第110話 侯爵令嬢のおもてなし
翌朝、私は優雅な鳥のさえずりで目を覚ました。
カーテンを開けると、ローゼン侯爵邸の美しい庭園が目に飛び込んできた。
手入れの行き届いたバラ園には、白、赤、黄色の薔薇が見事に咲き誇っている。
その向こうには噴水があり、水しぶきが朝日にきらめいて虹を作っていた。
さらに奥には、青い海が広がっている。
「わあ、綺麗!」
「お嬢様、おはようございます」
振り返ると、セレーナが朝食の準備を整えてくれていた。
銀のトレイには焼きたてのクロワッサンと、薔薇の形をした可愛らしいジャムの小瓶が並んでいる。
「セレーナ、このジャムって……」
「ローゼン侯爵家特製の薔薇ジャムですね。庭園の薔薇を使って作られているそうです」
ふわりちゃんが肩の上で「ふみゅ〜」と興味深そうに鳴いた。
ポケットのハーブも「ピューイ」と美味しそうな匂いに反応している。
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朝食後、カタリナが私を庭園に案内してくれた。
「こちらが母様自慢のバラ園ですわ。この土地の気候が薔薇にとても良いんですの」
確かに、どの薔薇も生き生きとして美しい。特に白い薔薇は、まるで真珠のように光って見える。
「あの薔薇、少し光ってない?」
「あら、よくお気づきになりましたわね。あれは『月光薔薇』という品種で、魔力を含んでいるんですの。夜になると、もっと美しく光りますのよ」
「魔力を含んだ薔薇!それって……」
私の目がきらきらと輝いた。カタリナが「あらら」という表情になる。
「ルナさん、まさかその薔薇で実験を……」
「だって面白そうじゃない!月光薔薇のエッセンスを使った『美容薬』とか作れそう!」
「び、美容薬ですの!?」
カタリナの目も輝いた。やはり女の子である。
「でも、お母様の大切な薔薇を勝手に……」
「あら、カタリナ。お友達と何のお話かしら?」
振り返ると、上品な貴婦人が近づいてきた。
カタリナにそっくりな美しい女性——ローゼン侯爵夫人だった。
「お母様!」
「昨日は素晴らしい実験をありがとうございました。主人がとても喜んでおりましたの」
侯爵夫人は優雅に微笑んだ。その仕草一つ一つが絵になる。
「あ、あの、月光薔薇でちょっとした実験をしたいんですが……」
「まあ、月光薔薇を使った錬金術ですの? それは興味深いですわね」
侯爵夫人の目が輝いた。
「お母様、本当によろしいんですの?」
「もちろんですわ。ただし」侯爵夫人がいたずらっぽく微笑む「成功したら、私にも一つ分けてくださいまし」
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午後、再び錬金術工房にて。
「それでは、『月光美容薬』の調合を始めるよ!」
私は月光薔薇の花びらを丁寧に摘み取りながら言った。
後ろでセレーナが防護結界の準備をしている。
「お嬢様、今回はどんな効果を狙っているんですか?」
「肌を月光のように美しくする薬! それに、夜でも顔が光るから暗闇でも綺麗に見えるかも!」
「顔が光る……それは美容なんでしょうか」
セレーナが困ったような顔をした。
カタリナも「それは少し……」と苦笑いしている。
「大丈夫、大丈夫!まずは月光薔薇のエッセンスを抽出して……」
私は花びらを特製の蒸留器に入れた。
今度は港で買った『真珠粉』と『海泡石』も加える。
「海の恵みと月光薔薇の組み合わせ……これは期待できますわね」
カタリナが興味深そうに見守っている。
侯爵夫人も工房の入り口から覗いていた。
「次に、魔力を込めた火で……」
ゴボゴボと泡立ちながら、液体が美しい銀色に変化していく。
月光のような淡い輝きを放っていた。
「わあ、綺麗!」
「今度こそ成功の予感ですわ!」
その時だった。
ーーポンッ!
今度は小さめの爆発で、工房が銀色の煙に包まれた。
煙の中から、薔薇の上品な香りと潮の香りが混じった不思議な匂いが漂ってくる。
「きゃあ!」
「今度は何色でしたの?」
「銀色!とっても上品な煙だった!」
煙が晴れると、工房の床には美しい銀色の液体が入った小瓶が並んでいた。
「あら、今度は瓶がたくさん!」
「きっと皆で使えるように分かれたのね」
私が小瓶を手に取ると、中の液体が月光のようにゆらゆらと光っている。
「さっそく試してみない?」
「え、えぇ……でも大丈夫ですの?」
カタリナが心配そうに見ている。
「きっと大丈夫!ほら、いい香りもするし!」
私は少し液体を手の甲に垂らしてみた。
すると、肌がほんのりと光り始めて、すべすべになった。
「わあ!本当に綺麗になってる!」
「まあ、素晴らしい!」
侯爵夫人が感嘆の声を上げる。
「私も試してみたいですわ」
カタリナが恐る恐る液体を頬に塗ってみた。
すると、彼女の肌が月光のように美しく輝いた。
「カタリナ、すっごく綺麗!まるで妖精みたい!」
「本当ですの?」
カタリナが鏡を見て、うっとりとしている。
「私も……」
侯爵夫人が液体を手に取ろうとした時だった。
「あ、あの……」
セレーナが慌てて止めた。
「念のため、もう少し様子を見た方が……」
その時、私の手の甲の光がだんだん強くなってきた。
「あれ?なんだか光が……」
「お嬢様、まさか……」
セレーナが青ざめる。
私の手が、まるで電球みたいに光り始めたのだ。
「きゃあ!ルナさんが光ってますわ!」
「え?あ、本当だ!」
私は慌てて手をひらひらと振った。
すると、光る手跡が空中に残って、まるで花火みたいになった。
「わあ、綺麗!」
「お嬢様、それは美容薬なんでしょうか……」
「う、うーん……美容薬兼照明器具?」
私が苦笑いしていると、カタリナの頬も同じように光り始めた。
「あ、あら!私まで……」
「あらあら、これは賑やかですわね」
侯爵夫人が楽しそうに笑っている。
「でも、効果時間はそんなに長くないと思うよ!多分……」
「多分って……」
30分後、私たちの光はようやく収まった。
でも、肌は確実に美しくなっていた。
「結果的には成功ですわね!」
「そうだね!夜のパーティーとかで使えば、きっと注目の的!」
「それは確かにそうですけれど……」
セレーナが苦笑いしている。
「でも、お嬢様の実験はいつも予想外の方向に成功しますよね」
「えへへ、それが私の特技かも!」
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夕食は、侯爵邸の立派なダイニングルームでいただいた。
大きなシャンデリアの下、白いテーブルクロスが敷かれた長いテーブルに、港で取れた新鮮な魚料理が並んでいる。
「この魚料理、すごく美味しい!」
「港町の特産なのだよ。この『銀鱗魚』は、ローゼン領でしか取れないのだ」
アルフォンス侯爵が誇らしげに説明してくれた。
「そういえば、明日は港の造船所もご案内いたしましょうか」
「本当?造船所も見てみたい!」
「船の材料で、また面白い実験ができそうですわね」
カタリナがいたずらっぽく微笑む。
「あら、また実験ですの?」
侯爵夫人が楽しそうに尋ねた。
「今度は『船を早くする薬』とか作ってみたい!」
「それは面白そうだな」
アルフォンス侯爵も興味深そうだ。
「お嬢様……今度は港全体が光ったりしませんよね?」
セレーナが心配そうに言った。
「大丈夫、大丈夫!多分……」
「また多分って……」
皆が笑い声を上げた。
ふわりちゃんも「ふみゅ〜♪」と嬉しそうに鳴いている。
こうして、ローゼン侯爵領での楽しい二日目が終わった。




