第1話 目覚めと転生
——頭が、重い。
ぼんやりとした意識の底から浮かび上がると、まず目に飛び込んできたのは、天井。
しかもただの天井じゃない。
白い漆喰に金の縁取り、中央には花のような彫刻が施され、宝石みたいなシャンデリアがぶら下がっている。
(え、なにこのセレブ空間……?)
私——花川千里は、確か大学の化学実験室で試薬棚に手を伸ばして……足を滑らせて……。
その後は、頭にガツンと衝撃。
そして——これだ。
むくりと上半身を起こすと、ふかふかのシーツが滑るように落ち、サテンのナイトドレスが自分の体に沿って光った。
見慣れない手が目に入る。
白くて細い。
爪まできれいに整えられている。
鏡を見ようと視線を巡らせると、部屋の片隅に立派な姿見があった。
恐る恐る覗き込む——そこに映っていたのは、黒髪に薄紫の瞳を持つ、絵本から抜け出したみたいな美少女。
「……え、誰、この人」
口が勝手に動くと、聞き慣れない高い声が耳に返ってきた。
パニック寸前の私の視界に、ベッド脇の机が入った。
そこには革装丁の分厚い本が数冊と、ガラス瓶や銀のスプーン、磨かれた石臼。
どれもこれも、錬金術師の作業台そのものだ。
ページをめくると、薬草の絵と化学式にも似た魔法陣がびっしり。
読めないはずの文字が、不思議なことにすらすらと頭に入ってくる。
「ルナお嬢様、目を覚まされたのですね!」
ドアが開き、エプロンドレス姿のメイドが駆け込んできた。
彼女は嬉しそうに私の両手を包み込み、「ああ、よかった……」と涙ぐむ。
その瞬間、脳裏に押し寄せる大量の記憶。
この体の名前はルナ・アルケミ。
名門錬金術貴族伯爵家の娘。
十四歳。
前世の私、千里とは別の人生を歩んできた少女の記憶が、私の意識に重なる。 (……つまりこれ、転生ってやつ?)
混乱しつつも、机の上の実験器具に手を伸ばす。
試しに近くの瓶から、青い液体をスプーン一杯すくって——。
——ボンッ!
次の瞬間、小さな爆発音と共に白い煙が部屋中に広がった。
メイドが「きゃあ!」と叫び、窓を開ける。
しかし私は、煙の向こうでゆらゆら光る小さな結晶を見つめていた。
「……すごい。魔法と化学反応が、混ざった……!」
胸の奥で、久しぶりに研究者としての血が沸き立つのを感じた。
こうして私は——
異世界の貴族令嬢、ルナ・アルケミとして、魔法と錬金術の日々を始めることになった。