第112話 市場の賑わいと香りの魔法
四日目の朝、私たちはローゼン港の中央市場へ向かった。
石造りのアーチをくぐると、そこには色とりどりの商品が並ぶ活気溢れる世界が広がっていた。
「わあ、すごい賑わい!」
市場は朝から大勢の人で溢れている。
魚売りの威勢のいい声、香辛料の芳醇な香り、色鮮やかな果物や野菜。
まさに港町の活力が凝縮された場所だった。
「こちらがローゼン港自慢の中央市場ですわ、ルナさん。世界各地から商人が集まってきますの」
カタリナが誇らしげに案内してくれる。
確かに、見たことのない珍しい品物がたくさん並んでいる。
「あ、あれは何?」
私が指差したのは、虹色に光る不思議な粉を売っている店だった。
「あら、あれは『星屑香料』ですわね。とても高価な香辛料ですの」
「星屑香料!」
私の目がきらきらと輝いた。
セレーナが慣れた様子で「お嬢様、また何か思いつきましたね」とため息をついた。
「お嬢ちゃんたち、星屑香料に興味があるのかい?」
店主のおばさんが声をかけてきた。
褐色の肌に色鮮やかな衣装を身にまとった、異国風の女性だった。
「はい!それ、錬金術の材料に使えますか?」
「もちろんさ!この香料は料理に使うと、食べた人を幸せな気分にしてくれるんだよ。きっと面白い薬が作れるはず」
「幸せな気分になる香料……」
私は考え込んだ。すると、ふと名案が浮かんだ。
「そうだ!『友情促進薬』を改良して、もっと効果的にできるかも!」
「友情促進薬の改良版ですの?」
カタリナが興味深そうに尋ねた。
「うん!星屑香料の幸せ効果と組み合わせれば、きっと素晴らしい薬ができるよ!」
「それは面白そうじゃないか。星屑香料、一袋サービスするよ」
おばさんが気前よく香料を袋に入れてくれた。
「ありがとうございます!」
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市場を歩きながら、私たちはさらに材料を集めていた。
「こちらは『歌声貝』ですわ。海の底で美しい歌声を聞いて育った貝ですの」
「歌声貝!これも面白そう!」
私は次々と珍しい材料を購入していく。
『踊る海草』『笑い茸』『涙石』などなど。
「お嬢様、本当にそんなにたくさん必要なんですか?」
セレーナが心配そうに荷物の山を見ている。
「実験には材料が多い方がいいからね!」
「ルナさんの実験への情熱は本当に素晴らしいですわ」
カタリナが微笑んでいる。
そんな時、市場の向こうから美しい音楽が聞こえてきた。
「あ、何だろう?」
音楽の方向に向かうと、小さな広場で楽団が演奏していた。
周りには大勢の人が集まって、楽しそうに踊っている。
「あら、今日は楽団の日でしたのね」
「楽団の日?」
「月に一度、旅の楽団が市場にやってきて演奏するんですの。みんなで踊って楽しむ、市場の名物ですわ」
確かに、老若男女を問わず、みんな笑顔で踊っている。
その光景を見ていると、私も自然と体が動きたくなってきた。
「楽しそう!私たちも踊らない?」
「え、えぇ……人前で踊るなんて……」
カタリナが恥ずかしそうにしている。でも、その目は楽しそうだった。
「大丈夫、みんな楽しく踊ってるよ!ほら、セレーナも!」
「私もですか?まあ、たまにはいいかもしれませんね」
セレーナも楽しそうに微笑んだ。
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私たちが踊りの輪に加わると、周りの人たちが温かく迎えてくれた。
音楽に合わせて手を取り合い、くるくると回る。
「楽しい!」
「本当に楽しいですわ!」
カタリナも恥ずかしさを忘れて踊っている。
肩の上のふわりちゃんも「ふみゅ〜♪」と音楽に合わせて翼を広げていた。
踊りながら、私はふと思った。
この楽しい雰囲気、みんなの笑顔——これこそが本当の『友情促進』効果かもしれない。
「そうだ!音楽と踊りの効果も取り入れよう!」
私が突然立ち止まって宣言すると、カタリナが「あらあら」という顔をした。
「ルナさん、まさか踊りながら実験を……」
「違うよ!でも、今のこの楽しい気持ちを薬に込められたら、きっと素晴らしい友情促進薬ができるはず!」
「なるほど、感情を込めた錬金術ですのね」
カタリナが理解を示してくれた。
「でも、それはどうやって……」
「簡単!楽しい気持ちで実験すればいいの!」
私の単純な答えに、セレーナが「お嬢様らしい発想ですね」と苦笑いした。
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市場での買い物を終えて、私たちはローゼン侯爵邸に戻った。
午後の錬金術工房は、暖かい日差しが差し込んでとても心地よい。
「それでは、改良版『友情促進薬』の調合を始めます」
「今度はどんな材料を使うのですか?」
セレーナが防護結界を張りながら尋ねた。
「基本の『絆の草』『信頼の石』『温かい水』に加えて、今日買った星屑香料と歌声貝の粉末を使うよ!」
私は材料を丁寧に並べた。
星屑香料は本当に美しく、見ているだけで心が弾む。
「それに、市場での楽しい気持ちも込めるの!」
「気持ちを込める……具体的にはどうするのですか?」
カタリナが興味深そうに尋ねた。
「調合しながら歌うの!さっきの楽団の曲を!」
「歌いながら錬金術……それは斬新ですわね」
「でも、確かに楽しい気持ちで作った方が良い結果になりそうです」
セレーナも賛成してくれた。
「それじゃあ、始めるよ!」
私は蒸留器に材料を入れながら、市場で聞いた陽気な曲を歌い始めた。
すると不思議なことに、材料たちも音楽に合わせて踊るように混じり合った。
「あら、材料が踊ってますわ!」
「本当だ!これは面白い現象ですね」
液体の色も、音楽に合わせて変化している。
最初は淡い黄色だったのが、だんだん暖かいオレンジ色に変わっていく。
「いい感じ!みんなも一緒に歌って!」
「え、私たちもですの?」
「せっかくですから、やってみましょうか」
カタリナとセレーナも一緒に歌い始めた。
すると、工房全体が温かい雰囲気に包まれた。
そのとき——
ーーポンッ♪
今度の爆発は、まるで花火のように美しい光を放った。
工房が虹色の煙に包まれ、どこからともなく楽しい音楽が響いてきた。
「きゃあ!でも今度の爆発は綺麗ですわ!」
「音楽まで聞こえる!」
煙が晴れると、調合器の中には黄金色に光る美しい液体が入っていた。
それを見ているだけで、自然と笑顔になってしまう。
「成功!これが改良版『友情促進薬』だよ!」
「まあ、美しい色ですわね」
その時、工房の扉が開いて、アルフォンス侯爵と侯爵夫人が入ってきた。
「今度は音楽が聞こえましたが……おや、今度は虹色でしたな」
「今度の実験も成功でしたの?」
「はい!友情促進薬の改良版です!」
私が説明していると、侯爵夫妻も自然と笑顔になった。
「不思議ですわね。ここにいると自然と楽しい気分になりますの」
「きっと薬の効果が周りにも及んでいるのですわ」
カタリナが分析した。
「それにしても、いつも驚かされますな。娘がこんな友人を持てて、私も嬉しく思います」
侯爵が温かい笑みを浮かべた。
「お父様……」
カタリナが感激している。
「えへへ、私もカタリナと友達になれて本当に良かった!」
その瞬間、調合したばかりの友情促進薬がほんのり光った。
まるで私たちの友情に反応しているみたいに。
「あら、薬が光りましたわ」
「友情の証ですわね」
みんなで笑い合っていると、ふわりちゃんが「ふみゅ〜♪」と嬉しそうに鳴いた。
ハーブもポケットの中で「ピューイ」と幸せそうな声を上げている。
「明日は王都に戻る予定ですのね」
カタリナがしみじみと言った。
「うん、でもまた春休み中に会えるよね!」
「もちろんですわ。今度はルナさんのアルケミ領にもお邪魔したいですの」
「本当?ぜひ来て!ブドウ畑も案内するよ!」
こうして、ローゼン侯爵領での楽しい滞在も終わりに近づいていた。
友情促進薬は大成功で、私たちの友情もより深まった気がする。
明日王都に戻っても、きっと素敵な春休みの思い出として心に残ることだろう。




