミにとって、かけがえのない思い出になったことだろう。
「今度、学院でルナちゃんに今日のこと話そ〜♪」
「きっと驚きますね」
二人の少女も、新しい友情に心を弾ませながら、それぞれの家路についた。
王都の街角に、温かい友情の物語がまた一つ刻まれた夜だった。
その影で、王女極秘警備部隊は「勘弁してくれ……」と嘆いていた。




