第12話 学院復帰と輝くノートの災難
「お嬢様、学院復帰の初日でございます」
朝の陽光が差し込む中、セレーナが緊張した面持ちで私を起こしてくれた。
昨日の『未知の鉱石』実験の影響で、彼女の髪は相変わらず虹色のグラデーション。
でも、もう慣れたのか表情は前向きだ。
「ありがとう、セレーナ。制服の準備は?」
「こちらに。それと、昨日お嬢様が『学院用実験セット』とおっしゃっていたものも——」
彼女が示したのは、小さなトランクケース。
中には『携帯用万能試薬』『緊急時爆発抑制剤』『授業補助ポーション各種』などが整然と並んでいる。
「完璧ね! 今日こそ、平穏な学院生活を——」
「お嬢様」
セレーナが小さく手を上げる。
「『平穏な』とおっしゃいますが、そのトランクから煙が出ているようですが……」
「え?」
見ると、確かにケースの隙間から薄紫の煙がもくもくと漏れている。
「あら、『携帯用万能試薬』が朝の湿度で反応しちゃったのね」
「反応って……」
「大丈夫よ! ちょっと香りが出るだけだから——」
——ポンッ!
小さな爆発音と共に、部屋中に甘酸っぱい香りが充満した。
「きゃあ!」
セレーナが驚いて飛びのくが、今度は慣れたのか、すぐに窓を開けて換気を始める。
「セレーナ、手際がいいじゃない!」
「お陰様で……慣れました」
彼女の苦笑いに、私は満足そうに頷く。
「それじゃあ、学院に出発しましょう!」
王立魔法学院の門をくぐると、久しぶりの喧騒が耳に入ってきた。
生徒たちの話し声、魔法の練習音、そして——
「あ、ルナちゃんだ! おかえり!」
「本当に帰ってきた……」
「また爆発が始まるのね……」
クラスメートたちの反応は複雑だった。
喜んでいるような、恐れているような、微妙な表情。
「みんな、ただいま! 冒険で色々な発見があったのよ」
私が嬉しそうに手を振ると、みんな一歩ずつ後ずさりする。
「ルナさん、ごきげんよう」
カタリナが優雅に近づいてきた。
相変わらず完璧な縦ロール、蒼い瞳が輝いている。
「時空間ポーションの実験に成功したの! 魔王様とも友達になったし」
「魔王と友達って……」
トーマス君が青ざめる。
「大丈夫よ、とても常識的な方だったから。それより、今日は新しいノートを持参したの!」
私がカバンから取り出したのは、『自動記録ノート(改良型)』。表紙が薄く光っている。
「今度は授業内容を自動で記録してくれるの。書く手間が省けて便利でしょう?」
「ルナちゃん、その『自動』が一番怖いんだよ……」
クラスメートの心配をよそに、私は胸を張って教室に向かった。
最初の授業は『基礎魔法理論』。
グリムウッド教授が厳格な表情で教壇に立っている。
「本日は『魔力の流動性について』を学習します。ノートを準備してください」
私は自慢の『自動記録ノート』を机の上に置く。
表紙の光が少し強くなったような気がするが、多分大丈夫だろう。
「魔力は本来、空間中を一定の法則で流動する……」
教授の説明が始まると同時に、ノートが勝手にページをめくり始めた。
そして、空中にペンが浮かんで、自動的に文字を書き始める。
「おお……」
周りの生徒たちが感嘆の声を上げる。
「すごいじゃない! 本当に自動で——」
その時、ノート中で何かが光った。
「あれ?」
——ピカピカピカッ!
突然、ノートから虹色の光線が飛び出し、教室中の黒板に文字を書き始めた。
『ルナちゃんサイコー』
『爆発最高』
『今日の献立:光るシチュー』
「な、何だこれは!?」
グリムウッド教授が混乱する中、ノートの光はますます強くなり、今度は天井に魔法陣のような模様を描き始める。
「ちょっと待って、これおかしい——」
私がノートに触ろうとした瞬間——
——ボッカーーーン!!
教室全体を巻き込む虹色の大爆発。
しかも今度は、爆発と同時に音楽まで鳴り響いた。
どこからか「♪ファンファーレ♪」のメロディが聞こえてくる。
「うわあああああ!」
生徒たちの悲鳴と共に、教室は色とりどりの煙に包まれた。
煙が晴れると、そこには信じられない光景が広がっていた。
教室中の生徒たちが、頭からつま先まで虹色に光っている。
しかも、みんなの頭上に小さな光の輪——まるでハロ(天使の輪)のようなものが浮かんでいる。
「これは……一体……」
教授も例外ではなく、厳格な彼の頭上にも金色の光の輪が輝いていた。
「あはは……『自動記録』が『自動演出』になっちゃったのね」
私が苦笑いしていると、クラスメートたちから意外な反応が返ってきた。
「なんか……すごく頭がすっきりする」
「私も! 授業の内容がよく理解できる気がする」
「この光の輪、まるで天使みたい!」
どうやら、『自動記録ノート』の暴走で、偶然にも『学習能力向上効果』が発動したらしい。
「ルナ・アルケミ……」
教授が近づいてくる。また叱られると思った瞬間——
「これは、素晴らしい発明ですね」
「え?」
「学習能力が向上し、記憶力も増強されている。偶然とはいえ、見事な結果です」
教授の頭上で金色の輪がキラキラと輝いている。
厳格な彼が、なぜか少し嬉しそうに見える。
「ただし——」
彼の表情が引き締まる。
「次回からは、事前に効果を確認してから持参してください」
「は、はい!」
「それから、この効果はいつまで続くのですか?」
「えーっと……多分、三時間くらい?」
「三時間……」
教授が考え込む。
「ならば、午前中の授業に集中しましょう。みなさん、この機会に苦手分野を克服してください」
意外にも前向きな対応に、私はほっと胸を撫で下ろした。
次の授業は『魔法薬学』。
今度こそ普通に——と思っていたのだが。
「ルナちゃん、また光ってるよ」
トーマス君が私の方を指差す。
見ると、カバンから別の道具が光を放っている。
「あら、『授業補助ポーション』が反応してる」
取り出したのは、青い液体が入った小瓶。
ラベルには『集中力向上』と書いてある。
「これを一滴だけ飲めば、授業に集中できるの」
「ルナちゃんの『一滴だけ』も信用できないんだよ……」
クラスメートの心配をよそに、私は小瓶の蓋を開ける。
確かに一滴だけ——
「あ」
手が滑って、小瓶が机から転がり落ちた。
——パシャッ!
床に落ちて割れた瓶から、青い液体がじゅわじゅわと広がっていく。
「あ、あれ……?」
次の瞬間、教室中に青い霧が立ち込め始めた。
甘いミントのような香りが漂ってくる。
「またですか……」
カタリナがため息をつく。
しかし、今度は爆発しなかった。
代わりに、教室にいる全員がなんだか頭がすっきりしてきた。
「おお、これは素晴らしい集中力だ……」
魔法薬学の先生が感嘆の声を上げる。
「普段なら眠くなる午後の授業が、こんなにも鮮明に……」
生徒たちも同じように感じているらしく、みんな目をキラキラさせて先生の説明を聞いている。
「ルナさん、これは一体?」
「『集中力向上ポーション』の改良版よ。香りで効果を発揮するの」
「それなら最初からそう言ってくれれば……」
「でも、瓶を割らないと香りが出ない設計だったの。偶然うまくいったのね」
私の説明に、クラス全員が呆れる。
「偶然って……」
「まあ、結果オーライということで!」
三時間目は『実践錬金術』。
ついに私の得意分野だ。
「今日は『基礎治癒薬』の調合を行います」
担当のモーガン先生が材料を配布していく。
月光草、清涼水、そして銀粉。
「前回の授業では、ルナさんの『色付き治癒薬』が話題になりましたね」
先生が苦笑いしながら私を見る。
「今日は、普通の治癒薬を作ってみましょう」
「はい! 今日は絶対に普通に——」
私が材料を手に取った瞬間、月光草が突然光り始めた。
「あれ? この月光草、なんか変……」
「ルナちゃん、それ前回の『植物成長促進剤』の影響が残ってるんじゃない?」
トーマス君が指摘する。
確かに、葉っぱがいつもより大きく、光も強い。
「多分大丈夫よ。普通に刻んで——」
ナイフで月光草を切った瞬間——
——シュワシュワシュワッ!
草から虹色の汁が溢れ出し、机の上に広がり始めた。
「あ、あれ……?」
慌てて汁を集めようとするが、触れたものすべてが虹色に光り始める。
「ルナ、手! 手が光ってる!」
「え?」
見ると、私の両手が美しい虹色に光っている。
そして、光は服にも、髪にも広がっていく。
「きゃあ、綺麗……」
「でも、これ大丈夫?」
クラスメートたちが心配そうに見守る中、私は光る手で鍋に材料を入れていく。
「清涼水を加えて……」
光る手が触れた水も虹色に変化。
「銀粉をひとつまみ……」
粉も虹色に光る。
そして、鍋の中で全ての材料が混ざり合った瞬間——
——キラキラキラキラッ!
今度は爆発ではなく、美しい光のショーが始まった。
鍋から光の粒子が舞い上がり、教室中に舞い散る。
「うわあ、綺麗……」
「まるで星空みたい……」
生徒たちが見とれている中、私は鍋の中を覗き込む。
「完成! 『虹色治癒薬(特別版)』よ」
鍋の中には、七色に輝く美しい液体がゆらゆらと揺れていた。
「ルナさん……これは……」
モーガン先生が驚愕の表情で近づいてくる。
「普通の治癒薬の十倍以上の効果が出ています。しかも、美容効果まで……」
「美容効果?」
「ええ、肌がつやつやになって、疲労も完全に回復する。これは……すごい発明です」
先生の興奮した声に、クラス全員がざわめき始める。
「すごいじゃない、ルナちゃん!」
「また偶然の産物?」
「どうやって作ったの?」
質問攻めに遭いながら、私は苦笑いする。
「実は、よくわからないの。いつもの材料に、前回の実験の影響が加わって……」
「つまり、再現不可能?」
「うーん……多分?」
がっかりする生徒たちを見て、私は慌てて付け加える。
「でも、研究を続ければきっと——」
その時、教室のドアが開いて、校長先生が入ってきた。
「何事ですか、この光は——」
校長の言葉が途中で止まる。
教室中が虹色の光で満たされ、生徒たちが皆キラキラ光っている光景に、さすがの校長も絶句したようだ。
「え、えーっと……」
私が説明しようとした瞬間——
——ポンッ!
『虹色治癒薬』から小さな光の玉が飛び出し、校長の頭に直撃。
「あ……」
次の瞬間、校長の白髪が美しい虹色に変化し、しわも少し薄くなった。
「……これは」
校長が鏡を見て、驚愕の表情を浮かべる。
「若返り効果もあるのですか!?」
「え、えーっと……偶然です」
私の答えに、校長は深く考え込んだ。
そして——
「ルナ・アルケミさん」
「は、はい」
「あなたの研究に、学院として正式に支援を行います」
「え?」
「ただし、条件があります」
校長の表情が真剣になる。
「実験は必ず教師の監視下で行い、安全対策を徹底すること」
「はい!」
「それから、成功した調合法は必ず記録に残すこと」
「はい!」
「最後に——」
校長がちょっと恥ずかしそうに呟く。
「この『若返り治癒薬』、もう一度作っていただけませんか?」
教室中が爆笑に包まれた。
放課後、カタリナと一緒に屋敷への帰路を歩きながら、私は今日一日を振り返っていた。
「結局、今日も騒動だらけでしたわね」
「でも、みんな喜んでくれたし、校長先生にも認めてもらえたし」
「ルナさんの『偶然の産物』は、いつも結果的に素晴らしい効果をもたらしますのね」
「そうよ! 失敗は成功の母って言うでしょう?」
「あなたの場合、『爆発は発見の母』ですわ」
カタリナの的確なツッコミに、私は苦笑いする。
屋敷に着くと、セレーナが玄関で出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。今日の学院はいかがでしたか?」
「とても充実してたわ! みんなに喜んでもらえたし」
「それはよろしゅうございました。あの……お嬢様」
「何?」
「お嬢様が虹色に光っていらっしゃいますが……」
確かに、私の制服は今でも薄っすらと虹色に光っている。
「あ、これ? 今日の実験の副作用よ。一晩で元に戻るはずだから」
「はずって……」
セレーナの不安そうな表情に、私は胸を張る。
「大丈夫よ! 今度こそ、きっと——」
「お嬢様の『今度こそ』は信用できません」
ハロルドが奥から現れて、ため息をつく。
「でも、校長先生に認めてもらえたのよ?」
「それはそれで不安です……」
執事の率直な感想に、私たちは皆で笑った。
「ところで、カタリナ様」
セレーナがふと思い出したように言う。
「今日はお食事をしていかれませんか?」
「あら、それは素敵ですわね」
カタリナが微笑む。
「でも、ご迷惑では……」
「全然迷惑じゃないわよ! 久しぶりに一緒に食事しましょう」
私の提案に、カタリナは嬉しそうに頷いた。
夕食の席で、今日の出来事を兄に報告していると——
「ルナ、その髪の色……」
「あ、これ? 実験の影響で少し——」
——ポワポワポワッ!
私の髪から小さな光の粒子が舞い上がり、ダイニングルーム中に散らばった。
「また始まった……」
兄が頭を抱える中、メイドたちは慣れた様子で換気を始める。
「でも綺麗ですわね、この光」
カタリナが感嘆の声を上げる。
「まるで星屑みたいですわ」
「お嬢様の実験は、いつも美しい副作用がありますから」
メイドたちの前向きなコメントに、私は嬉しくなった。
「明日は『光る教科書』を作ってみようかしら」
「光る教科書?」
カタリナが興味深そうに聞く。
「暗い場所でも勉強できるし、重要な部分が自動で光るの」
「それ、便利かもしれませんわね」
「でも、爆発しませんわよね?」
「大丈夫よ! 今度こそ、安全第一で——」
その時、私の髪から今度は小さな音楽が聞こえ始めた。
「♪チリリリリ〜♪」
「……お嬢様、髪が歌ってます」
セレーナが青ざめて指摘する。
「あら、『虹色治癒薬』に音楽効果もあったのね」
「音楽効果って何ですの!?」
カタリナが驚愕している。
みんなの困惑をよそに、私は満足そうに頷いた。
「やっぱり、実験は奥が深いわ。明日も頑張りましょう!」
「頑張るのは結構ですが……」
ハロルドがため息をつく。
「せめて、屋敷の外でお願いします」
「でも、学院でやったら校長先生が——」
——ポンッ!
また小さな爆発音と共に、今度は私の制服が虹色に点滅し始めた。
「うわあああ!」
セレーナの悲鳴が響く中、ダイニングルームは色とりどりの光で満たされた。
「……私も今度からは、お家でお食事させていただこうかしら」
カタリナの呟きが、夜風に消えていく。
「えー、カタリナも一緒の方が楽しいのに」
「楽しいのは確かですが……命の危険を感じますの」
こうして、学院復帰初日は大成功(?)のうちに幕を閉じた。
明日はどんな実験が待っているのだろうか。
——答えは、きっと「今日よりもさらに派手な何か」である。
「お嬢様、明日の学院の準備は……」
「ああ、セレーナ! 『光る教科書』の材料を用意しておいて」
「光る教科書の材料って……まさか、また光る粉末ですか?」
「そうよ! 今度は音楽も鳴るようにしてみたいの」
「音楽も!?」
セレーナの絶叫が、静かな夜の屋敷に響き渡った。
平穏な夜は、アルケミ家には存在しないのである。




