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第101話 氷竜の恩返し

炎竜は一旦退いた。


どうやら、威圧を掛けるのと偵察が目的だったようで、帝国軍本隊はついて来ていなかった。

戦闘態勢を一旦解き、戦場まであと半日の行程となった頃、王国軍は一時停止を命じられた。

先遣隊の情報を元に、第一王子アルカデ殿下の戦略会議が開かれるためだ。


私たちは軍の後方に設置された天幕で、それぞれの準備を始めた。

セレーナも特別に同行を許可され、私の錬金術をサポートしてくれている。


「ルナさん、どのような薬剤を準備されますか?」

カタリナが魔法陣の設計図を広げながら尋ねる。


「まずは炎竜対策ね」


私は持参した材料を確認する。

『氷の結晶』『粘着の樹液』『冷却の石』…幸い、必要な材料は揃っている。


「炎竜用の冷却薬と粘着薬を組み合わせた『氷結粘着薬』を作ろうと思うの」


「どのような効果が期待できますか?」

エリオットが古代魔法の資料から顔を上げる。


「炎竜の炎を一時的に封じつつ、動きも鈍らせることができるはず。完全に無力化は難しいけれど、王国軍が反撃する時間は稼げるわ」


調合を始める。戦場での錬金術は、いつも以上に慎重さが求められる。爆発させるわけにはいかない。


まず『氷の結晶』を細かく砕いて、魔力を込めた火で溶かす。透明な液体が青白く光る。


「お嬢様、『粘着の樹液』の準備ができました」

セレーナが丁寧に処理した樹液を差し出してくれる。

気が付けばセレーナの錬金術には確かな成長が感じられる。


二つの液体を慎重に混ぜ合わせる。

すると、美しい氷青色の粘液が完成した。これを特製の投擲瓶に詰める。


「次は士気向上薬ね」


『勇気の草』『希望の花』『温かい陽光の雫』を組み合わせる。

この薬は香りによって効果を発揮するため、気化しやすい形状にする必要がある。


調合が完了すると、さわやかな花の香りが天幕内に広がった。


「わあ、心が軽くなりますわね」

カタリナが微笑む。


「最後に障害物生成薬」


これは少し複雑だ。

『成長促進の種』『硬化の鉱石』『拡散の粉末』を組み合わせて、地面に撒くと瞬時に茨の壁を生成する薬剤を作る。


「完成!」


三種類の薬剤が並ぶ。

それぞれ異なる色に光っていて、美しくもあり、頼もしくもある。


「私の準備も終わりましたわ」


カタリナが魔法陣の設計を完了させる。


「『拘束の蔦』を大規模化した『森の檻』という魔法を準備しました。敵の進軍路を一時的に封鎖できます」


「それに加えて、『治癒の光』を範囲拡大した『癒しの光輪』も用意しました。負傷者の応急処置に使えます」


さすがカタリナ。魔法の応用力が素晴らしい。


「僕の方も準備が整いました」


エリオットが古代文字で描かれた魔法陣を見せてくれる。


「古代の『戦術強化陣』を応用しました。この陣の中にいる味方は、反射速度と判断力が向上します」


「それに、『軌道修正』魔法を集団戦用に改良して、味方の攻撃精度を上げる『精密誘導魔法』も完成させました」


理論派のエリオットらしい、計算された準備だ。


「セレーナの魔法も戦場では重要な戦力になりそうね」


「はい。衝撃波魔法を防御に転用して、敵の攻撃を逸らす『反撃の壁』を練習してきました」


セレーナの成長ぶりには本当に驚かされる。


その時、天幕の外で大きな羽ばたきの音が聞こえた。


「あ!」


外に出ると、氷竜が着地するところだった。

王国軍の兵士たちは最初驚いたが、私が手を振ると安心したようだ。


「久しぶりね」


氷竜は優雅に首を下げて挨拶してくれる。


『ルナ、大変な事態になったようだな』


氷竜の声が心に響く。


「炎竜のこと、知ってる?」


『ああ、あの好戦的な兄のことか。兄は縄張り意識が強く、一度敵と認識すると徹底的に戦う性質がある』


「勝てる?」

『一対一なら互角だろう。だが、問題は炎竜が帝国軍と連携していることだ』


確かに、それが一番の問題。


『しかし、君たちがいるなら話は別だ。君の薬と、仲間たちの魔法があれば、きっと勝機はある』

氷竜の言葉に勇気づけられる。


「ありがとう。一緒に戦ってくれる?」

『もちろんだ。君が我が子を救ってくれた恩もある。それに』


氷竜が空を見上げる。


『平和を守るのは、強い者の責務だからな』


その時、第一王子アルカデ殿下が私たちのもとにやってきた。


「ルナ、準備は整ったか?」


「はい、殿下。対炎竜用の薬剤と、味方支援用の薬剤を用意いたしました」

「素晴らしい。カタリナ、エリオットも頼む」


「私は敵の封鎖と味方の治療を担当いたします」

「僕は戦術支援魔法で味方の戦闘力向上を図ります」


殿下が満足そうに頷く。


「氷竜殿もご協力いただけるということで、心強い限りだ」


氷竜が威厳を持って答える。


『王子よ、私は約束する。炎竜を止めてみせよう』


「では、作戦を説明しよう」


殿下が地図を広げる。


「敵軍は明朝、この平原で我々と激突する。炎竜は必ず先鋒として現れるだろう」


「氷竜殿には炎竜の相手をお願いしたい。その間に、ルナの薬剤で敵軍の戦力を削ぎ、カタリナとエリオットの魔法で我が軍を強化する」


「セレーナには負傷者の治療と、ルナの錬金術サポートを頼む」


計画は明確だ。でも、実際の戦場では何が起こるか分からない。


「皆、明日は厳しい戦いになる」


殿下の表情が引き締まる。


「しかし、我々には正義がある。そして、優秀な仲間たちがいる」


殿下が私たちを見回す。


「必ず勝利し、王国の平和を守り抜こう」


「はい!」

私たちは力強く答えた。


その夜、戦場の準備は完了した。

氷竜は王国軍の上空で警戒飛行を行い、私たちはそれぞれの装備を最終点検した。


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんが私の肩で小さく鳴く。明日の戦いを案じているのかもしれない。


「大丈夫よ、ふわりちゃん。みんなで力を合わせれば、きっと乗り越えられるわ」


「ピューイ!」

ハーブも勇ましく鳴いてくれる。


夜が明けたら、いよいよ運命の戦いが始まる。


私たちの錬金術と魔法が、本当に王国を救えるのだろうか。


不安と期待が入り混じった心境で、私は戦場の夜空を見上げた。

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