日常の8 一姉弟と九十九姉妹は合わせたら百人力になったりならなかったりする
休日の正午。駅前にて。
莉差姉の遅刻というトラブルがありつつ、待ち合わせ相手の佐月さんと佑陽さんと合流した後、僕も一緒に遊ぶことになった。
ファミレスで昼食を済ませて向かったのは、様々な娯楽を集約させたアミューズメント施設だ。
まず足を踏み入れたのは、ゲームセンターコーナー。
エアホッケーの大きな盤面を挟んで、僕たち四人は向かい合っていた。
「よぉ~し、せっかくだから二対二で勝負するっていうのはどう?」
という莉差姉からの提案を受けてのことだ。
寝ぼけていた頭も、ここにきてすっかり意識が覚めたらしい。
「じゃあ、チーム分けはどうしましょう?」
「一姉弟と九十九姉妹で、きょうだい対決とかどうだ!?」
「それじゃあ普段いつも一緒にいるペアだからつまらないよぉ~……」
「はぁ……それなら、上と下で分けるのはどうですか?」
四人でそれぞれ意見を出し合って、結果こうなった――。
莉差姉と佐月さん、上の子チーム。
「ふっふ~……お姉ちゃんたちに勝てると思うなよ~」
「足手まといにならないように善処しますけど……はぁ、ミスしたらごめんなさい」
僕と佑陽さん、下の子チーム。
「佑陽さんが一緒で心強いです」
「へへ、嬉しいこと言ってくれるね。ま、ここはうちに任せな。普段から自主トレーニングをしているから、体力には自信があるんだぞ!」
かくして、エアホッケー勝負が始まる。
……ま、これは遊びだから、ほどよくゆるい試合でいいんだろうけど。
このチーム分けで、はたして戦力は拮抗しているのかな?
なにせあちらには莉差姉がいる。運動能力や反射神経がお世辞にも良いともいえず、いかなるときでも動作が緩やかでマイペース。
勝負というなら、莉差姉が同じチームにいるのは大きなハンデだ……。
ただ、佐月さんと佑陽さんにどんな得手不得手があるのかを、僕は知らない。
そこは未知数だけど、佐月さんは普段から自信に欠ける言動が目立つ。
猫背で線の細い身体からしても、この手の勝負事が得意そうには見えない。
一方で、佑陽さんは健康的な体付きで、いかにも運動ができそうに思える。
普段から身体を鍛えているとも言っていた。佑陽さんの自信に満ちた顔が、僕に安心感を与えてくれる。
「それじゃあ、いっくよぉ~。……たあーっ!」
初手、莉差姉が小さな円盤を手前に引き寄せると――スマッシュ。
勇ましい気概に反して、勢いに乏しい速度で円盤がこちらに迫った。
それを、僕が難なく打ち返す。
円盤は狙い通りゴールへと一直線に向かう。
よし、入る――と、そう思えた次の瞬間。
「……はぁ……ごめんなさい……」
佐月さんの溜息が聞こえた。
それは決して早い動きではなかった。
けれど、すらりと長い腕を伸ばして、ゴール手前で円盤を打ち返す。
「防がれた……っ!?」
「大丈夫だ、和博くん。うちが防ぐぞ!」
僕が動揺する一方で、佑陽さんがカバーに回った。
佑陽さんは腕を大きく後ろに引き、キュッと靴底を鳴らす。
「これでも、くらえっ!」
猛々しい語気で、スマッシュを放った。
スッコォ――ンっ!
佑陽さんは、盛大に空振りした。
佐月さんの放ったショットが何に阻まれることなく、綺麗に僕らのゴールへと決まってしまう。
「…………佑陽さん?」
あんまりにも目算の誤ったスマッシュに目を疑う。
佑陽さんは空振りの姿勢で固まっていて、それから頬を染めた。
「……ご、ごめんな? 次……っ、次はちゃんとやるぞ!」
気恥ずかしさを誤魔化すような謝罪だった。
相手チーム側では、莉差姉が無邪気に喜んでいる。
佐月さんはというと、もじもじと身体をよじりながら「今の打ち方じゃダメ……ちゃんと軌道を読んで反射を使わないと……はぁ……」と自省していた。
そこで遅ればせながら、僕は薄々と気がつく。
先ほどの僕の読みは、ちっとも合っていなかったのかもしれない。
五点先取で勝敗が決まる、この勝負――……。
戦局が終盤に向かうにつれて、佐月さんのスマッシュは驚くべき精度を誇る脅威となり、佑陽さんは気合十分でもスマッシュが空振りだらけだった。
へっぽこな莉差姉と、そこそこできる僕が、チーム戦力に足し引きされて、結果的にはかなりの接戦となった。
結局、勝ったのは上の子チーム。実質、佐月さんの無双だった。
勝負を終えて、一息ついた後。
「た、楽しかったです。でも……はぁ、ごめんなさい、私がもっと上手にできたらよかったのに……」
「スマッシュが当たった時はまぐれでも気持ちよかったなー! 次はもーっと上手くできる気がするぞ!」
佐月さんはなぜか落ち込んで溜息をつき、佑陽さんは晴れ晴れと笑顔を湛える。
実力と自信の有無が、全然つりあっていない……!
言葉には出さないけれど、僕はスッキリしない気分を抱えるのだった。