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日常の6 過ぎ去りし日、雲母聖良は新たな扉を開く

 カズピと一緒に激辛ラーメンを食べた、その日の夜。

 私は自室のベッドに寝そべりながら、脳裏に焼き付けた光景を思い返す。


 ――カズピが激辛ラーメンを一口食べて、むせた後。

『お……美味しいですねっ』

 と目に涙を溜めながらも笑った――。


「ふふっ。あのときのカズピ、可愛かったわ……」


 自然と頬が緩んでしまう。

 心地よい余韻に浸りつつ、深く息を吐く。


「はあ、可愛いのもいいけど、厳しいカズピもちょっぴり恋しいかも。あのときみたいに……」


 指先を唇に添えて、思いを馳せる――……。


 ◆◆◆


 今にして思う。幼少の頃、私は甘やかされていた。


 両親には、ねだれば大抵のものは買ってもらえた。

 同世代の女の子たちには、すごく綺麗だと褒められた。

 男の子たちから慕われることも多かった。

 初めこそ、私はそれを当たり前みたいに受け入れていた。


 けど、小学一年生のあるとき、好奇心から家のPCでインターネットに触れた日。

 私はお父さんのSNSアカウントを手探りに操作して、顔も知らない不特定多数の人たちと言葉を交わし、そこで歯に衣着せぬ物言いをされて衝撃を受けた。

 そのとき初めて、私は人に恵まれて、優しく扱われてきたと知ることができた。

 それと同時に、胸の高鳴りを感じた。

 私の知る人の温かみとは正反対の――……刺激に、ときめきを覚えた。


 またあるときは、家族で食事に行ったとき。

 かけ蕎麦を食べようとした私は、両親や他の大人たちが食べ物に振りかける赤い調味料が妙に気になった。

 七味唐辛子と呼ばれるソレの、刺激的な香りに惹かれたのかもしれない。

 パパとママがお喋りをするのをよそに、幼い私は七味唐辛子を握った。

 見よう見まねで蕎麦に振りかける。小さな赤い山ができるほどに。

 そして、口いっぱいに頬張った。

 次の瞬間、思い切りむせた。

 でも、刺激が全身を突き抜けて、視界に光がきらきらと散った気がした。

 異変に気付いた両親に介抱されて、私は鼻水を垂らしながら泣いた。

 身体がびっくりして涙が止まらなかったけれど、懲りずに心のどこかでは、痛みを覚えるほどの刺激に間違いなく惹かれていた。


 以降、私は刺激的な体験を求めて、親に買い与えてもらったスマホでSNSをよく観測するようになったり、味覚が痺れるくらい辛い料理にハマったりした。

 親や周りの人たちは心配そうにはしつつも、私のやりたいようにやらせてくれた。


 そうして時を経て、小学四年生の頃。


「おはよう。リサベェ」

「ふわぁ……聖良せら、おはよぉ~」


 朝の通学路で、友達の莉差りさ――リサベェに挨拶する。

 そこで、欠伸をして眠そうなリサベェの手を、小さな男の子が引いていると気がつく。


「あれ? たしか、きみは……リサベェの弟くん?」

「うん。わたしの和博かずひろだよ~」

「利差お姉ちゃん、あんまりくっつくと歩きづらい……」


 リサベェに絡まれて、弟くんが迷惑そうな顔をする。

 私もリサベェの家に遊びに行ったことがあるから、この子と顔を合わせるのは初めてじゃない。けど、きちんと喋るのは初めてだ。

 よく見れば、年下の子にしては不思議なくらい落ち着いている。

 通学路をはしゃぎながら走る低学年の子たちとは雰囲気が違っていた。


「えっと、雲母きららさんでしたよね。和博です」

「う、うん。雲母聖良だよー。よろしく」

「はい、よろしくおねがいします。……利差お姉ちゃん。ちゃんと歩いて」

「んん~……眠たぁい」

「いつまでも夜更かししているからだよ。夜中までスマホ触り過ぎ!」


「……ウッ!?」

 弟くんの鋭い一言が、リサベェを通り越して、私にまで刺さった。


 スマホをいじり続けて寝不足なのは、実は私も同じだった。

 私が責められているわけではないのに、胸がチクチクと刺激される。

 弟くんの顔をチラッと見ると、とても冷たい表情をしていた。


「自分ばっかりやりたい放題で周りを心配させて」

「……はぅ……」

「ハァ――――本当、だらしない」


 でっかい溜息を吐いて、弟くんが見下すように言う。

 私は心臓が縮み上がるような刺激を感じて、背筋がゾクゾクとした。


「し……刺激的ぃ……」

「えっ? 何か言いましたか、雲母さん?」


 弟くんが顔を覗き込んでくる。

 お腹から熱い想いが湧き上がり、私は声を上げる。


「弟くん! ううん、和博だから――カズピ!」

「……か、かずぴ……?」

「聖良のことも、名前で呼んでくれていいわ」


 困り眉のカズピへと、私は微笑む。

 リサベェとはもう友達だけど、莉差の弟くんとも仲良くなりたい。

 周囲の人々に恵まれて、平穏に甘やかされてきた私には、このときのカズピは他の人とは違う何かが感じられた。

 この子なら、私の欲しい刺激をくれるかもしれない……なんて。

 だけど、自分の欲求に従ってばかりだと、いつか本当にダメになるかも。

 そこはカズピが注意する通り、だらしないままじゃいけないよね。

 パパとママにとって恥ずかしい娘になりたくはない。もっと気品のある振る舞いを心がけよう。


「……」


 でも、たまには刺激を感じさせてもいいよね……。

 ちょっとだけ誘惑に負けてしまうのだった。

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