天才とは…
初投稿です。
四月になったので新しく何かを始めようと思い投稿を始めました。
不定期更新になろうとも失踪しないよう続けていこうと思います。
天才とはどうしたら成れるのだろうかと幼い頃から考えていた時、ある一冊の本に出合った。本のタイトルは『天才の生みだし方』。その本はどこかの教育者が書いたものでそこにはこんな一文が書かれていた。
『天才とは才能を持った人間が然るべき環境、出会い、運の全てを手に入れた時生まれるのである。』
ようは子供の才能を見極めるために幼い頃から様々な習い事をさせてやれという事だった。
こんな本が置いてあるという事は両親も一度は読んだ筈なのに自分や兄に多くの習い事をさせた記憶はない。
つまり、簡単に天才を生み出せる訳ではないと理解した両親はこの時点で子育ての方針をある程度固めたのだろう。
幼少期にこの本の隅々まで理解できたわけではないが、得意なことは何か見つける必要があると知った自分は出来ることを色々試した中で確信したことがあった。
それは走ることだった。
同学年にも、何なら年上にだってそうそう負けない走力を自分は持っているのだと理解した時、迷わずに中学では陸上部に入った。
そこからはトントン拍子だった。部内で自分よりも速い人はおらず、大会にも優先的に出場し、一年目にして全国大会へと駒を進めた自分は誰がどう見ても天才だろう。
公立中学から全国大会出場者が出たとあって、クラスメイトや保護者が見守る中間もなく始まる決勝戦で体は少しだけ緊張していた。
念入りにストレッチやウォーミングアップをしていると隣のレーンを走る選手が声をかけてきた。
「自分、えらい華奢やな。何年生?」
「一年です。よろしくお願いします、先輩。」
相手は短距離走選手らしい筋肉と日焼けした肌が特徴的な関西弁で話す奴だった。関西弁の言い回しはよく分からなかったが、雰囲気やニュアンスからバカにしていると言うよりただ思ったことを口に出しているように見えた。
「初の大会で全国決勝?いやいや、天才はおるとこにはおるんやな。」
確かに、中学生の三年間は成長期もあるのでフィジカルがモノを言うスポーツでは年下であるハンデは大きい。
特に筋力も必要な短距離走となるとフィジカルの大切さは顕著に出る。
「ま、いくら天才が横におるって言うても俺だってここに立ってるから才能はあるんやで?」
「わざわざ言わなくても分かりますよ。ただ、あなたは一年目でここに立っていましたか?」
言い返されるとは思っていなかったのか、相手はキョトンとした表情を浮かべた後に手で顔を覆うほど爆笑する。
「確かにな!俺がここに立ってるのは今回が初めてや。才能では自分の足元にも及ばんと思うわ。」
暫く笑っていた相手は突然無表情となり、こちらを見つめてくる。
ゾワリと背筋に嫌なものを感じた。
「俺の三年間はお前の一年に負けるほど、しょーもなくないぞ?」
アップを終えて、温まったはずの体が急に冷えていく感覚を覚える。呼吸が浅いのは緊張が残っているわけじゃない。威圧感に呑まれてしまっているからだ。
「そんなビビんなや一年生。まだ二回チャンスあるんやから勉強する気持ちで走ればええんやで。」
そう言って朗らかに笑う相手に自分は上手く笑えないままアナウンスに従い走る準備を進めた。
太陽に照らされたタータントラックは膝と指先を焼くほどに熱い。走り終えたらしっかり冷やして火傷にならないようにしようと考えつつ深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
大丈夫だ。自己ベストは十分優勝圏内なのだから、いつも通りに走れば負けはしない。
そう考えてから数秒、スタートの合図と共に走り出す。
短距離選手として分析した自分はスタートが得意であり、トップスピードに到達するのが速い。その代わり終盤では失速しがちな傾向にある。
この試合に勝つには如何にトップスピードを維持し続けられるかが勝負のカギだ。10秒余りの時間で懸命に脚を上げて腕を振り前へと体を推し進める。
50mを超えた辺りでは誰の気配も感じない。いつもの勝ちパターンだ。このまま逃げ切り失速するのを可能な限り抑える。
そう考えていた矢先、ドンッ!と後ろで大地を踏みつける強烈な音が聞こえてくる。その音の正体を自分は正確に理解している。あの選手がトップスピードに到達した音だ。
強烈なプレッシャーに呼吸と思考が乱れフォームが崩れる。失速していく自分を追い抜いていく大きな背中に手を伸ばすけど届かず、負けたことを理解する前にゴールラインを体は通過した。
大歓声が響く中、あの選手は両手を突き上げながら叫び声を上げている。仲間であろう生徒たちに揉まれている中でこちらを見つけたのか、自分のほうへ駆け寄ってくる。
「流石やな一年生。自分二位やってよ。…ホンマ末恐ろしいわ。」
「勝てると思っていました。走って負けたことって無かったので。」
悔しいという感情と、成長期という超えられない壁の大きさを痛感した自分の顔はきっと酷く歪んでいたのだと今なら思える。
「負けたことがない奴なんて、それこそ漫画の中だけやで。自分と走るのは今日が最後やけども、高校の大会でまた会えるかもしれんな。」
そう言って手を差し出す彼は「ナイスラン。」と言って笑顔を向けていた。
その勝者にのみ許される余裕が酷く羨ましくて、自分がとても矮小で無価値な存在に思えて差し出された手を取ることが出来ずに走り去った。
表彰式もボイコットし、顧問へ体調不良だと伝えて会場を後にした自分は来年こそは優勝をと決意を新たに練習に精を出した。
本格的な成長期を迎えたわけではないが、昨年よりも背が伸びて筋力も向上しベストも更新した自分は再び全国大会の決勝へ駒を進めていた。
去年は負けたが今年は負けない。そう心に決めて努力した一年間は、ポッと出の一年生に敗れて再び二位という結果で幕を閉じた。
心が折れる音が思いのほか軽いのだなと理解したことだけが、強く脳裏に焼き付いた。
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