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第129話 王城春の園遊会

「お嬢様、お召し物の最終確認をさせていただきます」


セレーナが手にしているのは、淡いラベンダー色のドレス。

胸元には小さな真珠があしらわれ、スカートには上品なレースが施されている。


「うーん、やっぱり窮屈そう……」


私は鏡の前でドレスを見つめながら、少しため息をついた。

今日は王城での春の園遊会。

各領主や令嬢、子息が参加する格式高い行事だ。


「お嬢様、今日は王城です。いつものような……その、爆発は控えめにお願いいたします」


セレーナの表情に、うっすらと不安の色が浮かんでいる。

確かに、王城で実験の失敗なんて起こしたら大変なことになってしまう。


「大丈夫よ!今日は実験道具は一切持っていかないから!」


「本当ですか?」

「本当よ!でも念のため、『緊急事態対応薬』だけは……」


「だめです」

セレーナにきっぱりと断られてしまった。


「ふみゅ〜」

肩の上のふわりちゃんも、今日は特別に小さなリボンをつけてもらっている。

水色のリボンが真っ白な毛に映えて、いつも以上に愛らしい。


「ピューイ」

ハーブは今日はお留守番。

さすがに王城の園遊会にウサギを連れて行くわけにはいかない。


馬車に乗り込むと、父と母と兄が既に座っていた。

父のクリストフ・アルケミ伯爵は普段よりも格式高い礼服を着て、母のエリザベス・アルケミは深い青色のドレスに身を包んでいる。

兄も格式高い礼服を着ていた。


「ルナ、今日は王城での園遊会ですのよ。くれぐれも粗相のないように」

母の言葉に、私は背筋を伸ばす。


「分かってるわ、お母様」

「それと、今回は特別に魔王セレスティア様もご招待されておりますの。冬戦争での功績を讃えてのことですわ」


「あ、セレスティアも来るの? それなら楽しそう!」

「ルナ……魔王様に対してその口調は……」


母がため息をつく。

確かに、公の場では気をつけなければならない。


王城に到着すると、そこには色とりどりの馬車が並んでいた。

各領主や貴族たちが次々と降りてくる様子は、まさに華やかな社交界そのものだ。


「あっ、ルナ先輩!」


声をかけてきたのは、エミリだった。

普段の学院の制服とは違って、薄緑色の可愛らしいドレスを着ている。


「エミリ!素敵なドレスね」

「ありがとうございます。でも、やっぱり緊張しちゃいます……」


エミリの後ろには、ボレーノ男爵夫妻が立っている。

男爵は温厚そうな表情で、夫人は上品な微笑みを浮かべていた。


「ルナ様でいらっしゃいますね。エミリがいつもお世話になっております」

「こちらこそ、エミリ様にはいつもお世話になっております」


社交辞令を交わしながら、私たちは王城の中庭へと向かった。


中庭は春の花々で美しく飾られていて、噴水の周りには白いテーブルが並べられている。

貴族の令嬢たちが優雅に談笑する様子は、まるで絵画のようだった。


「あら、ルナさん!」


振り返ると、美しい縦ロールの髪を揺らしながら、カタリナが近づいてきた。

深紅のドレスに身を包んだ姿は、まさに社交界の花といった風情だ。


「カタリナ、とても素敵よ!」

「ありがとうございますわ。ルナさんもとてもお似合いですのよ」


カタリナの後ろには、アルフォンス・ローゼン侯爵とローゼン侯爵夫人が続いている。

侯爵は威厳のある表情で、夫人は娘に負けず劣らずの美貌の持ち主だった。


「あら、オスカー様」


カタリナの隣には、彼女の長兄であるオスカー・ローゼンの姿があった。

第一王子アルカデ王子の臣下として王宮に仕えているだけあって、立ち振る舞いにも品格が漂っている。


「ルナ嬢、お久しぶりでございます」

オスカーが丁寧にお辞儀をする。


「こちらこそ、オスカー様。お元気でしたか?」

「おかげさまで。カタリナがいつもお世話になっております」


「アルケミ伯爵、ご令嬢にはいつもカタリナがお世話になっております」

侯爵が父に挨拶する。


「いえいえ、こちらこそ」

大人たちの挨拶を横目に、私たちは少し離れた場所に移動した。


「あ、エリオットも来てるのね」


中庭の向こうに、銀髪を整えて上品な礼服を着たエリオットの姿が見えた。

彼の隣には、父親のセルジオ・シルバーブルーム男爵が立っている。


「エリオット!」

私が手を振ると、エリオットが気づいて近づいてきた。


「ルナさん、カタリナさん、エミリさん。皆さん、素敵ですね」

「ありがとう、エリオット。あなたも素敵よ」

「ありがとうございます。父も園遊会を楽しみにしておりました」


エリオットが振り返ると、セルジオ男爵が温和な笑顔で挨拶してくれた。


「それにしても、皆さんお美しいですわね」


カタリナが中庭を見回しながら言う。

確かに、色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢たちは、まるで花園のようだった。


「あ、ノエミ様よ」


エミリが指差す方向を見ると、金髪を美しく結い上げたノエミ王女が、まるで妖精のような白いドレスを着て立っていた。

その周りには、常に何人かの貴族の子息たちが集まっている。


「さすがはノエミ様ですわね。立ち居振る舞いが完璧ですわ」


カタリナが感嘆の声を上げる。

確かに、ノエミ王女の一挙手一投足は、まさに教科書に載っているような優雅さだった。


「あら、皆さんお揃いで」


その時、優雅な声が聞こえてきた。

振り返ると、ノエミ王女が私たちに近づいてきていた。


「ノエミ王女、お美しいお姿でいらっしゃいますわ」

カタリナが完璧な礼儀で挨拶する。


「ありがとうございます。今日はとても良いお天気で、園遊会日和でございますね」

王女の声は鈴のように美しく、話し方も完璧だった。


「あ、えーっと……」

私も慌てて礼儀正しく挨拶しようとしたのだが、そこでふわりちゃんが肩から滑り落ちそうになった。


「わっ!」


慌てて手を伸ばしたはずみで、近くのテーブルに置かれていたグラスを倒してしまう。


「あ……」


幸い、グラスは空だったので大きな被害はなかったが、周りの視線が一斉に私に集まった。


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんが申し訳なさそうに鳴く。


「大丈夫です。誰でもあることですもの」

ノエミ王女が優しく微笑んでくれたが、私の顔は真っ赤になってしまった。


「ルナさんらしいですわね」

カタリナが苦笑いを浮かべながら、倒れたグラスを起こしてくれる。その仕草も実に優雅だ。


「すみません、いつものことで……」

エリオットも苦笑いを浮かべながら、濡れたテーブルを拭いてくれる。


「あら、ルナさん!」


聞き慣れた声が聞こえて振り返ると、セレスティアが近づいてきた。

今日は魔王としてではなく、招待客としての装いで、深い紫色のドレスを着ている。


「セレスティア!素敵なドレスね!」

「ありがとう。でも、やっぱり少し緊張するわ。王城での正式な園遊会なんて初めてだもの」


セレスティアも普段とは違って、少し控えめな様子だった。


「魔王セレスティア様でいらっしゃいますね。この度の冬戦争では、大変なご功績を」

ノエミ王女がセレスティアに丁寧に挨拶する。


「王女殿下、お招きいただき恐縮でございます」

セレスティアも礼儀正しく応える。


「いえいえ、あなた様のおかげでドラゴニクス帝国の侵攻を食い止めることができました。王国を代表して感謝申し上げますわ」


そんな格式高い会話を聞いていて、私は少し居心地が悪くなってきた。

みんなとても優雅で上品で、それに比べて私は……


「あ、あの……お飲み物を取ってきますね」

私は慌てて飲み物のテーブルに向かった。


そこには色とりどりのジュースやお茶が並んでいる。

どれも美しいガラスのピッチャーに入っていて、まるで宝石のようだった。


「どれにしようかな……」

迷いながらグラスを取ろうとした時、またふわりちゃんが動いた。


「あ、ふわりちゃん、落ちちゃだめよ」

慌てて支えようとしたその時、肘がピッチャーに当たってしまった。


「あああ!」

ピンク色の果汁が勢いよく飛び散って、私のドレスにかかってしまう。


「きゃー!」

周りから驚きの声が上がった。


「ルナさん、大丈夫?」

セレスティアが慌てて駆け寄ってくる。


「うん、怪我はしてないけど……」

ドレスにはくっきりとピンク色のシミがついてしまった。


「まあ、大変!」

母の声が聞こえて、慌てて振り返る。


「お、お母様……」


「もう、ルナったら……」

母がため息をつく。

でも、その表情には怒りよりも心配の色が浮かんでいた。


「わたくしのハンカチをお使いください」

ノエミ王女が上品なレースのハンカチを差し出してくれる。


「ありがとうございます、でも王女様のハンカチを汚すわけには……」

「気になさらないで。みんなで助け合うのが当然ですもの」


王女の優しさに、私は感動してしまった。


「ルナさん、こちらに」

カタリナが私の腕を取って、人目のつかない場所へと連れて行ってくれる。


「拭き取れるシミでしょうか?」

カタリナが心配そうにドレスを見てくれる。


「うーん、ちょっと難しそうね」


「やっぱり……お母様に怒られちゃう」


「大丈夫ですわ。伯爵夫人はルナさんのことを心配していらっしゃるだけですもの」


そこにエミリとエリオットも駆け寄ってきた。


「ルナ先輩、怪我はない?」

「ありがとう、エミリ。怪我はしてないけど、ドレスが……」


「それくらい、気にすることないですよ」

「そうです。シミなんて、些細なことですよ」


エリオットも優しく慰めてくれる。


「でも、王城で粗相をするなんて……」

私が落ち込んでいると、ふわりちゃんが頬をそっと撫でてくれた。


「ふみゅ〜」

まるで「大丈夫だよ」と言っているようだった。


「ありがとう、ふわりちゃん」


その時、庭園の奥から美しい音楽が聞こえてきた。


「あら、音楽会が始まりましたわね」

カタリナが耳を傾ける。


「せっかくだから聞きに行きましょう」


私たちは音楽の方向へ向かった。

庭園の奥では、宮廷楽団が美しい演奏を披露していた。

周りには貴族たちが優雅に立って聞き入っている。


「素敵な音楽ですね」

エミリがうっとりとした表情で呟く。


確かに、春風に乗って流れてくる音楽はとても美しかった。

鳥たちのさえずりと相まって、まるで天国にいるような気分だ。


「あら、ルナさん」

セレスティアが私たちの近くにやってきた。


「どう?園遊会は楽しんでる?」

「うん、とても楽しいけど……」


「けど?」

「なんか、私だけみんなと違う気がして……」


私が正直な気持ちを話すと、セレスティアは優しく微笑んだ。


「そんなことないのよ。ルナさんはルナさんらしくしていればいいの」

「でも、カタリナやノエミ王女みたいに優雅じゃないし……」

「優雅さにもいろいろな形があるのよ」


セレスティアが私の肩に手を置く。

「ルナさんの自然体の優しさも、立派な優雅さだと思うわ」


「本当?」

「ええ。さっきピッチャーを倒した時だって、まず『怪我はないか』を心配してくれる人たちが駆け寄ってきたでしょう? それは、ルナさんが普段からみんなに優しくしているからよ」


セレスティアの言葉に、少し元気が出てきた。


その時、ふと気づいたことがあった。

音楽を聞いている貴族たちの中に、一人だけぽつんと立っている少年がいる。


「あの子、一人みたい……」

私がその少年を指差すと、カタリナも気づいた。


「あら、本当ですわね。どちらかの領主の子息でしょうか」

少年は年齢的には私たちと同じくらいで、立派な礼服を着ているが、なんとなく寂しそうな表情をしていた。


「話しかけてみようか?」

私の提案に、カタリナが少し心配そうな表情を浮かべる。


「でも、ルナさん……知らない方にいきなり声をかけるのは……」

「大丈夫よ!きっと友達になれるわ!」


私は少年のもとへ向かった。


「こんにちは! 音楽、素敵ですね」


少年は驚いたような表情で私を見た。


「あ、はい……」

「私、ルナ・アルケミです。よろしくお願いします」


「あ、僕はマティス・グリーンフィです。グリーンフィ子爵家の……」

少年……マティスは恥ずかしそうに答える。


「グリーンフィ家!確か、薬草栽培で有名な領地ですよね?」

私が興味深そうに言うと、マティスの表情が明るくなった。


「はい!父が薬草の研究をしていて、僕も少し手伝っているんです」

「すごい!私、錬金術をやってるから薬草にとても興味があるの!」


「本当ですか?それなら……」


マティスが嬉しそうに話し始めた時、カタリナとエミリ、エリオットもやってきた。


「ルナさん、お友達をご紹介してくださいな」

「あ、こちらマティス・グリーンフィ君。薬草の専門家なのよ!」


「まあ、素晴らしいですわね」

カタリナが上品に微笑む。


「よろしくお願いします」

エミリも人懐っこく挨拶する。


「僕も薬草には興味があります。古代の薬草栽培技術について調べているんです」

エリオットも興味深そうに話しかける。


「あ、よろしくお願いします……」

マティスは最初恥ずかしがっていたが、だんだん打ち解けてきた。


「実は、今度新しい薬草の栽培に挑戦するんです。魔力を高める効果があると言われている『星の雫草』という珍しい種類で……」

「『星の雫草』!それって確か、夜にだけ咲く花でしょう?」


私が興味深そうに食いつくと、マティスは目を輝かせた。


「はい!よくご存知ですね!実は栽培がとても難しくて、まだ成功していないんです」

「そうなの?もしかして、魔力の供給方法に問題があるのかも」


「え?」

「『星の雫草』は夜の魔力を好むから、昼間に蓄えた魔力を夜にゆっくり放出する仕組みが必要なの」


私が前世の記憶も交えて説明すると、マティスは感動したような表情を浮かべた。


「それは……考えもしませんでした。魔力の時間差供給ですね」

「そう!私、『魔力蓄積薬』を作ったことがあるから、今度一緒に実験してみない?」


「本当ですか?ぜひお願いします!」

マティスがとても嬉しそうに答える。


「ルナさんは本当に、初対面の方ともすぐに打ち解けますわね」

カタリナが感心したように言う。


「でも、それがルナ先輩の良いところですよね」

エミリも微笑む。


「僕も勉強になります」

エリオットも興味深そうに聞いている。


そんな時、庭園の中央でセレヴィア王が立ち上がった。


「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」


王の声が庭園に響く。


「今日は春の園遊会として、皆様と共に美しい季節を楽しむことができ、大変嬉しく思います」


王の周りには王妃、第一王子のアルカデ王子、第二王子のセラフ王子、そしてノエミ王女が並んでいる。


「また、この度の冬戦争において、我が王国のために戦ってくださった魔王セレスティア様にも、改めて感謝を申し上げます」

王がセレスティアの方を向くと、庭園中から拍手が起こった。


「恐縮でございます、陛下」

セレスティアが丁寧にお辞儀をする。


「これからも末永く、平和と友好の絆を深めていければと思います」

王の言葉に、再び拍手が響いた。


その後、軽食の時間となった。

庭園には美しく飾り付けられたテーブルが設置され、色とりどりの料理が並べられている。


「わあ、おいしそう!」

私は料理を見て思わず声を上げてしまった。


「ルナ、もう少し上品に……」

母がたしなめるような声をかけるが、その表情は優しかった。


「でも、本当に美しい料理ですわね」

カタリナも感心している。


料理を取りながら、私たちは談笑を続けた。

マティスとエリオットも一緒に混じって、薬草と古代技術の話で盛り上がる。


「『星の雫草』以外にも、『月光キノコ』の栽培にも興味があるんです」

マティスが夢中になって話す。


「『月光キノコ』!あれは錬金術の材料としてとても価値が高いのよ」

「はい、でも栽培が非常に難しくて……」


「もしかして、湿度管理に苦労してない?」

私の質問に、マティスが驚いたような表情を見せる。


「まさに!どうして分かるんですか?」

「『月光キノコ』は湿度の変化にとても敏感なの。一定の湿度を保つための『湿度安定薬』があるのよ」


「そんな薬があるんですか?」

「ええ、『湿気の石』『安定の水』『保持の粉』を組み合わせて作るの。今度実際に見せてあげる!」


「古代の技術書にも似たような記述がありました」

エリオットが興味深そうに言う。

「古代人も同じような問題に悩んでいたのかもしれませんね」


「ありがとうございます!本当に助かります!」

マティスがとても嬉しそうにお礼を言う。


「ルナ、また新しいお友達を作りましたのね」

母が微笑みながら近づいてきた。


「お母様、マティス君はグリーンフィ子爵家の息子さんで、薬草の専門家なの。それからエリオットも一緒よ」

「まあ、それは素晴らしいですわね」


母がマティスとエリオットに優雅に挨拶する。

「グリーンフィ子爵様には、いつも上質な薬草を分けていただいております」


「ありがとうございます。父も喜ぶと思います」

マティスが丁寧にお辞儀をする。


「シルバーブルーム男爵様の錬金術工房にも、いつもお世話になっております」

「恐縮です。ルナ様にはいつもエリオットがお世話になっております」


エリオットの父、セルジオ男爵も近づいてきて挨拶を交わす。


その時、突然庭園の一角から小さな悲鳴が聞こえてきた。


「きゃー!」

みんなが声のする方向を見ると、ある令嬢がドレスの裾を蜂に追いかけられていた。


「蜂よ!蜂が!」

パニックになった令嬢が逃げ回る中、周りの人たちもざわめき始める。


「あら、大変……」

カタリナが心配そうな表情を浮かべる。


でも、私は蜂をよく見て、ほっと安心した。


「あの蜂、攻撃的じゃないわ。きっと花の匂いに誘われてきただけよ」


「でも、あの令嬢は怖がっていらっしゃいます」

エミリが心配そうに言う。


私は迷わず令嬢のもとへ向かった。

「大丈夫ですよ!この蜂は危険じゃありません」


「でも……」

令嬢が震え声で答える。


私は静かに手を伸ばすと、蜂が手のひらに止まった。

「ほら、この子はとても大人しいのよ。きっと花の蜜を探していただけ」


周りの人たちがびっくりしたような表情で見ている。


「すごい……蜂が手に」

「怖くないんですか?」


令嬢が恐る恐る尋ねる。


「ええ、この種類の蜂はとても穏やかなの。攻撃してこないから、怖がらなくても大丈夫よ」

私が優しく説明すると、蜂はふわりと空中に舞い上がって、庭園の花の方へ飛んでいった。


「ありがとうございます……」

令嬢がほっとした表情でお礼を言う。


「どういたしまして」

私が微笑み返すと、周りから小さな拍手が起こった。


「さすがですわ、ルナさん」

カタリナが感心したように言う。


「ルナさんは本当に生き物と仲良しね」

セレスティアも嬉しそうに微笑む。


「さすがルナ先輩ですね。どんな時でも冷静で優しくて」


マティスも感動したような表情だった。


「魔物との意思疎通の研究が活かされましたね」

エリオットも感心している。


「そんな大したことじゃないよ」

私が謙遜していると、ノエミ王女がやってきた。


「ルナさん、見事な対処でしたね」

「ありがとうございます、王女様」


「あなたの自然な優しさは、本当に素晴らしいと思いますわ。教科書で学ぶような優雅さとは違う、心からの美しさを感じます」


王女の言葉に、私は少し照れてしまった。


「でも、私はいつも粗相ばかりで……」

「それも含めて、あなたらしさです。完璧でなくても、誠実で温かい心を持っていることの方が、ずっと大切だと思います」


王女の優しい言葉に、心が温かくなった。


園遊会も終盤に近づき、夕日が庭園を美しく

照らし始めた。


「あら、もうこんな時間ですのね」

母が空を見上げながら言う。


「そろそろお暇する時間かもしれませんわね」

カタリナも同じように空を見上げる。


「今日は本当に楽しかったです」

エミリが満足そうに微笑む。


「わたしも!マティス君とも友達になれたし」

「こちらこそ、ありがとうございました。今度、ぜひ領地に遊びに来てください」

マティスが嬉しそうに誘ってくれる。


「ぜひ行かせていただきますわ」

カタリナが上品に答える。


「僕も古代技術の資料を持参させていただきます」

エリオットも興味深そうに言う。


「それでは、僕たちも失礼させていただきます」

兄がカタリナたちローゼン家の人々と共に挨拶を交わす。


「今日はありがとうございました」

セルジオ男爵とエリオットも丁寧にお辞儀をして、それぞれの家族と共に帰路についた。


帰りの馬車の中で、今日の出来事を振り返った。


「結局、ドレスにシミをつけたり、グラスを倒したり……やっぱりわたしは優雅じゃないのね」

「でも、ルナは多くの人に喜びを与えていましたよ」

母が優しく言ってくれる。


「マティス君とお友達になったり、令嬢を蜂から守ったり……それも立派な社交だよ」

父も微笑みながら言う。


「でも……」

「ルナ、優雅さというのは形だけではありませんの。心の美しさも大切な要素ですのよ」

母の言葉に、わたしは少し安心した。


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんも同意するように鳴いている。


「ありがとう、ふわりちゃん」

わたしがふわりちゃんを撫でると、とても気持ちよさそうに目を細めた。


こうして、王城での春の園遊会は無事に終わった。

確かにいくつか粗相もしてしまったけれど、新しい友達もできたし、多くの人と交流することができた。


わたしなりの優雅さがあるのかもしれない。

完璧でなくても、誠実で温かい心を持ち続けていれば、きっと大丈夫だろう。


そんなことを考えながら、わたしは満足した気持ちで家路についた。

マティス君やエリオットともっと薬草や古代技術について話しをするのが楽しみだ。


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんも同じ気持ちのようだった。

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