第117話 王女様と一年生と錬金術実習
「今日は一年生との合同錬金術実習があるのよね」
ポケットの中でハーブが「ピューイ♪」と嬉しそうに鳴く。
きっと新しい出会いを楽しみにしているのだろう。
実習室に向かう途中、廊下でカタリナとエリオットと合流した。
「おはようございます、ルナさん」
「おはようございます」
「おはよう、二人とも!今日は一年生と一緒なのよね」
「ええ、とても楽しみですわ。特にノエミ様がいらっしゃるそうで」
カタリナの言葉に、私も少し緊張した。
王女様と友達になれたとはいえ、まだ少し緊張してしまう。
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実習室に入ると、既に一年生たちが席についていた。
「あ、ルナ先輩!」
エミリが嬉しそうに手を振ってくれる。そして隣には……
「おはようございます、ルナさん」
王女様が温和な笑顔で挨拶してくれた。
金髪が朝日に美しく輝いている。
「おはようございます、ノエミ様。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。錬金術、とても楽しみにしていました」
そして、エミリの反対隣には見慣れない女の子が座っていた。
赤い色の髪をツインテールにして、制服のスカートを少し短めにしている。
化粧も少し濃いめで、いかにも「ギャル」という雰囲気だ。
「私、フランよ! よろしくね〜先輩たち♪」
明るい声で話しかけてくるが、なぜかちらりと視線を逸らすような仕草を見せる。
「よろしく、フラン!私はルナよ」
「うわ〜♪ あの有名な爆発する先輩じゃん〜♪ 超楽しみ〜♪」
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モーガン先生が実習の説明を始めた。
「今日は『浄化薬』を作ります。二年生がサポートに入って、一年生の皆さんを指導してください」
私はエミリ、ノエミ様、フランの三人を担当することになった。
「まず『清浄の草』を細かく刻んで……」
「は〜い♪」
フランが元気よく返事をするが、包丁を握る手が微妙に震えている。
「大丈夫?慣れない?」
「え? あ、全然大丈夫だから〜♪ 私は何でも完璧なの〜♪」
そう言いながらも、草を刻む手つきはとても慎重だ。
一方、ノエミ様は丁寧に作業を進めている。
「このように刻めばよろしいのでしょうか?」
「完璧です!さすがノエミ様」
エミリも一生懸命頑張っている。
「ルナ先輩、次は『透明な石』ですよね?」
「そうよ。粉末状にするのがコツなの」
三人それぞれ真剣に取り組んでいる姿を見ていると、微笑ましくなってきた。
「次は魔力を込めた火で煮詰めるのよ」
私が魔力を込めた青い炎を作ると、一年生たちが歓声を上げた。
「すご〜い♪ 青い炎って超クール〜♪」
フランが目をキラキラ輝かせている。本当に嬉しそうな表情だ。
「わあ、美しいですね」
ノエミ様も感動した様子だ。
「私もこんな風にできるようになりたいです!」
エミリの言葉に、先輩としての責任を感じる。
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そして問題が起こったのは、調合の最終段階だった。
フランが材料を投入するタイミングで、なぜか手が滑ってしまったのだ。
「あ……」
『透明な石』の粉末が規定量の三倍ほど鍋に入ってしまった。
「大丈夫よ、フラン!こういう時は……」
私が慌てて『中和剤』を取り出そうとした瞬間——
ーーポンッ!
小さな爆発と共に、虹色の煙がもくもくと立ち上った。
「きゃー!」
「ルナさん!」
煙の中から這い出すと、なぜかフランの髪の毛が虹色に染まっていた。
「あ、あの〜……私の髪……」
「あ……ごめんなさい!でも綺麗よ?」
「え?」
鏡を見たフランの表情が、一瞬ぱあっと明るくなった。
「うわ〜♪ 超可愛い〜♪ これってどのくらい続くの〜?」
「一週間くらいかしら……」
「やった〜♪ 映えそう〜♪」
でも、よく見ると頬が少し赤い。本当は恥ずかしいのかな?
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実習が終わった後、片付けをしていると、フランが近づいてきた。
「ルナちゃ~ん〜♪」
相変わらずの明るいギャル口調だった。
「どうしたの、フラン?」
「いや〜♪失敗しちゃったけど~、 ルナちゃんが優しくしてくれて超嬉しかった〜♪ ありがとね〜♪」
「当然よ。失敗は誰にでもあるもの」
でも、よく見るとフランの手が微かに震えている。
そして時々、ちらりと周りを気にする仕草も見せる。もしかして……
「それにしても、理論とか詳しいのね」
「あ〜♪ そんなことないよ〜♪ 私も勉強くらいするし〜♪ 当然でしょ〜♪」
明るく答えるが、頬が少し赤い。
「虹色の髪、本当に似合ってるわよ」
「でしょ〜♪ 超可愛いよね〜♪ 」
鏡を見る表情は嬉しそうだけど、どこか恥ずかしそうでもある。
その時、エミリとノエミ様が近づいてきた。
「フラン〜♪ 髪の色超素敵〜♪」
エミリが声をかけると、フランが振り返った。
「でしょ〜♪ 私は何でも似合っちゃうの〜♪」
「私も羨ましいです。とても美しいですよ」
ノエミ様の言葉に、フランがぱっと笑顔になった。
「王女様に褒められちゃった〜♪ 超光栄〜♪」
明るく答えているが、私には分かった。
一瞬、本当に嬉しそうな表情を見せたのだ。
きっと心の中では感動しているのだろう。
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その日の放課後、四人で一緒に廊下を歩いていると、またしても騒動が起こった。
「助けて〜!」
廊下の向こうから、上級生らしき生徒が慌てて走ってくる。
「どうしたんですか?」
「魔法学の実験で『増殖薬』を使ったら、ぬいぐるみが止まらなくなって……」
教室を覗くと、確かに可愛いクマのぬいぐるみが次々と増殖している。
「これは『分裂停止薬』が必要ね」
私が材料を取り出していると、フランが意外なことを言った。
「あの……あっ……『安定の花』と『統一の石』を使えば止まるんじゃない〜?♪」
フランがいつものギャル口調で言った。でも、ちらりと私の顔色を窺うような仕草を見せる。
「そうよ!さすがフラン!」
「ま〜♪ 私も頭使うからね〜♪」
褒められて嬉しそうにしている。でも、すぐに表情を明るく戻す。
「でも〜♪ 実際に作るのは先輩たちお願いしま〜す♪」
「大丈夫、みんなでやりましょう」
エミリが優しく声をかけ、ノエミ様も「私も手伝います」と言ってくれた。
四人で協力して薬を完成させると、ぬいぐるみの増殖がぴたりと止まった。
「やった〜♪ みんな超すご〜い♪」
フランが元気よく手を叩いている。
「フラン、理論的な知識すごいわね」
「え〜♪ そんなことないって〜♪ 常識でしょ〜♪」
ちょっと照れているような仕草を見せる。
「謙遜することはありませんよ。とても優秀です」
ノエミ様の言葉に、フランがぱっと明るく笑った。
「王女様に褒められちゃった〜♪ 超嬉しい〜♪」
一瞬だけ見せた本当に嬉しそうな表情を、私は見逃さなかった。
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帰り道、エミリが感慨深げに言った。
「今日は色々ありましたけど、楽しかったです」
「私も。新しい友達ができて嬉しいです」
ノエミ様が温かく微笑む。
「え〜♪ みんな友達って言ってくれるの〜?♪ 超嬉しい〜♪」
フランがいつものように明るく答えるが、私には分かる。
本当はとても感動しているのだろう。少し声が震えているもの。
「もちろんよ!」
「当然ですわ!」
「はい、もちろんです」
みんなが答えると、フランが一瞬だけ、本当に安堵したような表情を見せた。
すぐに、いつもの明るい笑顔に戻る。
「ありがと〜♪ みんな超優しい〜♪」
その時、ふわりちゃんが「ふみゅ〜♪」と嬉しそうに鳴いた。
「それにしても〜♪ ルナちゃんの周りって超エキサイティング〜♪ いつもこんなに楽しいの〜?♪」
フランの質問に、私は苦笑いした。
彼女の本当の気持ちが少しずつ分かってきた気がする。
「まあ、そうかもしれないわね」
ハーブが「ピューイ♪」と同意するように鳴くと、みんなで笑い合った。
フランは最後まで明るいギャル口調を貫いていたが、私には彼女の本当の優しさや一生懸命さが伝わってきていた。




