第104話 王国の勝利と虹色の煙
第一王子アルカデ殿下が馬に乗ったまま私たちに近づいてきた。
さすがに戦闘を指揮しただけあって、少し疲れた様子だが、その瞳には満足そうな光が宿っている。
「諸君、本当にお疲れ様だった。今回の勝利は、まさに奇跡的な連携の賜物だ」
殿下の言葉に、周りの王国兵士たちから歓声が上がった。
「特にルナ嬢」殿下が私を見つめる。
「君の多層効果薬がなければ、この勝利はなかった。王国を代表して、心から感謝する」
「いえいえ、みんなのおかげです!」
私が慌てて手を振っていると、王女ノエミ殿下も優雅に近づいてきた。
「皆様の連携は本当に見事でした。特に最後の炎竜封じ込め作戦は、まるで長年一緒に戦ってきた仲間のようでしたわ」
王女殿下の温和な笑顔に、みんなの緊張がほぐれていく。
「それにしても」カタリナが髪の縦ロールを整えながら言った。
「あの炎竜の怒り様は尋常ではありませんでしたわね」
「プライドを傷つけられたからでしょう」エリオットが理論的に分析する。
「古代文献によれば、炎竜は非常に誇り高い性格で…」
「理屈はどうでもいいのよ」
セレスティアが優雅に歩いてくる。
魔王らしい威厳を保ちつつも、どこかホッとした表情を浮かべている。
「帝国のやり方には本当にイラつかされました。竜を戦争の道具として使うなんて…」
確かに、セレスティアの声には苛立ちが混じっていた。でも、すぐに表情を和らげて続けた。
「でも、ルナさんたちと協力して王国を守れて良かった。友達として、とても誇らしく思います」
「私も、セレスティア!友達になれて本当に嬉しい!」
私たちが笑顔で手を握り合っていると、セレーナが駆け寄ってきた。
「お嬢様!大丈夫でしたか?多層効果薬の調合、すごく心配でした!」
「ありがとう、セレーナ。あなたの『反撃の壁』も完璧だったわ」
セレーナの顔がぱあっと明るくなる。
錬金術への興味が高まっているだけあって、私の実験を一番理解してくれるのは彼女かもしれない。
「ところで」アルカデ王子が少し表情を引き締めた。
「負傷者の確認と戦後処理を進めなければならない。まず医療班の報告を…」
「それなら!」
私は慌てて空間収納ポケットから残りの『治癒促進薬』を取り出した。
薄緑色に光る液体が、瓶の中で優しく輝いている。
「これを使ってください!多層効果薬の副産物で、通常よりも効果が高くなっているはずです」
カタリナが『治癒の光』の魔法を併用しながら、負傷者たちに薬を分けて回る。
「『光の加護よ、傷ついた者に安らぎを』」
彼女の魔法と私の薬の相性は抜群だった。
軽傷者はみるみる回復し、重傷者も容体が安定していく。
「素晴らしい効果ですね」エリオットが感心している。
「魔法と錬金術の融合効果が、予想以上に高い」
そんな私たちの様子を見て、ハーブがピューイと鳴きながら私のポケットから顔を出した。
戦いの間、ずっと隠れていたらしく、少し申し訳なさそうな表情をしている。
「ハーブも無事で良かった!怖かったでしょう?」
私がハーブを撫でていると、氷竜が嬉しそうに鼻息を吹きかけてきた。
冷たい息が、戦いの熱気で火照った頬に心地よい。
「ありがとう、氷竜さん!」
氷竜の赤ちゃんも母親の足元でちょこちょこと駆け回りながら『キュルル♪』と鳴いている。
その可愛らしさに、戦場の緊張感がすっかり和んでしまった。
「それにしても」セレスティアが少し困ったような表情で言った。
「帝国軍は必ず報復を考えるでしょうね。今回の敗北で、より強硬な手段に出てくる可能性があります」
アルカデ王子も頷いた。「確かに、これで終わりではない。むしろ、本当の戦いはこれからかもしれない」
でも、私は仲間たちを見回して笑顔になった。
「大丈夫です。みんながいる限り、どんな困難も乗り越えられます」
「そうですわね」カタリナが力強く頷く。「今回の連携で、私たちの絆がより深まったと思います」
「次も頑張りましょう」エリオットも決意を新たにする。
「出来れば、戦争は無い方がいいですね」セレーナは現実的だった。
その時、空に虹色の煙がゆらゆらと立ち上っているのに気づいた。
多層効果薬の残留魔力が、大気中で美しい模様を描いている。
「あ、これは…」
私の目が輝く。この虹色の煙は、きっと新しい発見の前触れだ。
今回の戦いで得た経験が、また新しい調合法のヒントになりそう。
「ふみゅみゅ〜♪(また新しい実験が始まりそう〜♪)」
ふわりちゃんの声が心に響く。人型に変化したふわりちゃんの神聖なオーラで、周りの兵士たちが自然と膝をついているけれど、『神聖隠蔽薬』の効果でそれほど大騒ぎにはなっていない。
「皆様」ノエミ王女が優雅に手を上げた。
「今日の勝利を一国も早く王都にも報告しましょう。そして、英雄である皆様を讃える式典も必要でしょう」
「式典なんて、そんな大げさな…」
私が慌てて手を振ると、アルカデ王子が微笑んだ。
「いや、これは国家的な功績だ。特にルナ君の錬金術は、今後の王国防衛にとって非常に重要な戦力となる」
そう言われると、なんだか責任重大な感じがして緊張してしまう。
『ルナ』氷竜が優しく声をかけてくる。
『心配することはない。君はいつも通りでいればいい。それが君の一番の魅力なのだから』
「氷竜さん…ありがとう」
虹色の煙が空高く舞い上がりながら、私たちに新しい何かを予感させていた。
「ふみゅ〜♪(次はどんな発見があるかな〜♪)」
ふわりちゃんの声が心に響き、私は思わず笑顔になった。友情の力こそが、最強の魔法なのかもしれない。




