第102話 セレスティアの静かな怒り
夜明けと共に、地平線の向こうから帝国軍の軍勢が姿を現した。
一万を超える兵士たちの鎧が朝日に反射して、まるで鋼の海のように見える。
そして、その上空に巨大な影が舞っていた。
炎竜だった。
翼を広げた姿は圧倒的で、その咆哮が戦場全体に響き渡る。
王国軍の兵士たちが身を震わせるのが分かった。
「始まったな」
氷竜が空中で身構える。
美しい氷の鱗が朝日に輝いて、炎竜の赤い体躯と対照的だ。
「みんな、準備はいい?」
私は最後の確認をする。
カタリナ、エリオット、セレーナ、それぞれが持ち場に着いている。
「いつでも大丈夫ですわ」
カタリナが魔法陣の前で構える。
「僕も準備完了です」
エリオットが古代魔法陣に魔力を注ぎ込んでいる。
「お嬢様、頑張りましょう」
セレーナが治療薬を手に待機している。
第一王子アルカデ殿下が剣を抜いて号令をかける。
「王国軍、前進!」
戦いが始まった。
炎竜が最初に動いた。
巨大な口から炎のブレスを放ち、王国軍の前列を狙う。しかし、氷竜が素早く割って入った。
氷の息吹が炎を相殺する。蒸気が立ち上って、一瞬戦場が白い霧に包まれた。
「今よ!」
私は士気向上薬を戦場に向けて投擲する。
瓶が割れると、さわやかな花の香りが風に乗って広がった。
効果は絶大だった。王国軍の兵士たちの表情が変わる。恐怖から決意へ。絶望から希望へ。
「うおおおお!」
兵士たちの雄叫びが響く。
同時に、帝国軍が前進を開始した。規律正しい隊列で、じりじりと距離を詰めてくる。
「カタリナ!」
「はい!『森の檻』!」
カタリナの魔法が発動した。
帝国軍の進軍路に、巨大な茨の壁が次々と出現する。
帝国軍の隊列が乱れ始めた。
「エリオット!」
「『戦術強化陣』、展開!」
エリオットの古代魔法陣が光る。
その光に包まれた王国軍の兵士たちは、動きが格段に向上した。
剣の振りが速く、正確になる。
上空では、炎竜と氷竜の激闘が続いている。
炎と氷がぶつかり合って、戦場の空は混沌としていた。
しかし、炎竜の方が少し優勢に見える。帝国軍との連携に慣れているのだろう。
「炎竜を何とかしないと」
私は氷結粘着薬を準備する。でも、空中の相手にどうやって当てれば?
その時だった。
戦場の空に、新たな影が現れた。
「あれは…」
美しい黒髪をなびかせて、空中に立つ女性の姿。魔王セレスティアだった。
『何ということでしょう』
セレスティアの声が戦場全体に響く。
『帝国の皆様は、このような力押しの戦術しか知らないのですか?』
明らかに呆れた口調だった。
帝国軍の指揮官が驚愕の表情を浮かべる。
「ま、魔王が現れた!」
『魔王などと呼ばないでください。私はセレスティア。単なる平和主義者です』
セレスティアが優雅に手を振ると、帝国軍の一部が動きを止めた。
『炎竜さん、少し落ち着いてください』
彼女の声に、炎竜の動きが鈍る。
『氷竜さんと無駄な争いをする必要はないでしょう?』
セレスティアの介入で、空中戦の様相が一変した。炎竜が混乱し、氷竜が優位に立つ。
「今がチャンス!」
私は氷結粘着薬を投擲する。空中で瓶が割れ、青い粘液が炎竜の翼に付着した。
「効いた!」
炎竜の動きが明らかに鈍くなる。炎のブレスも威力が落ちている。
氷竜がすかさず追撃する。氷の息吹が炎竜を直撃し、炎竜は地面に墜落した。
地上では、王国軍が攻勢に転じていた。
カタリナの茨の壁で分断された帝国軍を、エリオットの魔法で強化された王国軍が各個撃破している。
「セレーナ、負傷者の治療を!」
「はい!」
セレーナが戦場を駆け回り、衝撃波魔法で敵の攻撃を逸らしながら、味方の治療に当たる。
第一王子アルカデ殿下が前線で指揮を執り、王女ノエミ殿下が後方で負傷者の搬送を指示している。
戦況は王国軍優勢に傾いていた。
しかし、帝国軍も反撃に出る。
炎竜が再び空中に舞い上がり、セレスティアに向かって炎のブレスを放った。
『あらあら』
セレスティアが苦笑する。
『氷竜さん、連携いたしましょう』
『ああ、頼む』
氷竜とセレスティアが同時に行動した。
セレスティアの魔法が炎竜の動きを封じ、氷竜の氷の息吹が追撃する。
完璧な連携だった。
「私たちも負けてられないわ!」
私は障害物生成薬を戦場に撒く。
帝国軍の足元に土の壁が出現し、隊列がさらに乱れた。
カタリナが『癒しの光輪』を発動し、王国軍の負傷者を一斉に治療する。
エリオットの『精密誘導魔法』で、王国軍の攻撃精度が飛躍的に向上した。
戦場は完全に王国軍のペースになっていた。
帝国軍の指揮官が撤退の号令をかける。
「全軍、退却!」
炎竜も深手を負って、帝国軍と共に撤退していく。
戦場に静寂が戻った。
「勝った…」
王国軍の兵士たちから歓声が上がる。
セレスティアが私たちのもとに降りてきた。
『お疲れさまでした、皆様』
「セレスティア、どうして?」
『帝国のやり方があまりにも乱暴だったので、つい』
彼女が苦笑する。
『平和的解決を試みずに、いきなり戦争とは。もう少し話し合いというものがあるでしょう?』
さすがセレスティア。戦争すらも平和主義の観点から批判する。
氷竜も地上に降り立つ。
『ルナ、君の薬は見事だった。炎竜を無力化できるとは』
「氷竜とセレスティアの連携があったからよ」
第一王子アルカデ殿下が近づいてくる。
「諸君、見事な戦いだった」
殿下の表情は満足そうだが、同時に心配も見える。
「しかし、これは始まりに過ぎない。帝国軍は必ず再び攻めてくるだろう」
確かに、今回の勝利は一時的なものかもしれない。
「でも」
私は仲間たちを見回す。
「みんなで力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられる」
「そうですわね」
カタリナが微笑む。
「今日の連携は完璧でした」
エリオットも頷く。
「次も頑張りましょう」
セレーナが力強く言う。
『私も協力いたします』
セレスティアが優雅に微笑む。
『平和のために』
『我も、正義のために戦おう』
氷竜も決意を新たにする。
第一戦は勝利した。しかし、本当の戦いはまだ始まったばかり。
帝国軍の次の策略は何だろうか。
私たちは警戒を緩めることなく、次なる戦いに備えるのだった。