第127話 春の山菜採り
「うーん、この『活力増進薬』、どうしても苦味が取れないのよね」
肩に乗ったふわりちゃんが「ふみゅ〜」と心配そうに鳴く。
「ルナさん、また煙が出てますわよ」
カタリナが呆れたように『拘束の蔦』で煙を払ってくれる。
「あ、ごめんごめん」
その時、実験室のドアがノックされた。
「失礼しますー♪」
入ってきたのは、フランとノエミ様とエミリの1年生トリオだった。
「先輩方〜、お疲れ様です〜♪」
フランが元気よく挨拶する。
赤いツインテールがぴょんぴょん跳ねて、いつ見ても可愛い。
「どうしたの?」
私が聞くと、ノエミ様が上品に微笑む。
「実は、春の山菜採りの季節になったので、皆さんと一緒に行けたらと思いまして」
「山菜採り?」
私の目がきらりと光る。
前世でも山菜は好きだったし、何より新しい薬草が見つかるかもしれない。
「いいわね!薬草学の実地研修にもなるし」
「ルナさんがそう言うなら、僕も参加します」
エリオットも興味を示す。
「安全性は大丈夫なのですか?」
カタリナが心配する。
「大丈夫です〜♪ モーガン先生とフローラン教授も一緒に来てくださるんです〜♪」
フランが安心させるように言う。
ー
翌日の早朝、私たちは学院の門前に集合した。
「おはようございます〜♪」
フランが大きなバスケットを持ってやってくる。
「フランちゃん、準備万端ね」
「えへへ〜、お母さんに『山菜は新鮮なうちに処理しなさい』って言われたの〜♪」
「私も料理用の道具を持参しました」
エミリが控えめに小さな袋を見せる。
「流石ですね。私は保存用の魔法道具を用意いたしました」
ノエミ様が王女らしく上品な準備を整えている。
「私は当然、薬草の分析道具よ」
私が錬金術セットを詰めた鞄を掲げる。
「ルナさん、まさか山菜採りで実験するつもりではありませんでしょうね」
カタリナが疑い深い目で見る。
「そ、そんなことないわよ!ただの観察よ、観察!」
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんが「また嘘ついてる」とでも言いたげに鳴く。
「ピューイ♪」
ポケットからハーブも顔を出して、やる気満々だ。
ー
「皆さん、おはようございます」
モーガン先生とフローラン教授が合流する。
「今日は良い天気で山菜採り日和ですね」
フローラン教授が穏やかに微笑む。
「場所は学院から徒歩30分ほどの『若葉の森』です。そこは食用山菜が豊富で、危険な魔物もいません」
「やったー♪」
私たちは歩いて森に向かった。
道すがら、フランが興味深そうに色々な植物を観察している。
「あ〜、この花可愛い〜♪」
「それはハルリンドウですね。薬草としても使われますよ」
エリオットが解説する。
「へ〜、勉強になる〜♪」
フランの素直な反応に、みんなが微笑む。
ー
「わあ、きれいな森ね」
森は新緑に包まれ、鳥のさえずりが心地よく響いている。
空気も清々しくて、思わず深呼吸してしまう。
「それでは、安全のため二人一組で行動してください」
モーガン先生が指示する。
「ルナさんとカタリナさん、フランさんとノエミ様、エミリさんとエリオットくん、という組み合わせでいかがでしょう」
「はーい〜♪」
みんなが元気よく答える。
「それでは、1時間後にここに集合しましょう」
ー
「さあ、山菜を探しましょう」
カタリナと私のペアは森の奥へ向かった。
「あ、あれってタケノコかしら?」
私が指差すと、確かに土から小さな筍が顔を出している。
「本当ですわね。春の味覚の代表でしてよ」
カタリナが上手に掘り起こす。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも興味深そうに筍を見つめる。
「あっちにはワラビがあるわ」
「ピューイ♪」
ハーブが鼻をひくひくさせて、何かを感知している。
「ハーブ、何か見つけたの?」
薬草ウサギが向かった先には、見慣れない青い葉の植物があった。
「これは…見たことない薬草ね」
私の錬金術師としての血が騒ぐ。
「ルナさん、危険ではありませんか?」
「大丈夫よ、ちょっと調べるだけ」
私が『薬草鑑定の薬』を取り出して一滴垂らすと、青い葉が光った。
「これは『静寂の草』の変種かしら?すごい発見よ!」
興奮した私は、つい採取用のナイフを取り出す。
ー
一方、フランとノエミ様のペアは順調に山菜を集めていた。
「ノエミちゃん、この山菜の見分け方、すっごく上手だね〜♪」
「ありがとうございます。実は王宮の料理人から教わったんです」
ノエミ様が優雅に山菜を摘む。
「へ〜、王女様ってそんなことも習うんだ〜♪」
「はい。王族として、国の食材について知っておくことは大切ですから」
二人が和やかに山菜採りをしていると、突然茂みがガサガサと音を立てた。
「何だろう〜?」
「フランさん、少し警戒を」
茂みから現れたのは…大きな茶色の熊だった。
「うわあ〜!」
フランが驚くが、すぐに冷静になる。
「でも、なんか普通の熊っぽいね〜♪」
確かに、この熊は魔物ではなく普通の野生の熊のようだった。ただし、かなり大きい。
「ガルルル…」
熊が警戒するように唸る。
「あ、そうだ〜♪」
フランがバスケットからリンゴを取り出す。
「はい、どうぞ〜♪」
リンゴを地面に置いて、ゆっくり後ずさりする。
熊はリンゴを見て、しばらく迷ってからそれを食べ始めた。
「よかった〜、怖い熊じゃなかったね〜♪」
「フランさんの判断、素晴らしかったです」
ノエミ様が感心する。
ー
「エリオットさん、あれは何の植物ですか?」
エミリが珍しい植物を指差す。
「それは『朝露草』ですね。朝の魔力を蓄える性質があります」
「へえ、面白い特性ですね」
二人は学術的な会話をしながら、着実に山菜を集めていく。
「エミリさんの『測り目』の魔法があれば、遠くの山菜も見つけやすそうですね」
「そうですね、やってみます」
エミリが魔法を発動すると、遠くの木の根元に群生する山菜を発見した。
「あそこにたくさんありますね」
「行ってみましょう」
ー
「カタリナ、この青い草、本当にすごいのよ!」
私が興奮しながら説明する。
「『静寂の草』の変種なら、『魔力鎮静薬』の効果を高められるかも」
「ルナさん、採取するのはかまいませんけど、今ここで実験はやめてくださいね」
「わかってるわよ〜…でも、ちょっとだけ」
私が小さな試験管を取り出そうとした時、
「ガサガサガサ!」
突然茂みから何かが飛び出してきた。
「きゃあ!」
現れたのは…巨大なイノシシだった。
「うわあ!イノシシよ!」
「でも大きすぎる!」
イノシシは私たちを見ると、なぜか私の持っている青い草に興味を示した。
「ブヒー!ブヒー!」
「あ、この草が欲しいのかしら?」
「ルナさん、危険ですわよ!」
カタリナが『拘束の蔦』でイノシシの動きを封じようとするが、イノシシのパワーが強すぎて蔦が切れてしまう。
「きゃー!」
その時、私の足が何かにつまづいた。
「うわあああ!」
転んだ拍子に、試験管の中身がイノシシにかかってしまった。
すると…
「ブヒ〜…ブヒ〜…」
イノシシがだんだんおとなしくなって、最終的に眠ってしまった。
「え?」
「ルナさん、今の薬は何でしたの?」
「え〜と…『活力増進薬』の失敗作…」
「それが睡眠薬になったの?」
「どうやらそうみたい…あ、そっか!青い草の成分が混じって、逆の効果になったのね」
ー
「みなさ〜ん、お疲れ様でした〜」
1時間後、集合場所でモーガン先生が手を振る。
「どうでしたか?」
「先生〜、大収穫です〜♪」
フランが満杯のバスケットを見せる。
「熊さんにも会ったけど、仲良くなれました〜♪」
「熊に?大丈夫でしたか?」
「はい〜、フランさんが上手に対処してくれました」
ノエミ様が微笑む。
「私たちも珍しい薬草をたくさん見つけました」
エミリが控えめに報告する。
「それで、ルナさんとカタリナさんは?」
「え〜と…」
私とカタリナが顔を見合わせる。
「新種の薬草を発見して、偶然新しい睡眠薬も開発しました…」
「偶然?」
モーガン先生が疑問符を浮かべる。
「イノシシに薬をかけてしまったら、眠ってしまって…」
「イノシシに?」
フローラン教授も驚く。
「あ、でも大丈夫です。1時間ぐらいで目を覚ますと思います」
ー
「それにしても、今日は楽しかったわね」
私がバスケット一杯の山菜を持ちながら言う。
「そうですね〜♪ みんなでわいわい山菜採り、最高だった〜♪」
フランが嬉しそうに跳ねる。
「フランちゃんの熊対応、本当にすごかったです」
「えへへ〜、でも怖かった〜♪」
「エミリちゃんとエリオットくんも、たくさん収穫したのね」
「はい、学術的にも興味深い一日でした」
エリオットが満足そうに答える。
「ルナさんの新発見も興味深いですわね」
カタリナが青い草のサンプルを見つめる。
「『静寂の草』の変種なら、色々な薬に応用できそう」
「でも、実験は実験室でお願いします」
モーガン先生が念を押す。
ー
学院に戻って、私たちは採取した山菜を調理することにした。
「タケノコは茹でて、ワラビは灰汁抜きして…」
フランが慣れた手つきで下処理を始める。
「すごいわね、フランちゃん。料理も得意なのね」
「えへへ〜、お母さんが厳しくて〜♪『女の子は料理もできなきゃダメ』って〜♪」
「私も手伝います」
ノエミ様も王女らしい優雅な動作で山菜を準備する。
「エミリちゃんは?」
「私は…お皿の準備をします」
エミリが恥ずかしそうに言う。
「みんなで協力すれば、美味しい山菜料理ができるわね」
ー
「わあ、美味しそう〜♪」
テーブルには色とりどりの山菜料理が並んだ。
タケノコを煮た物、ワラビのサラダ、山菜のスープ…
「いただきまーす♪」
「うん、美味しい〜♪」
フランが嬉しそうに食べる。
「春の味がしますわね」
ノエミ様も上品に山菜を味わう。
「自分たちで採った山菜は格別ね」
私も満足そうに食べる。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも小さな山菜を分けてもらって嬉しそうだ。
「ピューイ♪」
ハーブも薬草の香りを楽しんでいる。
ー
食事を楽しんでいると、実験室のドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは…なぜかエドガーとリリィだった。
「エドガーたち?どうしたの?」
「実は、ルナたちが森で眠らせたイノシシが起きて、学院の方に来てるんだ」
エドガーが苦笑いする。
「え?」
「どうやら、ルナの薬の香りを覚えてるらしくて、もっと欲しがってるんだって〜」
リリィがくすくす笑う。
「えええ!?」
ー
学院の中庭に出ると、確かに例のイノシシがいた。
「ブヒー、ブヒー」
イノシシは私を見つけると、嬉しそうに近づいてくる。
「あ、あの…」
「どうやらルナちゃんを気に入ったみたい〜♪」
フランが面白そうに見ている。
「でも、学院で飼うわけにはいかないし…」
その時、フローラン教授がやってきた。
「実は、このイノシシは『若葉の森』の主のような存在みたいなんです」
「主?」
「はい。森の番人として、他の動物たちを守っているようです。とても賢いイノシシみたいですね」
「じゃあ、森に帰した方がいいのね」
私がイノシシに向かって言う。
「ごめんね、家に帰らなきゃダメよ」
「ブヒ〜」
イノシシは寂しそうに鳴く。
「あ、そうだ」
私が『活力増進薬』の失敗作から、睡眠薬の成分を抜いた薬を作る。
「これなら安全よ。元気が出る薬」
「ブヒー♪」
イノシシは薬を飲んで、満足そうに森の方角へ歩いて行った。
ー
「今日は本当に色々あったわね」
私が疲れた様子で言う。
「でも楽しかった〜♪」
フランが満足そうに微笑む。
「山菜採り、山菜料理、新薬草の発見、イノシシとの出会い…盛りだくさんでしたね」
エリオットがまとめる。
「また今度、みんなで山菜採りに行きましょう」
カタリナが提案する。
「その時は、もう少し安全にお願いします」
モーガン先生が苦笑いする。
「はーい」
私たちが元気よく答える。
ー
「それにしても、ルナさんの発見した青い草、本当に有用そうですわね」
カタリナが実験室で青い草を見つめる。
「でしょう?きっと色々な薬に応用できるわ」
私が嬉しそうに答える。
「でも、今度実験する時は事前に相談してくださいね」
「わかってるわよ〜」
でも心の中では、もう次の実験のことを考えている。
この青い草と『時の砂』を組み合わせたら…
「ルナさん、また危険なこと考えてるでしょう」
カタリナの鋭い指摘に、私は慌てる。
「そ、そんなことないわよ!」
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんが「また嘘ついてる」という感じで鳴く。
今日は新しい薬草も発見して、意外な友達もできて…
実りある山菜採りだった。




