表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/258

第13話 光る教科書と音楽の大災害

「お嬢様、『光る教科書』の材料をご用意いたしました」


翌朝、セレーナが震え声で報告してくれた。昨夜の「髪が歌う事件」以来、彼女の表情には諦めに似た覚悟が宿っている。


「ありがとう、セレーナ。今日こそ完璧な発明を——」

「お嬢様の『今日こそ』は昨日も聞きました」


彼女の的確なツッコミに、私は苦笑いする。


材料は『夜光苔の粉末』『音響水晶の欠片』『記憶定着インク』『魔力伝導紙』。

そして、昨日から準備していた『自動索引システム』。


「今回は慎重に、少量ずつ混ぜていくわ」

「少量ずつと言いながら、だいたい大さじ一杯入れるのがお嬢様のいつものパターンです」


セレーナの鋭い観察に、ハロルドが深く頷く。


「セレーナが屋敷の生活に慣れてきた証拠ですな」

「慣れるというより、諦めたのです……」


彼女のため息を聞きながら、私は書斎で実験を開始した。


まずは『夜光苔の粉末』を少量——本当に少量——スプーンの先にちょっとだけ取る。


「こんなものかしら?」

「お嬢様、それでも普通の人の三倍くらいありますが……」

「え? これが少量じゃないの?」


どうやら私の「少量」の感覚がずれているらしい。


「まあ、いいじゃない。次は『音響水晶』を——」


私が水晶の欠片を手に取った瞬間、それは美しい音を奏で始めた。


「♪キラキラキラ〜♪」

「わあ、綺麗な音……」


思わず聞き惚れてしまう。この水晶、予想以上に音響効果が高い。


「お嬢様、あまり長時間聞いていると催眠効果が出ますよ」

「え?」


セレーナの警告を聞いた時には既に手遅れ。私の意識がふわふわしてきた。


「あ、あれ……なんだか眠く……」

「お嬢様!」


——ガシャン!


よろめいた私が実験台にぶつかり、すべての材料が床に散らばった。


「きゃああああ!」


セレーナの悲鳴と共に、材料たちが勝手に混ざり合い始める。


『夜光苔』が光り、『音響水晶』が音を奏で、『記憶定着インク』が虹色に変化し、『魔力伝導紙』がくるくると舞い踊る。


「これは……まずいですね」


ハロルドが冷静に状況を把握する。


——ボボボボンッ!


連続小爆発と共に、書斎が幻想的な音楽会場に変化した。


壁からは美しいメロディが響き、天井には光る文字が踊っている。そして、床に散らばった紙切れたちが自分で立ち上がり、空中でページをめくり始めた。


「うわあ、本当に『光る教科書』ができてる……」


意識を取り戻した私が見上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。


空中に浮かぶ数十枚の紙が、それぞれ異なる内容を光らせながら表示している。しかも、読みたい箇所を考えるだけで、その部分が拡大表示される。


「♪基礎魔法理論〜第一章〜魔力とは何か〜♪」


「♪錬金術入門〜材料の特性について〜♪」


「♪歴史概論〜古代魔法王国の興亡〜♪」


教科書の内容が美しいメロディに乗って歌われている。


「これは……すごいですわね」


いつの間にかカタリナが書斎に来ていた。いつものように完璧な縦ロールで、蒼い瞳を輝かせている。


「音楽で記憶に定着させる効果まであるなんて……」

「カタリナ! どうしてここに?」

「お屋敷から音楽が聞こえてきましたので……」


確かに、この音楽なら屋敷の外まで聞こえるだろう。


「しかも、とても美しいメロディでしたから、思わず聞きに来てしまいました」


カタリナが空中の教科書に手を伸ばすと、紙が彼女の方に飛んできて、優雅に舞い踊った。


「『魔法薬学応用編』……私の苦手分野ですが、この音楽なら覚えられそうですわ」


「♪魔法薬学〜応用編〜材料の相乗効果について〜♪」


美しい女声が内容を歌い上げると、カタリナの表情が明るくなった。


「本当に理解しやすいですわ! ルナさん、これは素晴らしい発明です」

「でしょう? でも、まだ問題が——」


その時、音楽が突然大きくなった。


「♪LUNA-CHAN SAIKOU! BAKUHATSU SAIKOU!♪」


「あ、昨日の『自動記録ノート』の影響が残ってる……」


空中の教科書たちが、勝手に私を讃える歌を歌い始める。


「♪天才錬金術師ルナちゃん♪」

「♪今日も爆発で大成功♪」

「♪みんなで一緒に歌いましょう♪」


「歌いましょうって言われても……」


困惑している私たちをよそに、教科書たちはますます盛り上がっていく。


——ドンドンドンッ!


太鼓のような音まで聞こえ始めた。


「お嬢様、音楽が屋敷中に響いております」


ハロルドが慌てて報告に来る。


「メイドたちが踊り始めました」

「踊り始めた?」

「はい。どうやら音楽に『強制ダンス効果』があるようです」


確かに、廊下から楽しそうな足音が聞こえてくる。


「あら、本当ですわね」


カタリナも音楽に合わせて、自然に体が動き始めている。


「♪一、二、三、四♪」


「カタリナまで踊ってる……」


見ると、セレーナも音楽に合わせて足踏みしている。


「あ、体が勝手に……」


「これは……音楽の魔力が強すぎるのね」


私も抵抗できずに、リズムに合わせて体が動き始めた。


——そして、決定的な瞬間が訪れる。


「♪みんなで一緒に〜♪」


空中の教科書たちが一斉にクレッシェンドを始めた瞬間——



——BOOOOOM!!!



屋敷を揺るがす大爆発。しかし今度は破壊的な爆発ではなく、光と音楽の大爆発だった。

書斎の窓から虹色の光が噴き出し、音楽が街中に響き渡る。


「うわああああ!」


私たちは爆風で飛ばされ——ではなく、音楽の力で空中に舞い上がった。


「きゃああ! 飛んでますの!?」

カタリナが驚きながらも、空中で優雅にダンスしている。


「これは……『浮遊ダンス効果』ですね」

ハロルドも空中で踊りながら冷静に分析する。

「お嬢様の実験は、いつも想像を超えます」


そんな中、セレーナだけは冷静だった。


「皆さん、あれを見てください」

彼女が指差した窓の外では、街の人々が一斉に踊り始めていた。


「あら、みんな楽しそう……」

「楽しそうじゃありません! 大変なことになってます!」


確かに、パン屋のおじさんも、通りの貴婦人も、馬車の御者も、みんな音楽に合わせて踊っている。

しかも、踊りながら勉強している。


「♪九九を覚えよう〜二×二は四〜♪」


「♪魔法の基本〜精神集中が大切〜♪」


どうやら『光る教科書』の学習効果が街全体に及んでいるらしい。


「ルナさん、これは……」


カタリナが空中で困惑している。


「街全体が学習塾になってますわ」

「学習塾って……」


見ると、本当に街の人々が踊りながら様々な知識を吸収している。子どもたちは算数を、大人たちは実用的な魔法を、お年寄りは歴史を学んでいる。


「あ、でも楽しそう……」


確かに、みんな笑顔で踊っている。苦痛ではなく、楽しんで学習している様子だ。


「♪学ぶって楽しい〜知識は宝物〜♪」


街中から合唱が聞こえてくる。


その時——


「何事だー!」


王立魔法学院の方角から、グリムウッド教授の声が響いた。


「あ、先生たちが来る……」


慌てて窓を見ると、学院の教師たちが魔法の絨毯で飛んでくる。しかし、近づくにつれて彼らも音楽の影響を受け始めた。


「♪これは何という美しい音楽〜♪」


「♪教育効果が素晴らしい〜♪」


「♪生徒たちの学習意欲が向上している〜♪」


先生たちも踊り始めた。


「あら、教授方まで……」

カタリナが苦笑いする。

「でも、確かに教育効果は抜群ですわね」


そうこうしているうちに、校長先生も現れた。例の虹色の髪で、今日も若々しい。


「ルナ・アルケミさーん!」

空中を飛びながら手を振っている。

「今度は何を——」


彼も音楽の圏内に入った瞬間、優雅に踊り始めた。


「♪これは素晴らしい学習システム〜♪」


「♪全市民の知識レベルが向上〜♪」


「♪ノーベル賞ものの発明〜♪」


校長の絶賛する歌声が響く。


「ノーベル賞って何ですの?」

カタリナが首をかしげる。


「さあ? 前世の記憶が混じったのかしら」

そんな会話をしているうちに、音楽はクライマックスを迎えた。


——キラキラキラキラ〜〜〜〜♪


空中の教科書たちが最後の大合唱。


「♪知識は力〜学習は喜び〜♪」

「♪みんなで一緒に〜賢くなろう〜♪」

「♪ルナちゃん万歳〜錬金術万歳〜♪」


そして——


——ポフッ!


突然音楽が止まり、私たちは優雅に床に着地した。


「あ、あれ?」


空中の教科書たちも、ひらりと机の上に舞い降りる。しかし、今度は普通の教科書として機能している。文字が光り、重要部分が音楽付きで読める、完璧な学習ツールになっていた。


「成功……?」

「成功みたいですわね」


カタリナが教科書を手に取る。


「♪魔法薬学、第三章〜♪」


小さな美しい声で内容が歌われ、カタリナの理解が深まっていく。


「これなら音量も適切ですし、学習効果も抜群ですわ」

「やったあ!」


私が喜んでいると、窓の外から拍手が聞こえてきた。


街の人々が、みんな手を叩いている。


「ありがとうございました〜!」

「久しぶりに楽しく勉強できました〜!」

「また機会があればお願いします〜!」


みんな満足そうに普段の生活に戻っていく。


「街の皆さんにも喜んでもらえたのね」

「結果オーライですが、今度からは事前に範囲を限定してください」


ハロルドの苦言に、私は素直に頷く。


「今度からは気をつけるわ」

「お嬢様の『今度からは』も信用できませんが……」


セレーナのツッコミがいちいち的確だ。


夕方、学院から正式な使者がやってきた。


「ルナ・アルケミさん、校長からの伝言です」

「何でしょう?」


「『光る教科書』を学院で正式採用したいとのことです」

「本当に?」


「ただし、使用は校内に限定し、一度に使える冊数も制限するとのことです」


使者の説明に、私は大きく頷く。


「承知しました! 責任を持って改良版を作らせていただきます」


使者が帰った後、カタリナが感心したように言った。


「ルナさんの発明は、いつも最終的には素晴らしい結果になりますのね」

「そうなの! 失敗は成功の母よ」

「あなたの場合は『大爆発は大発明の母』ですわ」


的確すぎるツッコミに、みんなで笑った。


「ところで、セレーナ」

「はい、お嬢様」

「あなた、最近実験の手伝いが上手になったわよね」


確かに、セレーナは材料の特性を理解し始めている。危険の予測も的確だ。


「あの……実は、少し興味があるのです」

「興味?」

「錬金術に、です」


セレーナの目が輝いている。


「お嬢様の実験を間近で見ていると、とても奥深い学問だと感じます」

「本当に?」

「はい。もし可能でしたら……少しずつでも学ばせていただければ」


私は嬉しくなって立ち上がった。


「もちろんよ! 一緒に実験しましょう」

「ありがとうございます!」


「でも、まずは基本から……」

「基本と言いながら、だいたい爆発から始まるのがお嬢様です」


ハロルドの指摘に、私は苦笑いする。


「今度こそ、基本の基本から——」


その時、机の上の『光る教科書』から小さな音楽が聞こえてきた。


「♪明日はもっと素晴らしい実験を〜♪」


「また勝手に歌ってる……」


「『光る教科書』にも意識が芽生えたのでしょうか?」

カタリナの疑問に、私たちは顔を見合わせた。


「まあ、そのうち分かるでしょう」

「その『そのうち』が一番怖いのです……」


セレーナの正直な感想に、屋敷中が笑いに包まれた。


「♪今日も平和なアルケミ家〜♪」


『光る教科書』の歌声が、夜の屋敷に響いていく。


明日はどんな実験が待っているのだろうか。

——答えは、きっと「教科書が歌うよりもさらに驚くべき何か」である。


「お嬢様、明日の学院の準備は……」

「そうそう! 『光る教科書』の改良版を作りましょう。今度は楽器の音も加えて——」


「楽器って!?」

「オーケストラみたいに豪華にするの」


「豪華って……まさか……」


セレーナの青ざめた顔を見て、私は胸を張った。


「大丈夫よ! 今度こそ、きっと——」

「お嬢様の『今度こそ』は……」


「信用できない、でしょう? でも大丈夫!」


——ポンッ!


机の上で『光る教科書』が小さく光った。まるで、明日の実験を楽しみにしているかのように。

静かな夜は、アルケミ家には今日も存在しない。


明日もきっと、爆発と音楽に満ちた一日になるだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ