第136話 セレーナの過去を探れ!
「セレーナ!」
翌朝、私は実験室に入るなり、虹色の髪をしたメイドに向かって勢いよく声をかけた。
「おはようございます、お嬢様。今日もまた何か危険な実験を…」
「違うのよ!今日は実験じゃなくて、尋問よ!」
「じ、尋問!?」
セレーナは手に持っていた実験器具を危うく落としそうになった。
私の肩に乗ったふわりちゃんが「ふみゅ」と頷いている。
「そうよ!昨日、あなたの魔力が聖女に近いって分かったでしょう?
だったら、あなたの過去に何か手がかりがあるはずよ!」
私は探偵のような鋭い眼差しでセレーナを見つめた。
足元でハーブがピューイと鳴いて、まるで捜査に協力してくれているみたい。
「過去…ですか」
セレーナの表情が少し曇った。
「そうよ!あなたはどこで生まれて、どんな家族がいて、どうやってその特殊な魔力を身につけたのか、全部聞かせてちょうだい!」
私は実験用の椅子を持ってきて、セレーナの前にどっかりと座った。
まるで取調室のような雰囲気になってしまった。
「それが…」セレーナは困ったように眉を寄せた。「実は、よく覚えていないんです」
「え?」
「私の記憶は、アルケミ家の門の前で気がついた時から始まっているんです」
「ええええ!?」
私は椅子から転げ落ちそうになった。
ふわりちゃんが慌てて「ふみゅみゅ!」と鳴いて私の肩にしがみつく。
「記憶がないって、それはまた…」
「はい。気がついたらアルケミ家の門の前に倒れていて、たまたま通りかかったハロルドさんに声をかけられて…」
その時、実験室の扉がノックされた。
「失礼いたします」
入ってきたのは、まさに噂をすればのハロルドだった。
白髪を整然と撫で付けた執事は、いつものように眼鏡を光らせている。
「ハロルド!ちょうど良いところに!」
私は勢いよく立ち上がった。
「セレーナを見つけた時のこと、詳しく教えてちょうだい!」
「セレーナを?」ハロルドは少し驚いたような表情になった。
「確か…あれは一年前のことでしたね」ハロルドは思い出すように眉間にしわを寄せた。
「朝の見回りで門の前を通った時、セレーナが倒れていたのです。服は汚れており、記憶も曖昧な状態でした」
「怪我はしてたの?」
「いえ、外傷はありませんでした。ただ、ひどく疲労しているようで…」
「それで、メイドとして雇うことにしたのね?」
「はい。何か事情があるようでしたし、人手は足りていませんでしたので」ハロルドは優しく微笑んだ。「それに、セレーナは礼儀正しく、働き者でしたから」
私は顎に手を当てて考え込んだ。
記憶喪失、謎の魔力、そしてアルケミ家の門の前で倒れていた…これは何か大きな秘密がありそうだ。
「ねえセレーナ、本当に何も思い出せないの?夢とか、なんとなく覚えてることとか…」
「そうですね…」セレーナは天井を見上げて考えた。「時々、白い建物の夢を見るんです。とても静かで、神聖な雰囲気の…」
「白い建物!それよ!」
私は興奮して手を叩いた。
「神殿とか教会じゃない?ほら、聖女っぽい魔力を持ってるし!」
「でも、それが本当に記憶なのか、ただの夢なのか分からないんです」
セレーナは不安そうに呟いた。
「よし!『記憶回復薬』を作ってみましょう!」
私は空間収納ポケットに手を突っ込み始めた。
「お嬢様、また危険な実験を…」セレーナが慌てた声を上げる。
「『記憶の水晶』と『回想の花』と『時の砂』を組み合わせて…」
私は材料を次々と実験台に並べていく。
「お嬢様、それは危険すぎます!」ハロルドが青ざめた。
「記憶に関わる錬金術は、下手をすると取り返しのつかないことに…」
「大丈夫よ!多分!」
私は魔力を込めた火で調合を始めた。
材料がぐつぐつと音を立てて混ざり合っていく。
「あら、いい香り…ちょっと甘くて懐かしいような…」
液体が淡い青色に光り始めた時、セレーナが突然手を頭に当てた。
「あ…何か…」
「セレーナ?」
「白い廊下…祈りの声…そして…」
その時、調合液が激しく泡立ち始めた。
「あ、これは…」
ーードカーン!
今日も予想通りの爆発が起こった。
実験室に青い煙がもくもくと立ち上る。
今度は少し酸っぱいような、でも爽やかな香りがした。
「きゃあ!」
セレーナが反射的に『反撃の壁』を展開した。
見えない壁が私たちを煙から守ってくれる。
「素晴らしい反応速度ですね」ハロルドが感心したように呟いた。「やはり只者ではない…」
煙が晴れると、調合液が完全に蒸発してしまっていた。
「失敗ね…でも、セレーナ、さっき何か思い出しかけてたでしょう?」
「はい…白い廊下と、たくさんの人の祈る声が聞こえたような気がしました」
「やっぱり神殿関係ね!」
私は目を輝かせた。
「ふみゅ〜」ふわりちゃんも何かを察したように鳴いている。
「でも、なぜ記憶を失ったのでしょうね」ハロルドが心配そうに呟いた。
「もしかして」私はハッとした。「何か大変なことから逃げてきたのかもしれない!」
「逃げてきた?」
「そうよ!聖女の魔力を持ってるのに記憶喪失なんて、普通じゃないもの。きっと何か事情があったのよ」
セレーナは不安そうに表情を曇らせた。
「大丈夫よ、セレーナ!」私は彼女の手を握った。
「過去がどうであれ、今のあなたは私たちの大切な家族よ。記憶が戻っても戻らなくても、それは変わらないから」
「お嬢様…」
セレーナの目に涙が浮かんだ。
「そうですね」ハロルドも優しく微笑んだ。「セレーナは立派にアルケミ家の一員ですから」
「ふみゅ〜!」ふわりちゃんも賛成するように鳴いた。
ハーブもピューイと応援の声を上げる。
「ありがとうございます、皆さん」セレーナは涙を拭いて微笑んだ。
「記憶は戻らないかもしれませんが、今の生活がとても幸せです」
「でも!」私は拳を握りしめた。「謎は謎として、きちんと解明しないと気が済まないのよ!今度はもっと安全な方法で調べてみましょう!」
「お嬢様の『安全』は一般的な危険と同じですからね…」セレーナが苦笑いを浮かべた。
「失礼ね!私の実験は常に計算されてるのよ!」
「爆発の計算ですか?」
「そうよ!」
私は胸を張った。ハロルドが深いため息をついている。
「とにかく、今日の収穫は『白い建物』と『祈りの声』ね。きっと神殿か教会関係よ。明日はそこから調べてみましょう!」
「はい、お付き合いします」セレーナが苦笑いを浮かべながら答えた。
「ピューイ!」ハーブが嬉しそうに跳ねている。
「ふみゅ〜」ふわりちゃんも満足そうだ。
夕日が実験室に差し込んで、青い煙の残る部屋を温かく照らしていた。
セレーナの過去には確かに謎があるけれど、それを解き明かすのもまた、楽しくなりそうだ。
「今日も充実した一日でしたね」セレーナが掃除用具を手に取りながら呟いた。
「もちろんよ!明日はもっと面白くなるわ!」
私は希望に満ちた表情で窓の外を見つめた。
セレーナの謎の過去の解明は、まだ始まったばかりなのだから。




