第122話 古き実験ノート
「お嬢様、おはようございます」
セレーナの声で目が覚める。
今日も彼女の虹色の髪が朝の光に美しく輝いている。
「おはよう、セレーナ。今日もサークル活動頑張らなくちゃ」
肩の上で「ふみゅ〜」とふわりちゃんが小さく鳴く。
ポケットの中でハーブも「ピューイ」と元気よく鳴いた。
「出来る限り爆発は控えて下さいね」
セレーナが制服を準備しながら言う。
「気をつけるわ…」
昨日エミリが見つけた古い実験ノート。
古代文字で書かれていて、エリオットが解読に興味を示していた。
どんなことが書いてあるんだろう?
朝食を済ませて学院へ向かう。
今日は2年生の授業が早く終わる予定だから、1年生たちより先に実験室で準備ができそうだ。
「おはようございます、ルナさん」
2年生の教室でエリオットが声をかけてくれる。
彼の手には昨日の実験ノートが握られていた。
「あ、エリオット!もう解読始めてるの?」
「少しだけ。古代文字の解析は時間がかかりますが、興味深い内容のようです」
エリオットが真剣な表情でノートを見つめている。
「どんなことが書いてあるの?」
「『時を操る秘薬』について記されているようです。ただ、まだ完全には……」
時を操る? それって私の時空間錬金術に関係があるのかしら。
放課後、1年生たちと合流して実験室に向かった。
「お疲れ様〜♪今日は爆発なしで解読作業〜♪」
フランが楽しそうに手を振る。
「解読って、謎解きみたいで素敵ですわね」
カタリナも興味深そうだ。
「古代の錬金術師さんって、どんな人だったのでしょうね」
エミリが想像を膨らませている。
「それでは、詳しく調べてみましょうか」
ノエミ様も乗り気だ。
実験室に到着すると、エリオットが机の上にノートを広げて、拡大鏡と辞書を用意していた。
「この部分が『時の砂』について書かれているようです」
エリオットが指差す。
確かに、私が使ったことのある材料名が古代文字で記されている。
「『時の砂』『速度増幅液』『因果安定剤』……これって私が時間加速薬で使った材料と同じね」
私が驚いて声を上げると、みんなが注目する。
「そうですわね。以前作った時間加速薬、確かに同じ材料でしたわ」
カタリナが頷く。
彼女は私の時間加速薬の実験を実際に見ているから知っている。
「あ、そうそう。でも今は時空間錬金術は封印中だから……」
「さすがルナちゃん〜♪やっぱり天才〜♪」
フランが手を叩いている。
「それで、ここに書かれているのは?」
エリオットが続きを読み上げる。
「『月の夜、三つの材料を混ぜ合わせし時、時の流れは緩やかになりて、使用者に安らぎを与えん』……時間を遅くする薬のようですね」
時間を遅くする?
私が作ったのは加速させる薬だったけど、逆の効果もあるのね。
「面白そうですわね。でも、材料の配合比が分からないと……」
カタリナが困った様に話す。
「あ、ここに数字らしきものが」
エミリが別のページを指差す。
「これは……古代数字ですね。解読してみましょう」
エリオットが辞書と首っ引きで作業を始める。
30分ほど経った頃……
「分かりました!『時の砂』2、『速度増幅液』1、『因果安定剤』3の割合のようです」
「私が作った時間加速薬とは逆の配合ね」
確か私のは2:3:1だった。順番も違う。
「試してみたいけど……」
私が呟くと、みんなが一斉に身構えた。
「ルナさん、時空間錬金術はモーガン先生立ち合いの元でなければいけないでしょう?」
カタリナが正論を言う。
「じゃあ、先生を呼んできますね〜♪」
フランが手を上げる。
「お願いします」
15分ほど待って、フランがモーガン先生を連れて戻ってきた。
「時空間錬金術の実験をなさりたいとのことですが」
モーガン先生が丁寧に状況を確認する。
「はい。古代のレシピで時間減速薬を作ってみたいんです」
私が実験ノートを見せると、先生は興味深そうに眺めた。
「なるほど。確かに時間加速薬とは逆の配合ですね。学術的価値もありそうです」
「危険でしょうか?」
エリオットが心配そうに尋ねる。
「時間を遅くする薬であれば、加速薬ほど危険ではないでしょう。ただし、時空間錬金術は私の監督の下で行う決まりですので、必ず私を呼んで下さいね」
モーガン先生が条件を提示してくれる。
「ありがとうございます!」
私が嬉しそうに答えると、先生は苦笑いを浮かべた。
「あなたの実験は予想外のことが起こりがちですからね。十分に注意いたしましょう」
モーガン先生の監督の下、材料を慎重に準備する。
『時の砂』を2、『速度増幅液』を1、『因果安定剤』を3。古代のレシピ通りの配合だ。
「今度こそ防護結界をしっかりと」
カタリナが念を押す。
「私の方でも追加の防護結界を設置いたします」
モーガン先生が手慣れた様子で強固な結界を張ってくれる。
「分かってる」
私は丁寧に結界を張った。
今度は手を抜かない。先生の結界と合わせて二重の安全対策だ。
鍋に材料を入れる順番も、ノートに書かれた通りにする。
まず『因果安定剤』、次に『時の砂』、最後に『速度増幅液』。
魔力を込めて加熱開始。今度は炎の色も意識して、青い炎ではなく金色の炎を使ってみる。
「順調ですわね」
カタリナが記録を取りながら見守ってくれる。
「今度は爆発しないかな〜♪」
フランが期待を込めて呟く。
鍋の中で材料がゆっくりと混ざり合っていく。
不思議なことに、今度は激しい反応が起きない。
まるで時間がゆっくり流れているみたいに、全てがスローモーションで進んでいる。
「あれ?なんだか周りの動きが遅く見えない?」
私が気づくと、みんなも同じことを感じているようだった。
「本当ですわ。まるで時間がゆっくり流れているみたい」
カタリナの声もどこかゆったりとしている。
「すご〜い♪これが時間減速効果〜♪」
フランも興奮している。
30分かけて、ついに薬が完成した。
鍋の中には美しい銀色の液体が揺らめいている。
まるで液体の中に小さな星が浮かんでいるみたいだ。
「成功ね!」
私が嬉しそうに言うと、みんなも拍手してくれる。
「見事な成果ですね。古代のレシピが正確に再現できました」
モーガン先生も満足そうに頷いている。
「古代の錬金術師も素晴らしい知識を持っていたのですね」
エリオットが感心している。
「他にも面白いレシピが載ってるかもしれませんわ」
カタリナがノートを覗き込む。
「明日も解読続けましょう〜♪」
フランが提案する。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも嬉しそうに鳴く。
ハーブも「ピューイ」と尻尾を振っている。
実験室の窓から夕日が差し込んで、銀色の薬液をキラキラと輝かせている。
古い実験ノートから新しい発見ができて、今日は大成功だった。
「明日はどんな秘密が隠されているでしょうね」
私の問いかけに、みんなが期待に満ちた表情で頷いた。
古代の錬金術師が残した知識の宝庫。
まだまだたくさんの謎が眠っていそうだ。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんの鳴き声が、夕日に染まった実験室に響いた。




