06.え?術式?面倒くさい。拳ッ!拳ッ!!
『あの男、何か叫んでいたぞ?』
「へぇ?聞こえんかった。」
『そうか……。晴明?あの男、随分気にかけてくれているな。』
「そうなん?あんま意識せえへん様にしてる。」
(その考えに至ってしまうのも無理もないか。)白鷺は悲しそうな目をしていた。
白鷺の事は気にも止めず晴明は豪雨の中、目を凝らし影を追う。
「どこ行くつもりなんや…。」
空高くからの移動、加えて悪天候で視界が悪く、黒い影は米粒の様に小さい。普通の人間なら、まず見つける事すら困難である。ビルの上を微かに飛び回っている影を逃さないと晴明は神経を集中している。
『犯人は2週間前に逃亡したのだろ?行った先に犯人が残っているとは思えんのだが?』
「せやな。普通の人間ならおんなじとこに長くは止まらんやろうな。」
『ほう。今回の相手は普通ではないと?』
「会ってみやな分からんけど犯人は自分から体内に呪物を取り込んでた。」
晴明の言葉に白鷺は困惑した。
『待て。普通の人間が体内に呪物を取り込んだりしたら…』
「間違いなく死ぬ。」
影を見逃さないとじっと下を向きながら晴明は呟く。
「問題はそこやない。共犯者の方や。」
『共犯?敵は複数人いるのか?』
「白鷺もうちょい高度下げて」彼女の言葉に白鷺は高度を下げる。
「話の続きやけど、具体的な人数は分からん。せやけど今回の事件は間違いなく一人やない。廃ビルの入り口で見た犯人の仕草…呪物を渡したアホがおる。今回はなかなかヒリつく戦いになるやろうな。」
(どーも引っかかる…)
廃ビルで感じた共犯者の挑戦的な行動が晴明はずっと気掛かりだった。
(私の推理の時点で犯人像は脳空って分かる…証拠隠滅ができる様なやつではないとすぐに分かった…それでも共犯者は呪物を渡してる……間違いなく狙いはあるけどその狙いが分からん…。)
考え込む晴明に気づき白鷺が話しかける。
『晴明、あまり考え込むな。いざと言うとき判断が鈍る。』
「分かってる」少し膨れた表情をする彼女をみて白鷺は表情が緩んだ。
『しかし、晴明。今回の敵は分からない事が多い。にも関わらずお前は単独で挑もうとしている?危険だと分かっているなら応援を呼べばいいだろ?きっと法眼か川人辺りは暇をしているだろ?』
「川ちゃんは秋田の秘境温泉行ってるし。眼ちゃんは現実逃避で海外のグアテマラ行ってる。」
(法眼のやつ前にも人生観変えたいって言ってオーロラを見にカナダまで行ってなかったか?)
結局、オーロラを見る事は叶わず落ち込み暫く家から出て来なくなったことを白鷺は思い出し遠い目をしている。
『ならば蘆屋はどうだ?何処かの公園で野宿しているだろう』
「道満は絶対ない!この前、ゲーセンの格ゲーで散々バカにされたからなッ!!」
(まともな陰陽師はおらんのか…!)
白鷺は大きなため息を吐く。
飛行を始めて15分ほど経過した時だったビルを飛び回っていた。影が東京湾に浮かぶコンテナ船に辿り着く。
「コンテナ船って…ベタやなぁー。」
『晴明。罠の可能性は十分ある油断するなよ。』
雨は降り止まない。相変わらず見通しは最悪だ。
「うちのこと誰やと思ってんの。」
晴明は五芒星を描く。
「急々如律令。一式『解』」
描かれた五芒星は晴明の体に絡みつき消える。
『ほぉ、五芒星はそんな使い方も出来るのか』
五芒星…霊力、知識、啓示などの象徴とも考えられ、それぞれの頂点を繋ぐことによりエネルギーは循環し爆発的なエネルギーを生み出す。晴明はその爆発的な力を己の体に適応させる事により、常人では考えられない身体能力と強度を得た。
「そんな大した事やってへんよ?発想を変えただけ。」
(その発想に行き着く奴もそう居らんのだがな。)
現に晴明は多くの術式を進化させてオリジナルの術まで生み出している。
晴明は白鷺から飛び降りる60メートル近い高所から飛び降りる。即死の高さだが彼女は何事もなかった様に着地する。晴明を見届けると白鷺は船の周りをぐるぐると旋回し辺りの監視を始めた。
「さてと…」
辺りを見渡す。物陰から大きな黒い影が高く積まれたコンテナの間を移動する。
(露骨…とりあえずしょーもないヤツは一旦、無視。共犯者の痕跡あるか調べよう。)
晴明は気にせず周りを調べ出す。彼女は甲板のコンテナの隙間や通路を細かく見て回る、その間も影は彼女の周りを目立つ様に巡回するのだが、気にも止めず船の調査を始め約1時間が経過しようとしていた。甲板を一通り調べ終え、彼女は船の後方、ブリッジへ向かう。高くいくつも積み上がったコンテナの山を身軽に飛び越えブリッジに到達すると、晴明は船の内部へ続く扉を見つけドアノブに手をかける…が肉体強化の術式の影響で扉ごと取れてしまった。
「あっ、どこの会社がこれ設計したん?手抜きやなぁー」
誰がどう見ても晴明が悪いのだが…彼女は船を建造した業者のせいにし取れた扉を投げ捨てる。
外を調べ終え晴明は船内へと足を踏み入れる。甲板を調べた時と同様、細部までしっかり調べ上げて行く。
(んー。こんだけ探して共犯者の痕跡がない?)
「愉快犯?それともウチのこと試してんの?」
大きなため息を吐きブリッジの窓の外を見る。そこには先程から晴明の周りを飛び回っていた怨霊が窓に張り付いていた。ゴリラの様に筋肉質で屈強な肉体に頭が2つ…しかしその顔は目鼻口はバラバラな配置だ。
「なんなん自分?かまってちゃんなん?」
「俺お前、オ、オカしタイぃ。」
ネットりと、ところどこ変な訛りが入った喋り声が怨霊の背後から男が顔を出す。右目の眼球は飛び出し鼻は陥没し頭部もボコボコと変形している。
「お前、2週間前新宿の廃ビルで女殺した犯人やな。呪物が入ってた瓶と同じ残滓が見える」
「オンにャ?コロ?コ、コろしタ?キモちイイぃイイイイい!!!」
男が奇声を上げると怨霊は分厚い窓ガラスを破り内部に侵入して来た。
(手遅れか…色々聞きたかったんやけど。)
怨霊は大きな手で晴明を叩き潰そうと両手を合わせる。「パンッ!」と辺りに破裂音が響く。犯人と怨霊は両手を確認するがそこに晴明はおらず「アェ?」と呟き首を傾げている。
「どこ見とんねん脳空。」
晴明の声に気づき怨霊は振り向く、晴明は巨大なコンテナを片手で持ち上げブリッジ向けて投げ込む。「アア嗚呼あゝッ!!」怨霊と男は悲鳴をあげ慌ててブリッジの壁を破壊し外に飛び出す。背後でブリッジとコンテナがぶつかる衝撃と騒音が鳴り響きガラスや船の破片が飛び散る。
「a、Aぶナカタ…」ほっと一息ついているのも束の間だった。
怨霊の左脇腹はバキバキッと鈍い音を鳴らし甲板のコンテナの山に吹き飛ぶ。怨霊と犯人の視界には晴明の姿が映る。
「い…ダぃぃいいいい!」
「へー、人型の怨霊って肋骨あるんや。」
彼女の言葉に蹴り飛ばされたのだと、2人はやっと認識した。
「おッ、オんナ?オンナ?おぁぁカスっ!」
「十二天将…」
晴明はポツリと呟き拳を握る。怨霊は凄まじいスピードで飛びかかる。
「勾陳」
目で捉えることも出来ない、当たったことすら気づかない一撃が怨霊の顔面を捉える、その瞬間大量の呪力が流れ込み怨霊は木っ端微塵に吹き飛ぶ、背中にしがみついていた男は地面に転がり顔を上げると晴明と目が合う。
「ハッ、ハなしチがう…」
「あぁ?話?」
男の声に晴明の眉間に皺が入る。
「やっぱ共犯…」
晴明が男に説いただそうとする…
『悪行罰示神』
どこからともなく幼い子供の声が聞こえる
「待てっ!!」
晴明の呼びかけも虚しく、男は膨れ上がり破裂し辺りには雨と混ざった血が降り注いだ。彼女は慌てて辺りを見渡す。
「白鷺ッ!!」
『ダメだ!何処にもそれらしき人物が確認できないッ!!』
「クッソ…!!」
晴明は俯きポケットから携帯電話を取り出し遠坂に電話をかける。
「おっちゃん?聞こえる?うん。無傷…ごめん。犯人死んでもぉた…」
遠坂に今回の事件の詳細とコンテナ船での一件を話す。話を終え晴明は大雨で少し荒れている海を眺めていた…。
「どこのどいつか知らんけど…1発殴ったるからな。」
晴明は拳を強く握った。
この後、現場を見た遠坂に晴明はこっ酷く叱られた…。