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第10話 魔王城実験室と別れの大爆発

「まあ、何て素晴らしい実験室なんですの!」


カタリナが優雅にコメントをする。


魔王城の地下に案内された私は、目の前の光景に感動で声を震わせた。

天井まで届く試薬棚、見たこともない魔法器具、そして中央には巨大な錬金釜まで設置されている。


「気に入っていただけて嬉しいですわ」


『友好促進ポーション』の効果がまだ続いているセレスティアが、にこにこしながら案内してくれる。


「ここには、普通では手に入らない素材がたくさんあるんです。竜の鱗、星の雫、時の砂……」

「時の砂!? それって理論上でしか存在しないって言われてる……」


私の興奮した声に、勇者一行は顔を見合わせる。


「おい、ルナ……まさか本気でここで実験するつもりじゃ……」

エドガーが不安そうに呟くが、私の耳にはもう届いていない。

目の前の素材たちに完全に心を奪われているのだ。


「あら、ルナさん」

カタリナが優雅に近づいてくる。

「あまり興奮しすぎませんように。ここは魔王城ですのよ?」


「でも、こんな機会は二度とないかも! 『時空間安定化ポーション』を作ってみたいの!」


「時空間って……それ、危険な響きじゃない?」

暗殺者リリィが眉をひそめる。


「大丈夫よ! 理論的には、時間の流れを局所的に安定させて——」


「ルナちゃん、その『理論的には』が一番危ないんだよ」

魔法使いマーリンが苦笑いする。


しかし、私の研究者(元女子大生の化学オタク)魂はもう止まらない。

セレスティアの協力を得て、早速実験の準備を始めた。


「まず、時の砂を精製して……」


銀色に輝く砂粒を小さなるつぼに入れ、魔力で加熱する。すると、砂が美しい光を放ちながら溶け始めた。


「おお、綺麗……」

「次に、星の雫を三滴……」


透明な液体を慎重に加えると、るつぼの中で虹色の渦が生まれる。


「すごいわ! まるで小さな宇宙みたい!」

セレスティアも興味深そうに覗き込む。


「最後に、竜の鱗を粉末にして——」

私が古い鱗を乳鉢ですりつぶしていると、突然実験室のドアが開いた。


「魔王様、お客様がお帰りになると——って、何ですかこの光は!?」


駆け込んできたのは、魔王城の執事らしい悪魔だった。彼の顔は青ざめている。


「あら、バルトルド。大丈夫よ、ちょっと実験を——」

「実験って、この光の渦は一体!?」


執事が指さした先では、るつぼから光の柱が天井に向かって伸びていた。


「えーっと……『時空間安定化ポーション』よ」


私が答えた瞬間、執事の顔が真っ白になる。

「時空間!? 魔王様、それは危険すぎます! すぐに中止を——」


しかし、その時だった。


るつぼの中の渦がぐるぐると回転を始め、実験室全体が微かに振動し始めたのだ。


「あれ……なんか様子が……」


「ルナ、これヤバくない?」

リリィが後ずさりする。


「えーっと……多分大丈夫だと思うけど……」


私がるつぼを覗き込んだ瞬間——


——ビリビリビリッ!


空間に小さな稲妻のような亀裂が走った。


「うわあああ! 時空が歪んでる!」

「魔王様、避難を!」


執事が慌てて魔法陣を起動させる。


「ちょっと待って! 『安定化剤』を追加すれば——」


私が次の薬品に手を伸ばした時、空間の亀裂がさらに広がった。

そこから、過去や未来の映像がちらちらと見え隠れする。


「あ、あれは私の子供の頃……?」

セレスティアが驚きの声を上げる。


「僕の故郷が見える……」

エドガーも空間の向こうを見つめている。


「これは……時間の境界が不安定に……」

マーリンが杖で分析を始める。


「やばいやばいやばい!『緊急中和ポーション』はどこ!?」


私が慌てて棚を漁っていると——


——ドッゴォォォォン!!


実験室全体を巻き込む大爆発。

しかし、今度は普通の爆発じゃない。

光と時間と空間が入り混じった、虹色の時空爆発だ。


一瞬、私たちは宙に浮き、過去や未来の映像に包まれる。

子供の頃の記憶、まだ見ぬ明日、そして——


「うわあああああ!」


全員の叫び声と共に、爆発は収束した。


「……だから言ったのに」


煙が晴れると、カタリナが呆れた顔で立っていた。

幸い、魔王城の実験室は頑丈に作られていたらしく、建物に大きな損傷はない。


しかし、私たち全員の髪が微妙に色褪せて、少し年上に見えるような、年下に見えるような、不思議な感じになっていた。


「時間の影響で、みんなちょっとだけ歳をとったり若返ったりしましたのね……」

セレスティアが苦笑いしながら鏡を見ている。彼女も数歳若返ったように見える。


「効果は一週間ほどで元に戻るはずよ……たぶん」


「『たぶん』って何よ!」

リリィが頭を抱える。


「でも面白い結果だったわ! 時空間ポーションは理論的に可能だってことが証明できた!」


「問題は可能かどうかじゃなくて、安全かどうかでしょう……」

ミラがため息をつく。


その時、『友好促進ポーション』の効果が切れたらしく、セレスティアが急に我に返った。


「あら……私、何をしていたのかしら……」

「魔王様、お気をつけください。この錬金術師は危険です」


執事バルトルドが主人を庇うように立つ。


「あ、えーっと……」


私が慌てて頭を下げる。


「ごめんなさい! 実験室を借りておいて、こんな騒ぎを起こしてしまって……」


セレスティアは少し考えた後、くすりと笑った。


「いえいえ、久しぶりに面白いものを見せていただきましたわ。ありがとうございました」

「え? 怒らないの?」

「怒りませんわ。むしろ、あなたのような才能は貴重です。ただ——」


彼女の表情が少し真剣になる。


「もう少し、慎重に実験なさることをお勧めします。今度は本当に危険なことになるかもしれませんから」


「は、はい……気をつけます」


「それに、あなたたちにはまだやるべきことがありますでしょう?」

セレスティアが勇者一行を見回す。


「学院での勉強や、日常生活での発見も大切ですわ。冒険ばかりが人生ではありませんもの」


エドガーが右手を額にかざしながら答える。

「確かに……僕たちも、まだまだ修行が必要だ」


「私も、もっと技術を磨かなくちゃ」

リリィが頷く。


「学ぶことは山ほどありますからな」

マーリンも同意する。


「それじゃあ……」


私がちょっと寂しそうにすると、セレスティアが優しく微笑んだ。


「また会いましょう。今度は、もう少し安全な実験でお願いしますわ」

「はい! 次回はきっと——」


「ルナちゃん、『次回はきっと』も信用できないんだよ」

マーリンのツッコミに、みんなで笑った。


「それでは、お元気で」


魔王城の門前で、私たちは別れの挨拶を交わした。


「ルナ、君と旅ができて楽しかったよ」

エドガーが握手を求めてくる。


「私も! 毎日がスリル満点だったわ」

リリィも笑顔だ。


「学術的にも、非常に興味深い経験でした」

マーリンが髭をさすりながら頷く。


「神様に感謝しなくちゃ……無事に生きてこられて」

ミラが十字を切る。


「皆さんも、お気をつけて。きっとまた会えますわ」

カタリナが上品にお辞儀をする。


「うん! 今度会う時は、もっとすごい発明を見せてあげるわ!」


「それが心配なんだよ……」

勇者一行の苦笑いを背に、私たちは屋敷への帰路についた。


夕焼けに染まる街道を歩きながら、カタリナが呟く。


「短い旅でしたけれど、なかなか濃密でしたわね」

「そうね。魔王様も思ったより常識的だったし、勇者さんたちもいい人たちだった」

「ルナさんの実験がなければ、もっと平和だったでしょうけれど……」


「あはは……でも、結果オーライだったじゃない」

「毎回『結果オーライ』で済ませていたら、いつか本当に大変なことになりますわよ?」


カタリナの忠告に、私は苦笑いする。


「分かってるわ。だから今度は、もっと安全な実験を——」

「その『今度は』も信用できませんわ」

「ひどいわ、カタリナ!」


そんな会話を交わしながら、私たちは屋敷に向かって歩いていく。


空には星が瞬き、遠くでは虫の音が響いている。

平和な日常が、私たちを待っていた。


しかし、私のリュックの中では、旅の途中で拾った『未知の鉱石』が、微かに光を放っていることに、まだ誰も気づいていなかった……。


「そうそう、カタリナ」

「何ですの?」


「明後日から学院に復帰だね。久しぶりの授業、楽しみだわ」

「ルナさんの『楽しみ』は、大抵クラスメートにとって『恐怖』になりますのよ?」


「大丈夫よ! 今度こそ、普通の授業を——」

「はいはい、信じませんわ」


カタリナの呆れた声が、夜風に消えていく。


こうして、私たちの冒険は一段落。


明日からは、また平穏な(?)日常生活の始まりだった。


——果たして、本当に平穏な日々が続くのだろうか。


答えは、もちろん「NO」である。

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