第133話 料理は爆発、味は未知
「セレーナ、今度の実験は一緒にやってみない?」
私が屋敷の実験室でセレーナに提案すると、彼女の虹色の髪が興味深そうに揺れた。
「どのような実験でしょうか?爆発しませんか?」
「しないわよ!『自走するスイーツ』よ!カボチャ叩き祭りで成功したから、今度はもっと本格的なお菓子で試してみたいの」
セレーナの目がきらりと光る。
セレーナは本来、錬金術には興味深々なのだ。
「承知いたしました。でも、今日はバルナード侯爵様が視察にいらっしゃる予定ですが……」
「大丈夫大丈夫!午前中に終わらせるから」
ポケットの中でハーブが「ピューイ?」と心配そうに鳴いた。
ー
キッチンには材料が並んでいる。
チョコレート、小麦粉、卵、そして私の特製『動力の結晶』。
「まず、普通にチョコレートケーキとカップケーキを作りましょう」
「はい!お任せください」
セレーナの手際は本当に素晴らしい。
あっという間に生地が完成し、オーブンに入れられた。
「焼いている間に、『動力の結晶』を細かく砕いて……」
私が薬研でごりごりと結晶を砕いていると、セレーナが興味深そうに覗き込む。
「この結晶が、お菓子を動かすのですね」
「そうよ。でも分量が難しくて、多すぎると……」
その時、オーブンから甘い香りと共に「ポン!」という音が聞こえた。
「あら?」
オーブンを開けると、中のカップケーキがぴょんぴょんと跳ね回っていた。
「わあ、もう動き始めてる!」
「これは……結晶の粉が焼く前に反応してしまったのですね」
セレーナが冷静に分析する間に、カップケーキたちは次々とオーブンから飛び出してきた。
ふわふわのスポンジがまるで小さな生き物のように、キッチン中を駆け回る。
「ピューイピューイ!」
ハーブが興奮してカップケーキを追いかけ始めた。
「待って、チョコレートケーキの方は……」
振り返ると、大きなチョコレートケーキが優雅にワルツを踊っていた。
まるでダンサーのようにくるくると回転している。
「美しい動きですね」
セレーナが感心していると、キッチンのドアが開いた。
「お嬢様、バルナード侯爵様がお見えに……」
ハロルドが入ってきた瞬間、カップケーキの一つが彼の頭に着地した。
「……なっていますが」
ハロルドの頭に乗ったカップケーキが得意げに揺れている。
「これはまた……」
バルナード侯爵は玄関で飛び跳ねるカップケーキたちを見て、目を丸くしている。
「バルナード侯爵、いらっしゃいませ。ちょっと実験の最中で……」
私が慌てて説明しようとした時、チョコレートケーキがダンスしながら侯爵に近づいていった。
「おお、これは素晴らしい……」
侯爵が感動していると、突然カップケーキたちが一斉に空中に舞い上がった。
まるで小さな妖精のように、部屋中をひらひらと飛び回る。
「まさに魔法のようですな!」
侯爵が手を叩いて喜んでいる間に、カップケーキの一つが彼の肩に止まった。
「可愛いものですな」
でも次の瞬間、他のカップケーキたちも侯爵の周りに集まってきた。
肩に、頭に、腕に、まるで鳥の群れのように。
「あの、侯爵様……」
「大丈夫、大丈夫。可愛らしい……わあああ!」
カップケーキたちが一斉に侯爵に飛び込んできた。
あっという間に侯爵はスイーツの山に埋もれてしまう。
「侯爵様!」
「『衝撃』!」
セレーナが魔法を使って、カップケーキたちを侯爵から引き離した。
見えない衝撃波で優しくスイーツたちを押し戻す。
「ありがとう、セレーナ」
私が『魔力鎮静薬』をスプレーすると、カップケーキたちはようやく大人しくなった。
チョコレートケーキも最後の一回転をして、テーブルの上に静かに着地する。
「大丈夫ですか、侯爵様?」
スイーツまみれになった侯爵を助け起こすと、彼は意外にも笑顔だった。
「いやはや、こんな楽しい視察は初めてですな」
クリームまみれの顔を拭いながら、侯爵が微笑む。
「ところで、この味は……」
侯爵が指についたクリームを舐めて、目を見開いた。
「素晴らしい!こんなに美味しいケーキは久しぶりですな」
結局、予想外の展開だったが、バルナード侯爵は大満足で帰って行った。
私がカップケーキを一口食べると、確かに絶品だった。
動き回った分、なぜか生地がふわふわになっている。
「ピューイ〜」
ハーブも満足そうにクリームを舐めている。
「でも次回は、もう少し制御できるようにしないとね」
「はい!今度は『自走するプリン』に挑戦してみたいです」
セレーナの提案に、私は苦笑いした。
「それは……ちょっと危険かも」
「大丈夫です!爆発しませんでしたし!」
セレーナの自信に満ちた笑顔を見ていると、なんだか次の実験も楽しくなりそうだった。
キッチンに残ったチョコレートケーキが、まだ小さく揺れているのを見て、私たちは顔を見合わせて笑った。
「料理は爆発、でも味は保証済み」
「いつものことですね」
夕暮れのキッチンで、私たちの笑い声が響いていた。
失敗から生まれる成功こそ、錬金術の醍醐味なのだ。




