第144話 夏休み前の爆発注意報発令中
大陸のはるか南、灼熱の砂漠が広がる古の王国。そこで封印されていた古代の魔導師リッチが、長い眠りから目覚めつつあった。死の魔力が砂漠に染み出し、次々とアンデッドが蘇り始めている。しかし、その不穏な兆候は、まだセレヴィア王国には届いていない。
---
「お嬢様、今度は何を爆発させるおつもりですか?」
セレーナが心底疲れたような声で尋ねてきた。
確かに今週だけで実験室を3回も煙だらけにしちゃったけど、そんなに責めなくても…
「今日は絶対に爆発させないわよ!夏休み前だし、みんなにプレゼントする『暑さ知らず薬』を作るの」
「ふみゅ~?」
肩の上のふわりちゃんが首をかしげている。
そうよね、まだ説明してなかった。
「飲むと一日中涼しく過ごせる薬なの!これがあれば夏休みも快適よ」
「またそうやって油断するから…」セレーナがぼそりと呟く。天使のくせして随分と辛辣。
ー
王立魔法学院の2-Aの教室では、みんなが夏休みの予定について話し合っていた。
「僕は実家の工房で古代技術の研究をする予定です」エリオットが控えめに言った。
「私は領地に帰って、バラ園のお手伝いをしますの」カタリナが上品に微笑む。
「ルナちゃんは?」トーマス君が興味深そうに聞いてきた。
「私は新しい錬金術の研究よ!この間魔王城で作った清涼爆弾の改良版を…」
教室がざわめいた。みんな私の実験を恐れているのかしら?
そのとき、グリムウッド教授が慌てた様子で教室に入ってきた。
「皆さん、大変です!ルナさんの実験用防護結界の設置を忘れていました!」
「え?今から実験するんですか?」クラスメートたちが一斉に席を立ち上がる。
「待って待って!まだ何もしてないわよ!」
でも時すでに遅し。半分以上の生徒が教室の外に避難してしまった。ひどい。
「大丈夫ですわ、ルナさん。私は信じていますわ」
カタリナが優雅に席に残ってくれた。
エリオットとトーマス君、アリスも残っている。あ、マークも無言で座ったまま。
「それでは、実験開始よ!」
机の上に材料を並べる。
『涼風の花びら』『氷雪草』『清涼ミント』、そして秘密の隠し味として『陶酔の雫』を一滴だけ。
「ルナさん、アルケミ領地のワインは…」
「ジュースにしてあるから大丈夫よ!でも魔法的効果は残ってるの。これで薬の効き目が長持ちするはず」
小さな鍋に氷雪草を入れて、魔力を込めた火でゆっくりと煮詰めていく。
青白い煙がふわりと立ち上り、教室にひんやりとした空気が流れた。
「いい感じね…」
涼風の花びらを加えると、液体が美しい水色に変化した。
甘い花の香りが部屋中に広がって、残った生徒たちからも「いい匂い」という声が聞こえる。
「ピューイ♪」
ポケットの中のハーブも嬉しそう。
清涼ミントを細かく刻んで投入。すると液体が淡く光り始めた。
「最後に陶酔の雫を一滴…」
スポイトで慎重に一滴垂らす。
しゅわぁ~
泡立ちながら、液体がキラキラと虹色に輝いた。これは成功の証!
「完成よ!」
小瓶に分けて、みんなに配る。
「本当に爆発しませんの?」カタリナが念のため確認。
「大丈夫よ!飲んでみて」
みんなで一緒に飲む。
「わあ、涼しい!」アリスが驚いた声を上げた。
「体の中からひんやりしますね」エリオットも感心している。
そのとき、教室の扉が勢いよく開いた。
「ルナちゃん~♪また実験してるって聞いて…あれ?」
入ってきたのは1-Cのフラン。相変わらず派手なギャル風の格好ね。
「フランちゃん♪タイミングばっちりよ!これ飲んでみて」
「え?大丈夫なの~?ルナちゃんの実験って大体爆発するじゃん♪」
「今日は絶対大丈夫よ!」
フランが恐る恐る飲む。
「あ、本当に涼しい♪これいいじゃん~!」
そのとき、教室の窓から虹泡スライムがぷるぷるとやってきた。
学院の魔物保護施設から遊びに来たのね。
「あ、スライムちゃん♪」
フランがスライムを見つけて駆け寄る。
虹泡スライムが美しい泡を作り出すと、その泡が暑さ知らず薬と反応した。
きらきらきら…
泡が虹色に輝いて、教室中に漂った。それはとても美しくて幻想的な光景だった。
「きれい…」
みんなが見とれていると、廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
「なんですか、この虹の光は!?」
「また2-Aで何か起きたのでは!?」
モーガン先生が慌てて飛び込んできた。
「ルナさん!今度は何を…あら?」
教授も虹の泡に見とれている。
「実験は大成功です!」
そのとき、メルヴィン・フェスティバル副校長が現れた。
「おお!これは素晴らしい!夏休み前の最後の授業にふさわしい美しさじゃああ!」
副校長は何でもショー扱いする。
「学生諸君!これぞ学問の美しさよ!知識と努力が生み出した奇跡じゃ!」
大げさに手を広げる副校長。でも、確かに虹の泡はとても美しかった。
そこへ校長先生も白髪を揺らしながらやってきた。
「何事ですか…おお、美しい」
校長先生まで虹の泡に魅了されている。
「ふみゅみゅ~♪」
ふわりちゃんも嬉しそう。
「ルナ・アルケミさん。それで、この薬の効果はいかほどですか?」校長先生が興味深そうに尋ねた。
「一日中涼しく過ごせるはずです!」
「素晴らしいですね。夏休み前にいいものができましたね」
その時、避難していた生徒たちが恐る恐る戻ってきた。
「あ、爆発してない…」
「虹色で綺麗…」
「ルナの実験で爆発しないなんて珍しい」
ちょっと!失礼ね。
「みんなにも分けてあげる!」
残った薬をみんなに配る。飲んだ瞬間、教室中から「涼しい~」という歓声が上がった。
「これで夏休みも快適に過ごせるわね」
そのとき、イザベラ・ハーモニカ先生が魔物心理学の資料を持って現れた。
「あら、虹泡スライムちゃんもいるのね。とても嬉しそうだわ」
「スライムちゃんは、みんなが涼しくて嬉しそうなのを見て、自分も嬉しくなっているのよ」
「そうなの?」
虹泡スライムがぷるぷると頷いているように見えた。
「魔物も私たちと同じように、友達の幸せを喜ぶの。とても心優しい子よ」
なんだか心がほっこりした。
放課後、カタリナと迎えに来たセレーナと一緒に帰路についた。
「今日の実験は本当に成功でしたわね」
「そうでしょう?たまには爆発しないのよ」
「『たまには』って…」
セレーナが苦笑いしている。
「夏休みは実験以外は、何をいたしますの?」カタリナが尋ねた。
「そうね、私も領地にいこうかしら?あ、そうそう、魔王城にも遊びに行かなきゃ」
「また何か爆発させるんですか?」セレーナの声に諦めが混じっている。
「大丈夫よ!今度は絶対に…」
「『絶対に』は禁句ですの」カタリナがくすくす笑った。
夕日が美しく輝く中、私たちは楽しい夏休みへの期待を胸に歩いていく。
遠い南の砂漠で蘇りつつある古代の脅威のことは、まだ誰も知らない。
「ピューイ♪」
ハーブの鳴き声が、平和な日常の尊さを物語っていた。
「ふみゅ~♪」
ふわりちゃんも満足そう。こんな穏やかな日々がずっと続けばいいのに。




