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第134話  錬金術と薔薇ジャムでお茶会革命

「今日は私の実家から薔薇ジャムが届きましたの」


カタリナが上品に微笑みながら、美しいガラス瓶を学院のティーパーティー会場に並べた。

王立魔法学院の女子生徒たちが集まる月一のお茶会は、カタリナの完璧な段取りで有名だった。


「わあ、ローゼン家の薔薇ジャム!」

「あの有名な薔薇園のですのね」


生徒たちが歓声を上げる中、私はポケットの中でハーブが「ピューイ?」と興味深そうに鳴くのを感じていた。


「カタリナ、このジャムにちょっと魔力を込めたら、もっと美味しくなるんじゃないかな?」


私がひらめいたように言うと、カタリナの表情がわずかに曇った。


「ルナさん……まさか実験を?」

「大丈夫大丈夫!ちょっとだけよ」


私は空間収納ポケットから小瓶を取り出した。

『心温薬』の材料として調合しておいた『温もりの結晶』だ。


「これを薔薇ジャムに少しだけ混ぜると、食べた人の心がほっこりするのよ」

「心が……ほっこり?」


カタリナが眉をひそめる間に、私はもう結晶の粉をジャムに振りかけていた。

美しいピンク色のジャムが、ふわっと薄紫に光る。


「あら、綺麗ですわ」

「まるで魔法みたい」


生徒たちが目を輝かせている。カタリナは深いため息をついた。


「……皆様、少し様子を見てから召し上がって……」


でも、もう遅かった。

ザベス嬢が一番にスコーンにジャムをたっぷり塗って口に運んでいる。


「あら、美味し……あぁっ!」

突然、ザベス嬢の目から涙がぽろぽろと溢れ出した。


「どうしたの!?」


慌てる私に、ザベス嬢は満面の笑顔で答えた。


「懐かしいんですの!お母様が作ってくださったスコーンの味が……うう、お母様……」

泣きながら幸せそうに笑うザベス嬢。


「あら、これは素晴らしいお味ですわ」

次にジャムを口にしたアンヌ嬢が、突然くるくると回り始めた。

「まるで花畑にいるような気分ですの!」


そして三人目のシリア嬢は、ジャムを食べるなり大声で笑い出した。

「あははははは!なんて幸せな気持ちなのかしら!」


会場は一気にカオス状態に。泣く生徒、踊る生徒、笑い転げる生徒。


「ルナさん……これは」

カタリナの声が震えている。


「えーっと、予想以上の効果ね」

私が苦笑いしていると、ジュリアが慌てて駆け寄ってきた。


「カタリナお嬢様!大変です!廊下でも生徒さんたちが……」


ジュリアの後ろから、鼻歌を歌いながらスキップしてくる生徒たちが見える。

どうやら噂を聞いて、薔薇ジャムを食べにきたらしい。


「あらあら」


ジュリア自身も興味深そうにジャムを見つめている。


「ジュリア、あなたは食べちゃダメですわよ」

カタリナが慌てて止めようとしたが、時すでに遅し。


「少しだけ……あら、本当にいい香り」


五分後、メイドのジュリアは涙を流しながら生徒たちと一緒に合唱していた。


「故郷の〜空は〜青く〜」

美しいハーモニーが会場に響く中、ポケットのハーブが「ピューイピューイ♪」と一緒に歌っている。


「……私、どうすれば良いのでしょう」


カタリナが呆然と立ち尽くしている。

完璧なお茶会が、まるで学園祭のような騒ぎになってしまった。


「大丈夫よカタリナ!みんなとても幸せそうじゃない」

「それは確かにそうですが……」


その時、モーガン先生が様子を見に来た。


「生徒たち、何を騒い……」

先生の視線がテーブルの薔薇ジャムに向く。


「あら、美味しそうなジャムですね」

「先生、それは!」


私とカタリナが同時に叫んだが、モーガン先生はもうスコーンにジャムを塗って口に運んでいた。


「美味しい……あら、なんだか心が軽やか……」

次の瞬間、モーガン先生が、生徒たちと一緒に輪になって踊り始めた。


「みなさん、手を繋いで!今日は特別に自由時間にしましょう」


一時間後、『心温薬』の効果が切れ始めた。

生徒たちは徐々に我に返り、先ほどまでの自分の行動に赤面している。


「あら、私、泣いていましたの?」

「踊っていましたわね、私たち」

「でも、とても気持ちよかったですわ」


意外にも、誰も怒っていなかった。むしろ満足そうな表情を浮かべている。


「素晴らしいお茶会でしたわ」

「こんなに心が軽やかになったのは初めてです」

「また開催してくださいまし」


生徒たちが口々に感謝を述べながら帰っていく。


モーガン先生も、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「たまには、こういうお茶会も良いものですね。心が洗われるようでした」


会場に残ったのは、私とカタリナとジュリアだけ。


「……結果的には、大成功でしたわね」

カタリナがくすっと笑った。


「皆様、とても楽しそうでしたし」

「でしょ?錬金術の力で、普通のお茶会を特別なものに変えられたのよ」


私が得意げに言うと、ジュリアが片付けの手を止めて振り返った。


「確かに、心の底から楽しめました。久しぶりに故郷を思い出して、懐かしい気持ちになりました」

「それが『心温薬』の効果なの。心の奥にある暖かい記憶を呼び起こすのよ」


ポケットの中でハーブが満足そうに「ピューイ〜」と鳴いた。


「でも次回は事前に相談してくださいまし」

カタリナの苦笑いに、私は苦笑いで応えた。


「はーい」


夕日が差し込む会場で、薔薇ジャムの甘い香りがまだほんのりと漂っている。


「それにしても」

カタリナが空になったジャムの瓶を見つめて呟いた。


「母の薔薇ジャムが、こんな形で皆様の心に残るなんて。きっと母も喜びますわ」

「次回はもっと工夫して、色んな感情を呼び起こす錬金ジャムを作りましょう」


「それは……少し考えさせてください」


私たちの笑い声が、静かになった会場に響いた。

普通のお茶会も良いけれど、たまにはこんな「革命」も悪くない。


明日はきっと、学院中で「ローゼン家の魔法薔薇ジャム」の噂で持ちきりになるだろう。

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