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第125話 山影のダンジョン探索開始!

「それじゃあ、みんな準備はいいな?」


エドガーが入念にダンジョンの入り口を確認しながら、私たちを振り返る。

今日の彼はいつもの「右手が疼く」とか言わずに、しっかりとしたリーダーシップを発揮している。


「準備万端よ〜♪」


フランが軽やかに鉄の剣を抜いて、くるりと一回転。

その動きがあまりにも流麗で、思わずみんなが見とれてしまう。


「フランちゃん、本当に剣術習ったことあるの?」

「えへへ〜、ちょっとだけ〜♪」


謙遜しているけれど、その「ちょっと」が相当なレベルに達していると、エドガーは感じていた。


「ふみゅ〜」

肩に乗ったふわりちゃんが心配そうに鳴く。

ダンジョンの暗い雰囲気を感じ取っているのかもしれない。


「大丈夫よ、ふわりちゃん。みんなで一緒だから」

私が優しく撫でてあげると、安心したようにふわふわの毛を膨らませる。


「それでは、編成を確認する」

エドガーが指差しながら説明する。


「前衛は俺とリリィ、そしてフランさん。中衛にカタリナさんとミラ。後衛にマーリンとエリオット。ルナは魔物との意思疎通があるから中央で、1年生のノエミさんとエミリさんは後方で安全確保」


「私も治癒の魔法で皆さんをサポートいたします」

ノエミ様が王女らしい凛とした表情で言う。金髪が暗いダンジョンの入り口でも美しく輝いている。


「エミリは弓だから、後方支援お願いします」

「はい、『測り目』の魔法で遠くからサポートします」

エミリが弓を構えて見せる。緑の瞳が集中した時の鋭さを見せている。


ダンジョン内部の石造りの薄暗い通路に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が私たちを包んだ。


「うわ〜、なんか神秘的〜♪」

フランが興味深そうに壁の魔法陣を見つめる。


「この魔法陣、古代召喚術の一種ですね」

エリオットが銀髪を揺らしながら壁に近づく。


「でも、何かがおかしい。通常の召喚術とは構造が違います」

「どう違うの?」


私が聞くと、エリオットは紫の瞳を細めて答える。


「普通の召喚術なら、術者の魔力と対象の魂を繋ぐ魔力の糸があるはずなんですが…これには魂の部分がありません」

「魂がない召喚術…ですか?」


カタリナが首をかしげる。


「まあ、今はそれより先に進むことを考えよう」

リリィがピンクの髪をひらひらと揺らしながら先頭を歩く。


「でも、気をつけてね〜。何が出てくるかわからないから〜♪」


その時だった。


「ガルル〜」

通路の奥から低い唸り声が響いてきた。


「来たな」

エドガーが剣の柄に手をかける。


現れたのは大きな灰色の狼だった。

牙を剥き出しにして、赤い目で私たちを睨んでいる。

でも、何だか普通の魔物とは違う感じがする。


「あ、この子とお話してみますね」

私が魔物に向かって意思疎通を試みる。


「こんにちは、お話できる?」

でも、狼からは何の反応もない。

いつもなら魔物の心の声が聞こえるのに、今回は完全に沈黙している。


「あれ?おかしいな…」

私が困惑していると、狼が突然動いた。


「危ない!」


「『縮地斬り』!」


エドガーが一瞬で狼の前に現れ、剣を振り抜く。

狼は素早くジャンプして回避した。


「やるじゃない〜♪」

リリィが短剣を構えて狼の側面に回り込む。

しかし狼の反応も速く、爪で反撃してくる。


「危ないよ〜♪」

フランが自然な動きで前に出て、火の魔法で狼の注意を逸らす。

その魔法の放ち方は無駄がなく、狼の回避先まで計算しているようだった。


美しい火の球が狼に向かって飛んでいく。

狼は予想通り横に跳んで回避するが、その瞬間をリリィが狙う。


「そこ!」

リリィの短剣が狼の脇腹をかすめる。


「ガルル!」

狼が痛みで吠えるが、その声もどこか機械的で、生き物らしい感情が感じられない。


「この子、本当におかしいわ。心の声が全然聞こえない」

私が困惑している間に、カタリナが魔法の準備をしていた。


「『拘束の蔦』!」

地面から緑の蔦が伸びて、狼の足を絡め取る。


「ナイス、カタリナ!」

エドガーが再び『縮地斬り』を放つ。

今度は狼も回避できずに、剣が胴体を貫いた。


すると…


ーーポフン!


狼が白い煙と共に消えて、代わりに精巧な狼のぬいぐるみが地面にぽとりと落ちた。


「えええ!?」


みんなが驚きの声を上げる。


「本当にぬいぐるみになった〜♪」

フランが目をキラキラさせながらぬいぐるみを拾い上げる。


「うわあ、すっごく柔らかい!本物の毛みたい〜♪」

「これは…確かに不思議な現象ですわね」


カタリナが『探知の魔法』でぬいぐるみを調べる。


「魔力の反応は残ってはおりますが、生命力は完全にありませんわ。でも、手触りも質感も本物そっくりですわ」


「これ、持って帰っていいのかな?」

エミリが遠慮がちに聞く。


「調査の一環だから、サンプルとして持ち帰るべきでしょう」

エリオットが冷静に答える。


「でも、なぜ魔物がぬいぐるみになるんだろう?」


私たちがさらに奥に進むと、今度は天井から「ピーピー」という鳴き声が聞こえてきた。


「上よ!」


見上げると、大きなコウモリのような魔物が羽ばたいている。


「あ、この子にも話しかけてみる」

「ルナ、危険だから下がって」


エドガーが私を庇おうとするが、私は首を振る。


「この子たちにも心がない」

コウモリは私たちを見下ろしているだけで、特に攻撃してくる様子はない。


「でも、なぜ心がないのかしら?」


その時、コウモリが急降下してきた。

しかし、攻撃するためと言い感じではなくなく、まるで何かに操られているような機械的な動きだった。


「来るぞ!」

「上から来るね〜♪」


フランが冷静に風の魔法を放つ。

その判断は的確で、コウモリの飛行パターンを完璧に読んでいた。


風の刃がコウモリの翼を切り裂く。

コウモリはバランスを崩して地面に落下した。


リリィが掌底で追撃を加えると、コウモリも白い煙と共に消えて、可愛いコウモリのぬいぐるみになった。


「これも同じね」

私がぬいぐるみを拾い上げる。

翼の部分まで柔らかい布で作られていて、本当に精巧だ。


「2体目も同じ現象…これは偶然じゃないですね」

エリオットが考え込む。


次に現れたのは、大きな茶色の熊だった。

今度はのっそりとした足取りで私たちに近づいてくる。


「でかいな…」

エドガーが身構える。


「でも、この子も同じよ。心の声が聞こえない」

私が確認すると、やはり熊からも意識的な反応がない。


フランが熊の大きさを一瞬見極めると、迷わず四属性の魔法を組み合わせて放つ。


「えい〜♪」


炎が熊を包み、水が炎の威力を調整し、風が魔法を熊に収束させ、土が反動を相殺する。

一連の動きに無駄がなく、まるで何度も練習したかのような完璧な連携魔法だった。


「うわあ、すごい〜」

ノエミとエミリが息を呑む。


「あの技術…私でもあそこまでは」

カタリナが感心して見つめる。


熊は魔法の連撃を受けて、やはり白い煙と共にふわふわの熊のぬいぐるみになった。


「やったー♪」

フランが嬉しそうに熊のぬいぐるみを抱きしめる。


「フランさん、その技術はどこで?」

エリオットが驚きを隠せない。


「えへへ〜、みんなと一緒だから上手くできた〜♪」


フランが照れたように笑う。

謙虚な態度だが、その戦闘センスは明らかに並外れている。



「3体とも同じ現象ね」

私がぬいぐるみたちを並べながら考える。


「そして、どの魔物も心がない。まるで…」

「人形のようですね」


エリオットが私の考えを続ける。


「最初から魔法で動かされているだけの存在だったのかもしれません」

「でも、なぜぬいぐるみに?」


「おそらく」カタリナが推理する。

「元々がぬいぐるみをベースにして作られた魔法生物だからではないでしょうか。魔力が失われると、元の姿に戻るのではないかと」


「なるほど〜♪」

フランが納得したように頷く。


「じゃあ、これからもぬいぐるみをたくさん集められるってこと〜?」

「フランちゃん、それが目的じゃないでしょ」


私が苦笑いする。


「でも、確かに可愛いものね」


ハーブも私のポケットから顔を出して、「ピューイ」とぬいぐるみたちに挨拶している。


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんも興味深そうにぬいぐるみを見つめている。


「よし、奥に進もう」

エドガーが先導する。


通路はだんだん広くなり、壁の魔法陣も複雑になってきた。


「この辺りから、魔力の濃度が上がってきますね」

エリオットが魔力を感知して報告する。


「ということは、きっと奥に何かあるのね」

私がわくわくしながら言うと、カタリナが心配そうに見る。


「ルナさん、あまり興奮しすぎないでください。危険かもしれないのですから」

「大丈夫よ〜、みんながいるもの」


その時、前方から複数の足音が聞こえてきた。


「今度は複数だ」

エドガーが警戒する。


現れたのは、先ほどの狼と同じような魔物が3匹だった。


「おお、今度は群れね」

「みんな、連携して戦おう」

「右の狼、行くよ〜♪」


フランが状況を瞬時に判断し、光の魔法で狼の目を眩ませてから、すかさず闇の魔法で動きを封じる。

二つの対極属性を自然に使い分ける技術は、相当な実力の証拠だった。


「リリィ、左を頼む」

「任せて〜♪」


リリィが短剣を回転させながら狼に突進する。


「俺は真ん中を」

エドガーが正面の狼に『縮地斬り』を仕掛ける。


「みんなさん、サポートしますわ!」

カタリナが『花咲の魔法』で戦場に光の花びらを散らす。

美しい花びらが敵の視界を遮り、みんなの攻撃をサポートする。


「私も!」

ノエミが治癒の魔法でみんなの体力を回復させる。


「『測り目』で狙いを定めて…」

エミリが弓で正確な射撃をする。


「わしの魔法も見せてやろう!『神の雷』!」

マーリンの雷魔法が狼たちを感電させる。


「みんな、すごい連携ね」

私が感動していると、ふわりちゃんが「ふみゅ〜」と応援の鳴き声を上げる。


3匹の狼は次々とぬいぐるみになり、私たちの足元にぽふぽふと落ちた。


「やったー♪」

フランが嬉しそうに手を叩く。


「みんな、お疲れ様」

エドガーが満足そうに剣を納める。


ぬいぐるみを調べていると、エリオットが興味深い発見をした。


「このぬいぐるみ、内部に小さな魔法陣が刺繍されています」

「本当だ」


私がよく見ると、確かに細かい糸で魔法陣のような模様が縫い込まれている。


「この魔法陣が、生命を模倣する魔法の核だったのかもしれませんね」

「すごく精巧な技術ですわね」


カタリナが感心する。


「これを作られた方は、相当な技術者をお持ちの様ですわよ」

「でも、なぜこんなことを?」


「それは奥に行けば分かるかもしれません」

エリオットが暗い通路の奥を見つめる。


「確実に魔力が強くなってる。きっと何かあるわ」


「よし、さらに奥に進もう」

エドガーが決意を込めて言う。


「でも、気をつけて。奥に行くほど強い魔物がいるかもしれない」

「大丈夫〜♪ みんなで一緒なら怖くない♪」


フランが楽観的に言うが、その実力があるからこその余裕だろう。


「ふみゅ〜

ふわりちゃんも私の肩でやる気を見せている。


「ハーブも頑張って」


「ピューイ♪」

薬草ウサギも元気よく返事をする。


私たちは集めたぬいぐるみを空間収納ポケットに入れて、さらに奥へ進むことにした。


きっとこの先に、このダンジョンの秘密が待っている。


「あ、そういえば」

私が急に思い出す。


「このぬいぐるみたち、学院に持ち帰ったらどうなるのかしら?」


「きっと研究材料になるでしょうね」

エリオットが答える。


「でも、こんなに可愛いから、研究だけじゃもったいない気も…」


「ルナさん、また余計なことを考えておられるのでしょう」

カタリナの指摘に、私は慌てて首を振る。


「そ、そんなことないわよ!」

でも心の中では、もうこのぬいぐるみたちを使った新しい実験のことを考えていた。


私たちの山影のダンジョン探索は、もう一回続く。

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