第108話 防護結界の大穴事件(なすりつけの大人達)
春休み前の最後の錬金術授業。
私は今日も元気に新しい薬の調合に挑戦していた。
「今日は『魔力増幅薬・改』を作ってみるわ!前回は爆発したけど、きっと今度は大丈夫!」
私の宣言に、クラスメートたちがざわめいた。
「ルナちゃん、前回って実験室の天井に穴開けたやつ?」とアリス。
「あれは小さな穴だったから大丈夫!今度はもっと慎重にやるもん!」
教壇ではグリムウッド教授が慌てたように杖を振っている。
「えーっと、ルナさんの新実験用防護結界を……『プロテクシオ・バリアス』!」
いつものように、私の実験台の周りにキラキラした透明な壁が立ち上がった。
でも、なんだかいつもより薄い気がする。
「教授、なんか結界が薄くないですか?」
「だ、大丈夫です!完璧に設置しましたよ!さあ、実験を始めたてください!」
グリムウッド教授は汗を拭きながら、明らかに焦っていた。
実は今朝、昨夜の研究で徹夜してしまい、魔力がちょっと足りなかったのだが、それは生徒に言えない。
「それじゃあ、始めますね!」
私は『魔力の結晶』と『増幅の石』、そして新しく入手した『共鳴の水』を鍋に入れた。
前世の化学知識によると、この組み合わせならきっと……
ボコボコボコ……
おや、いつもより激しく泡立っている。
「あれ?なんかいつもと違う……」
そこにカタリナが心配そうに近づいてきた。
「ルナさん、鍋の色が普通じゃありませんわよ?緑色に光ってますけど……」
「え?あ、本当だ!でもこれってもしかして成功の予兆?」
違った。これは大爆発の予兆だった。
その時、鍋から虹色の煙がもくもくと立ち上がり始めた。
私の観察眼によると、これは新発見の前触れ……のはずなんだけど、今回はなんだかヤバそうだ。
「あの、教授!煙の色がすごいことになってるんですけど!」
「え?あ、ああ!大丈夫ですよ!結界があるから……って、え?」
グリムウッド教授の顔が青ざめた。
よく見ると、私の防護結界が教室の右半分にしかかかっていない。
左半分は素っ裸状態だった。
「あ」「あ」「あー……」
教授と私の声が重なった瞬間、
ーードォォォォォンッ!!
大爆発が起こった。
防護結界に守られた右側は無傷だったが、左側は見事に吹き飛んだ。
壁に大きな穴が開き、隣の教室が丸見えになっている。
「きゃー!」「うわー!」
クラスメートたちが悲鳴を上げる中、隣の戦術学の授業を受けていた1-Bの生徒たちが、穴からこちらを見つめていた。
「……おはようございます」
気まずい沈黙が流れる。
「グリムウッド!何をやっているんだ!」
穴の向こうから、隣のクラスを教えていたカンナバール教官の怒声が響いた。
筋骨隆々の元近衛騎士団長の威圧感が、穴越しに伝わってくる。
「あ、あー……これは、その……」
グリムウッド教授はしどろもどろだ。そこへモーガン先生が教室に駆け込んできた。
「何事です?この爆発音は……って、壁に穴が!?」
「モーガン先生!これは私のせいじゃありません!グリムウッド教授が防護結界を半分しかかけなかったから……」
「なんてことを!?私は完璧に結界を張りましたよ!」
「でも半分しかかかってませんでしたよね?」
私が指摘すると、グリムウッド教授の顔がさらに青くなった。
「それは、その……魔力が……」
「魔力が足りなかったんですね?」カタリナが冷静に分析する。「朝から魔力消耗の兆候が見られましたもの」
「ちょ、ちょっと待て!」
今度はカンナバール教官が穴から乗り出してきた。
「グリムウッド、お前の不注意で俺のクラスが中断されたんだぞ!責任を取れ!」
「い、いや、でもこれはルナさんの実験が予想以上に……」
「私のせいですか!?」
そこへフローラン教授も現れた。
「これはひどい!隣の魔物学実験室のスライムたちが爆発音でパニックになっているぞ!誰の責任だ!」
「それはグリムウッド教授が……」「いや、ルナさんの実験が……」「そもそもモーガン先生の材料管理が……」
「私の材料管理?冗談じゃありません!グリムウッド先生の結界設置ミスでしょう!」
教師陣がワイワイと責任のなすりつけ合いを始める中、私は困っていた。
「あの、すみません……」
でも誰も聞いていない。
「そもそもお前の古代魔法解析が間違っているから……」「何を言っているんです、君の錬金術理論こそ……」
その時、校長先生が現れた。白髪をなびかせ、威厳たっぷりに教室を見回している。
「……諸君」
一言で全員が黙った。さすが校長先生の威厳。
「春休み前の最後の日に、これは一体何の騒ぎですか?」
「あ、あの、校長先生……」
私が恐る恐る手を上げると、校長先生は穴の開いた壁を見つめて深く溜息をついた。
「ルナ・アルケミさん、今回の実験は成功したのですか?」
「え?あ、えーっと……爆発はしましたけど、新しい発見が……」
私が慌てて説明していると、副校長のメルヴィン・フェスティバル卿が教室に飛び込んできた。
「おお!これは素晴らしいショーじゃないか!壁に穴が開くなんて、なんてダイナミックな実験だ!」
「副校長、これは事故です」と校長先生。
「事故?いやいや、これは芸術だ!春休み前の最高のエンターテイメントじゃないか!来年はこれを正式なイベントにしよう!『壁破り大会』とかどうだ?」
「それは……」
そんな大人たちの会話を聞きながら、私はふと思った。
結界が半分しかかかっていなかったのは確かにグリムウッド教授のミスだけど、爆発させたのは私だ。
「あの、すみません」
私が大きな声で言うと、みんなが私を見た。
「今回の件は、私の実験が予想以上に大爆発したのが原因です。グリムウッド教授の結界も、普通の実験だったら十分だったと思います」
「ルナさん……」グリムウッド教授が感動したような顔をする。
「でも!」私は続けた。「次からは必ず完璧な結界をお願いします!私、まだまだ実験したいことがたくさんあるんです!」
「……承知しました」
校長先生が苦笑いを浮かべながら頷いた。
「それでは諸君、壁の修理を急ぎなさい。春休み明けまでに直すように」
「はーい!」
こうして、防護結界の大穴事件は一件落着。
でも教師陣の責任なすりつけ合いは、その後も職員室で続いたらしい。
ちなみに、今回の実験で完成した『魔力増幅薬・改』は、なぜか壁を溶かす効果があることが判明した。新発見だ!
春休み明けの実験が楽しみ。




