第113話 帰路と春の知らせ
最後の朝、私は美しいローゼン侯爵邸の窓から港を眺めていた。
朝日が海面を金色に染めて、まるで宝石のようにきらめいている。
「名残惜しいですわね」
カタリナが隣に立って、同じ景色を眺めていた。
「本当に楽しかった!カタリナのお家、素敵すぎる!」
私は心の底から感激していた。肩の上のふわりちゃんも「ふみゅ〜」と同じ気持ちのようだ。
「ルナさんにそう言っていただけて嬉しいですわ。今度はまた、アルケミ領にもお邪魔させてくださいませ」
「もちろん!ブドウ畑でワイン作りの実験とかしてみない?」
「それは楽しそうですわね」
私たちが話していると、セレーナが荷物の最終確認をしてくれていた。
「お嬢様、お土産の錬金術材料が相当な量になっていますが……」
確かに、海風樫の木屑、星屑香料、光貝の粉末、歌声貝の欠片など、ローゼン領ならではの材料がたくさんある。
「大丈夫!空間収納ポケットに入れちゃえば!」
私は魔法のポケットに材料を次々と放り込んでいく。
「便利な道具ですわね」
「でしょう?これがあれば実験道具も持ち運び放題!」
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朝食後、アルフォンス侯爵と侯爵夫人が見送りに出てきてくれた。
「ルナさん、短い間でしたが楽しい時間をありがとうございました」
侯爵夫人が優雅にお辞儀をしてくれる。
「こちらこそ、ありがとうございました!素晴らしい実験ができました!」
「また遊びにいらしてくださいね。今度はもっと長く滞在していただいて」
「ぜひ 今度は『ワイン風味の美容薬』とか作ってみたいです!」
「それは……面白そうですな」
アルフォンス侯爵が苦笑いしている。
きっとまた派手な実験になることを予想しているのだろう。
「それでは、気をつけてお帰りくださいませ」
馬車に乗り込む前に、私は改めてローゼン侯爵邸を見上げた。
白い石造りの美しい館、手入れの行き届いた庭園、そして青い海。
全部が絵本みたいに美しい。
「ありがとうございました!」
私は大きく手を振った。
ふわりちゃんも小さな翼をひらひらと動かして挨拶している。
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王都への帰路、馬車の中で私たちは楽しかった思い出話に花を咲かせていた。
「月光美容薬、本当に効果がありましたね」
セレーナが私の手の甲を見ながら言った。
確かに、実験から数日経った今でも肌がすべすべしている。
「船足向上薬も大成功だったし、友情促進薬の改良版も完璧だった!」
「お嬢様の実験は毎回予想を超えますね」
セレーナが微笑んでいる。
「そうそう、王都に着いたら兄さんに報告しなくちゃ」
私は兄さんの顔を思い浮かべた。
きっと私の実験報告を聞いて、また頭を抱えることだろう。
「ルキウス様も心配されているでしょうね」
「大丈夫!今回は大きな爆発はなかったから!」
「小さな爆発はありましたけれど……」
セレーナが突っ込みを入れた。
そのとき、馬車の窓の外から見慣れた景色が見えてきた。王都の城壁だ。
「あ、王都が見えてきた!」
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アルケミ邸に到着すると、ハロルドが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。ご滞在はいかがでしたか?」
「ハロルド!すっごく楽しかった!たくさん実験もできたよ!」
ハロルドの表情がわずかに曇った。
私の実験がどれほど派手になるか、彼もよく知っているのだ。
「そ、それは……何よりでございます」
「今度材料の整理を手伝ってもらうかも!」
「は、はい……」
彼の顔が青ざめた。
私の実験材料の整理は、いつもハプニングがつきものなのだ。
館に入ると、兄さんが出迎えてくれた。
「ルナ、おかえり。ローゼン侯爵家ではお世話になったようだな」
「兄さん!すっごく楽しかったよ!月光薔薇で美容薬作ったり、船を早くする薬作ったり……」
「船を早くする薬?」
兄さんの表情が微妙になった。
「うん!でも止まらなくなっちゃって、ふわりちゃんに助けてもらったの」
「止まらなくなった……」
兄さんが頭を抱えた。
「でも大丈夫だったから!それより、新しい材料をたくさん手に入れたの!」
私は空間収納ポケットから材料を取り出し始めた。
星屑香料、光貝の粉末、海風樫の木屑……
「また随分と……」
「今度はこれで『港の香り薬』を作ってみたいの!きっと素敵な薬ができるよ!」
「港の香り薬……」
兄さんが遠い目をしている。
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その日の夜、私は自分の部屋でローゼン領での思い出を日記に書いていた。
『月光薔薇の美容薬は大成功。でも光りすぎたのは反省点。次は光加減を調節してみよう』
『船足向上薬は効果抜群。でも減速装置が必要。今度は『ブレーキ薬』も一緒に作ること』
『友情促進薬の改良版は完璧!歌いながら調合するのは新発見。感情を込めると効果が上がるかも』
書いているうちに、また新しいアイデアが浮かんできた。
「そうだ!ローゼン領の材料を使って、『思い出保存薬』なんて作れないかな?」
ふわりちゃんが「ふみゅ?」と興味深そうに鳴いた。
「楽しい思い出をいつまでも鮮明に覚えていられる薬!これは面白そう!」
私はわくわくしながら実験ノートにアイデアを書き留めた。
そのとき、窓の外から春らしい暖かい風が吹いてきた。
桜の花びらも舞っている。
「あ、もう桜が咲いてるんだ」
春の訪れを感じながら、私はふと思った。
そういえば、魔王城の桜も咲いているのだろうか。
セレスティアたちは元気にしているだろうか。
「今度魔王城にも遊びに行ってみようかな」
私がつぶやくと、ふわりちゃんが「ふみゅ〜♪」と賛成するように鳴いた。
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翌朝、私はいつものように錬金術の勉強をしていた。
ローゲン領で得た新しい知識を整理していると、マリアがお茶を持ってきてくれた。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
「ありがとう、マリア! そうそう、ローゼン領のお土産があるの」
私は星屑香料を少し分けてあげた。
「まあ、綺麗な香料ですね!」
「料理に使うと幸せな気分になるんだって」
「それは素敵ですね。今度のお菓子作りに使ってみます」
マリアが嬉しそうに香料を受け取った。
「あ、そうそう。春になったから、魔王城も賑やかになってるかもしれないね」
「魔王城ですか?確か観光地になったとか……」
「そうそう!今度様子を見に行ってみようかな」
私がそう言うと、マリアが少し心配そうな顔をした。
「お嬢様、魔王城で実験したりしませんよね?」
「えー、どうしようかな?」
「どうしようかなって……」
私の曖昧な答えに、マリアが苦笑いした。
でも、その表情はどこか楽しみにしているようでもあった。
こうして、ローゼン領での楽しい思い出を胸に、私の春休みはまだまだ続いていく。
魔王城の春の様子も気になるし、きっと面白いことが起こるに違いない。
ふわりちゃんが肩の上で「ふみゅ〜」と鳴いて、春の陽気な雰囲気を楽しんでいる。
ハーブもポケットの中で「ピューイ」と元気な声を上げた。
さあ、次はどこへ行こうかな?




