第135話 セレーナの謎めく魔力
「お嬢様、今日はどのような実験を?」
いつものように実験室の扉を開けると、虹色の髪をきちんと整えたセレーナが、材料の準備をしながら私に声をかけてきた。
「うーん、今日は…」
私は手に持っていた実験ノートをぺらぺらとめくりながら考える。
そういえば、前から気になっていることがあった。
「ねえセレーナ、あなたの魔力って不思議よね」
「え?」セレーナは手を止めて、きょとんとした表情で振り返った。
「だって、あの『衝撃』の魔法、見えないのに威力があるし、『反撃の壁』なんて普通の魔法使いでも使えない高度な術よ。校長先生も『特殊な魔力』だって言ってたし…」
「そ、そう言われましても…自分ではよく分からないというか」
セレーナは困ったように眉を寄せる。確かに、本人が一番混乱しているかもしれない。
「よし!決めた!今日はセレーナの魔力の正体を解明するのよ!」
私は実験ノートをぱたんと閉じて、勢いよく立ち上がった。
「え、えええ!?そんな大それたことを!?」
「大丈夫!まずは校長先生に詳しく聞いてみましょう!」
私はセレーナの手を引いて、実験室を飛び出した。
ハーブがピューイと鳴きながら私の後を追いかけてくる。
肩に乗ったふわりちゃんも「ふみゅ?」と首をかしげていた。
校長室の前で扉をノックすると、中から「入りなさい」という声が聞こえた。
「失礼します!」
校長先生は相変わらず白髪を整然と撫で付けて私たちを見つめた。
「ルナ・アルケミさん、今日はどうされましたか?」
「校長先生、セレーナの魔力について詳しく教えてください!『特殊』っておっしゃってましたけど、具体的にはどんな…」
「ああ…」校長先生は眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「正直に言うと、私にもよく分からないのですよ」
「え?」
「魔力の性質としては確かに特殊なのですが、既存のどの分類にも当てはまらないのです。強いて言うなら…」校長先生は少し困ったような表情になった。
「神聖系に近いような、しかし違うような…」
これは困った。校長先生でも分からないなんて。
「そうだ!マーリンに聞いてみましょう!あの人、だいたい何でも知ってるから!」
私たちは校長室を後にして、勇者一行が滞在している宿舎へ向かった。
「おお、ルナちゃん。今日はどうしたんじゃ?」
マーリンは相変わらずひょうひょうとした調子で、長い白髭を撫でながら私たちを迎えた。
「マーリン、この子の魔力について教えてください!」
私はセレーナを前に押し出した。セレーナは恥ずかしそうに頭を下げる。
「ほほう…」マーリンは興味深そうにセレーナを見つめた。「確かに変わった魔力じゃな。しかし…」
マーリンは顎に手を当てて考え込んだ。
「わしにも分からん。神聖系のようでもあるし、攻撃系のようでもある。不思議じゃのう」
「マーリンさんでも分からないんですか!?」
私は愕然とした。だいたい何でも魔法が使えるマーリンでも分からないなんて!
「ふみゅ〜」ふわりちゃんが私の肩で心配そうに鳴いている。
その時、隣の部屋からミラが現れた。
「何か騒がしいと思ったら…あら?」
ミラがセレーナを見た瞬間、ぴたりと動きを止めた。
「この子の魔力…」
「ミラ、何か分かるのか?」マーリンが尋ねた。
「私と…近い」ミラはじっとセレーナを見つめた。「この魔力、聖女の魔力にとても似ている」
「聖女の!?」
私とセレーナは同時に声を上げた。
「そう。私も元聖女だからよく分かる。でも完全に同じではない。聖女の魔力をベースに、何か別の要素が混じっているような…」
ミラは眉をひそめた。
「とにかく、純粋な聖なる魔力に近いものを持っているのは確か」
「すごい!セレーナ、あなた聖女の魔力を持ってるのよ!」
私は興奮してセレーナの手を握った。セレーナは真っ赤になってうろたえている。
「そ、そんな大げさな…」
「でも謎は深まったのぅ」マーリンが呟いた。
「聖女の魔力なら、なぜ『衝撃』のような攻撃魔法が使えるのか…」
なるほど、そうなのか。聖女の魔力は治癒や浄化が主になるってことかしら。
「よし!実験で確かめてみましょう!」
私は再び実験への情熱に火がついた。
宿舎を出て、私たちは学院の中庭に向かった。ここなら多少派手な実験をしても大丈夫だ。
「セレーナ、『聖なる魔力検知薬』を作ってみるわ!」
私は空間収納ポケットから材料を取り出し始めた。
『光の花びら』『聖なる水晶』『天使の羽根粉』…
「お嬢様、それらの材料、かなり危険な組み合わせのような…」
セレーナが不安そうに呟く。
「大丈夫よ!多分!」
私は魔力を込めた火で材料を熱し始めた。
ぐつぐつと泡立つ液体が、だんだん金色に光り始める。
「いい感じね!あと少し…」
その時、調合液が急に激しく泡立ち始めた。
「あ、これは…」
ーーボンッ!
予想通りの小爆発が起こり、中庭に金色の煙がもくもくと上がった。甘い花の香りが辺りに漂う。
「きゃあ!」セレーナが慌てて魔法の盾を張った。
煙が晴れると、私の顔が煤だらけになっていた。でも、残った薬液は美しく金色に光っている。
「成功よ!」
私は嬉しそうに薬液を持ち上げた。
「お嬢様、成功の基準がよく分かりません…」
セレーナは呆れたようにため息をついた。
「ほら、セレーナ、この薬液に手をかざしてみて」
セレーナが恐る恐る手をかざすと、薬液がさらに強く光った。まるで共鳴しているみたいに。
「やっぱり!セレーナの魔力は聖なるものなのね!」
「でも、なぜ攻撃魔法が…」ミラが首をかしげた。
「もしかして」私はハッとした。「セレーナの魔力は、聖なる魔力と別の何かが融合してるのかもしれない!」
「融合?」
「そう!錬金術と魔法が融合するように、魔力同士も融合することがあるって本で読んだことがあるの!」
私は興奮で頬を紅潮させた。これは新発見かもしれない!
「つまり、セレーナは聖女の魔力と通常の魔力、両方を持ってるってこと?」
「可能性はあるのぅ」マーリンが興味深そうに呟いた。
「ふみゅ〜!」ふわりちゃんも嬉しそうに鳴いている。ハーブもピューイと応援の声を上げた。
「すごいじゃない、セレーナ!あなたは特別なのよ!」
私はセレーナの手を握って目を輝かせた。
「お、お嬢様…」セレーナは照れくさそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。おかげで、少し自分のことが分かったような気がします」
「これからもっと詳しく調べてみましょう!きっと面白い発見があるわ!」
夕日に照らされた中庭で、私たちは新たな謎の解明に向けて、希望に満ちた気持ちで話し合った。
セレーナの特殊な魔力の謎は、まだ完全には解けていないけれど、今日は大きな手がかりを得ることができた。
考えただけでわくわくしてくる。
「ピューイ!」
ハーブが私の足元で嬉しそうに跳ねている。きっと彼も新しい発見を楽しみにしているのだろう。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも満足そうに羽根を広げていた。今日もまた、充実した一日だった。




