第116話 今日から二年生
「ふみゅ〜?」
肩に乗ったふわりちゃんが、いつものように首をかしげている。
今日は王立魔法学院の新学期初日。私は晴れて二年生になったのだ!
「そうよ、ふわりちゃん。今日からは先輩なのよ!」
ポケットの中でハーブも「ピューイ♪」と嬉しそうに鳴いている。
屋敷の廊下を歩いていると、セレーナが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「お嬢様、朝食の準備が……」
「あ、ごめんなさい!実験に夢中になってて」
実は朝から『先輩らしさ向上薬』なるものを調合していたのだ。
二年生として後輩に頼られる存在になるため、『威厳の草』『知恵の石』『清らかな水』を組み合わせてみたのだが……
「お嬢様、髪の毛が少し光ってますよ」
「え?」
鏡を見ると、確かに黒髪がほんのり金色に光っている。
「まあ、新学期だし、良い感じかも?」
その時、ハロルドが慌てて私に向かってきた。
「お嬢様!お嬢様の実験室から煙が!」
「あ……『先輩らしさ向上薬』の残りが……」
ーーポンッ!
遠くから小さな爆発音が聞こえ、窓の外に虹色の煙が舞い上がった。
「お嬢様……先輩らしさの前に、実験の後片付けをきちんとしましょうね」
セレーナの優しいツッコミに、私は苦笑いするしかなかった。
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学院に到着すると、エリオットとカタリナが校門で待っていた。
「おはようございます、ルナさん」
「おはようございます、ルナさん。今日から私たちも先輩ですのよ」
「おはよう、二人とも!今日から二年生ね」
「はい。僕たちも後輩の手本となれるよう頑張りましょう」
真面目なエリオットの言葉に、私は改めて先輩としての責任を感じた。
校内に入ると、明らかに一年生らしき生徒たちがあちこちにいる。
緊張した顔で校内地図を見つめる子、友達を探してきょろきょろしている子……
「あ、あの……」
振り返ると、茶色い髪の小柄な女の子が遠慮がちに声をかけてきた。
「錬金術の教室がどこにあるか、教えていただけませんか?」
「もちろんよ!」
「本当ですか!ありがとうございます!」
女の子の目がキラキラと輝く。
これが先輩として頼られるということなのか……!
「私はルナ・アルケミ、こちらはカタリナ・ローゼンとエリオット・シルバーブルーム。みんな2-Aよ」
「わあ!私はエミリと申します。1-Cです!」
案内しながら歩いていると、エミリが興味深そうに質問してきた。
「ルナ先輩って、あの爆発する実験で有名な……」
「あ、あはは……そうなのかしら?」
「すごいです!私も錬金術で色々挑戦してみたいんです!」
キラキラした瞳で見つめられると、先輩らしく答えなければという気持ちが湧いてくる。
「そうね、錬金術は失敗を恐れずに挑戦することが大切よ。でも安全第一で……」
そう言いかけた瞬間、廊下の向こうから慌ただしい声が聞こえてきた。
グリムウッド教授が焦った様子で廊下を駆けてくる。
「あ、ルナさんたち!丁度良かった!」
「どうされたんですか?」
「一年生の誰かの『友情促進薬』が暴走して、教室中の生徒が手を繋いで離れられなくなってしまったんだ」
「友情促進薬が暴走?」
私の頭の中で化学知識がフル回転する。
『絆の草』の量が多すぎたか、『信頼の石』の魔力が強すぎたか……
「先輩!助けてください!」
エミリが不安そうに私を見つめる。
「大丈夫よ。『友情分離薬』を作ればすぐに解決できるわ」
「本当ですか?」
「ええ!『独立の花』『個性の石』『澄んだ水』を組み合わせれば……」
早速材料を取り出して調合を始める。
でも、大勢の生徒に効果を及ぼすには大量の薬が必要だ。
「カタリナ、魔力を増幅してくれる?」
「もちろんですわ」
カタリナが魔法で私の調合をサポートしてくれる。
「エリオット、古代技術で効果範囲を拡大できる?」
「はい、『戦術強化陣』を設置します」
三人で協力して薬を完成させると、美しい銀色の煙が立ち上った。
「成功の予兆ね!」
教室に向かい、完成した薬を霧状にして散布すると……
「あ、手が離れた!」
「やった!」
一年生たちが歓声を上げる中、エミリが感動した様子で私たちを見つめていた。
「すごいです!三人で協力して、あんなに素早く解決するなんて!」
「先輩としては当然のことよ」
そう言いながらも、内心では「本当に先輩らしいことができた!」と喜んでいた。
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放課後、カタリナと一緒に廊下を歩いていると、廊下の向こうから騒がしい声が聞こえてきた。
「王女殿下がいらっしゃいます!」
「え?」
金髪に青い瞳の美しい女性が、複数の護衛に囲まれて歩いてくる。
一年生の制服を着ている。
「あれって、ノエミ王女様?」
「そのようですね。今年から学院に入学されると聞いていましたが……」
王女様の周りでは、他の一年生たちが緊張した様子で道を空けている。
でも、王女様自身はとても温和な表情で、周りの生徒たちに優しく微笑んでいた。
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帰り道、エリオットも合流して三人で歩いていると、今日助けたエミリがまた現れた。
「先輩方!」
「どうしたの、エミリ?」
「あの、お礼にこれを……」
彼女が差し出したのは、手作りのクッキーだった。
「私も錬金術を応用してお菓子作りに挑戦してみたんです!」
クッキーを食べてみると、ほんのり甘くて、なぜか魔力が回復する感覚がある。
「美味しい!錬金術を料理に応用するなんて、面白いアイデアね」
「先輩に褒めていただけて嬉しいです!」
エミリが満面の笑顔で走り去った後、私は改めて思った。
先輩らしさって、特別なことをすることじゃないのかもしれない。
困っている後輩を自然に助けて、一緒に問題を解決する。それで十分なのかも。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも嬉しそうに鳴いている。
「今年一年、先輩として頑張るぞ!」
そう決意した瞬間、ポケットからハーブが「ピューイ!」と元気よく返事をしてくれた。
新学期初日は、小さな爆発と共に幕を閉じたのだった。




