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02.不意打ちって痛いよねぇー

保健室から戻った後、何事もなかったかの様にいつもの日常に戻った。多少は幽霊を見るが先ほどの怨霊は姿を見せなくまった。

「いやー、しかし今日は大変だったねぇー。」

 帰り道の最中アンパンを頬張りながら美雨が話し出す。

「何が?美雨はいつも通りお腹減ったしか言ってなかったじゃん。」

「いやいや。私じゃなくてっ!真宵のこと!」

 違う違うとアンパンを持つ手をブンブンと振り回していると美雨の手を小町が掴み

「アンパン何処かに飛んでいちゃうよ?」そう言うと小町は美雨のアンパンを一口頬張ったのだ。

「あぁ!欲しいなら言ってくれればいいのにもう2個あるよっ!」

「一口でいいよ。」予想外の返答に小町も苦笑いを浮かべた。真宵はじっと小町に視線を送る、彼女の視線に気づき小町は優しく微笑む。彼女の力強い眼差しに思わず目を逸らしてしまった。

「ねぇ?小町…あの薬ってどうやって作ってるの」

「それ私も気になってたっ!速攻で効く凄いお薬だったよねっ!!」

 少し考える仕草をし小町は悪戯ぽく「それはー。」と謎の溜めを作る小町に2人は思わず息を飲む…「分からないの。」と拍子抜けな答えが返ってきて2人はガックリと肩を落としたのは言うまでもない。

「ねぇ。真宵?」最寄駅に着き真宵が電車を降りようとすると小町が真宵に何かを握らせてきた。「???」不思議な顔で手の中を見るとそこには小さな袋があった。不思議そうな顔で真宵は小町を見る。

「お守りだよ。」優しく微笑む彼女をよそに電車の扉は閉まり発車した。小町と別れ帰宅する最中、携帯の通知に気づき徐に取り出すと小町からメッセージが入っていた。

『帰りに渡したプレゼントだけど。』

『本当は3人が揃っているタイミングで渡したかったんだけど…』

『先に美雨が降りた時に渡し忘れているのに気がついて、また忘れそうだから先に真宵に渡しておこうと思って。笑』

「小町って、変に忘れん坊なんだよなぁー」呟き小さな袋を開ける。そこには綺麗な薄ピンクの水晶のブレスレットがあった。

「これ小町がいつもつけてる色違いだ…かわいぃ。」

 可愛さとちょっと大人ぽさのあるブレスレットに真宵は嬉しくなりすぐに右手首につけてみると水晶は夕陽に反射し美しく輝いている。その日の帰り道は小町からのサプライズプレゼントに胸を弾ませブレスレットを何度も見ては頬が思わず緩んだ。

 あの日の怪我以来、真宵の周りでは怨霊を見ることはなくなった。普段通り学校へ行き勉強し親友と帰り、帰宅するとお店の手伝う。いつもの生活に戻っていたのだ。

「真宵。悪いけどホール出て暁の給仕の手伝い頼むわ。」

「うん。わかった。」

 料理の盛り付けをしていた真宵は手を止めホールに出て出来上がった料理を各テーブルに運んで行く。その日は休日ということもあり、お店は混んでいた。

 慌ただしくはあったが幼い頃から店を手伝っていた姉弟の連携は見事なものだ。出来上がった料理の給仕に、空いたグラスへの水の補充や注文をしようとする客へのアプローチの速さ…全ての気配りが完璧とも言える。

「相変わらず2人の連携は見ていて気持ちいいねぇ、匠ちゃんも楽しいでしょ?」

「まぁな。」

 料理を出す小さな小窓から顔を覗かせたのは叔父の高校時代の同僚、渡辺義彦わたなべよしひこ。通称なべちゃんだ。渡辺は客としてちょくちょく顔を出していたのだが、料理を作っている元同僚の姿を見て試しに料理を始めると料理の楽しみを知り、今では週1のストレス発散という名目で店を手伝ってくれるまでになった。叔父の匠とは違い少し老け気味で頭も少し禿げている。幼い頃、真宵と暁が…

『なべちゃん。おじちゃんと同い年なのになんで髪少ないの?』

『コラッ!暁!なべちゃんの気にしてること言っちゃダメっ!』

 暁の幼い故の純粋さと真宵の幼いなりの気遣いに大ダメージを負い、その日からハンチングをかぶる様になり、今ではそれがトレードマークだ。

 4人は物凄いスピードで仕事をこなしてゆく。ひと段落つき落ち着いた時には時計は3時を回っていた。4人はバラバラに休憩をとる事にした。

「真宵ちゃ〜ん、お待たせぇー。遅めのお昼ご飯だよ。」

 差し出された料理はなべちゃん特製の回鍋肉定食だ。

「美味しそう。ありがとうございます!」

 いつも喫茶店のメニューで済ます真宵にとって、週に1度手伝いをしてくれる、なべちゃんの中華が大好きだ。

「とんでもございません。お代わりあるから沢山食べてね。」

 渡辺は微笑みを返す、真宵は店の隅のテーブルに窓を背にし席に着く、料理を頬張っているとベチャグチャベチャと聞き覚えのある耳障りで不快な音が聞こえ、あの悍ましい怨霊の姿が真宵の頭に浮かび慌てて窓の方に振り返る…がそこには見慣れたステンドグラスに光が当たり綺麗に輝いていただけだった。

(何で思い出しちゃったんだろ?)

 机に向かい料理を口へ運ぶ、彼女の右腕についている水晶のブレスレットに小さくひび割れていた。      

 閉店後、匠と暁は明日の仕込み準備をしている。二人の背中を眺めながら真宵はお菓子を頬張っていた。

「あっ、ペースト切らしちまってたか…ちょっと買って来る。」

 そう言い残し匠は店を後にする。「はーい。」と気の抜けた返事を真宵が返す。暫く暁の仕込んでいる姿をボーっと見つめていると匠の財布がカウンターの上に置いてある事に真宵が気がつく。

(おじちゃん、財布忘れてる。)

「ちょっと届けてくる。」

 そう言い残し真宵は店を後にした。仕込みに集中している暁には全く聞こえていなかった。

(店を出て時間経ってないし、すぐに追いつくしょ。) 

 小走りで駅の方へ向かおうとすると少し先に、工事中の建物の近くに差し掛かろうとする叔父の姿が目に入る。

「おじちゃーーーんっ!!」

 財布を持った手を大きく振る、真宵の大きな声に気づき叔父は足を止め振り返る。

(真宵?あっ、しまった財布…)

 小さくため息をついた匠は真宵に歩み寄ろうとした時…真宵の表情がどんどん曇ってゆく。真宵の目には工事中の建物の上に昼間脳裏によぎった怨霊が写っていた。怨霊は建物上の鉄筋に体を何度もぶつけ下の歩道に鉄筋を落としたのだ。

「おじちゃん!!」真宵は凄い勢いで駆け出し自分の体ごと思いっきり叔父に体当たりをし落下してくる鉄筋から守る、辺りには落下した鉄筋は騒音を辺りに響かせた。

「痛ッ!おじちゃん!大丈夫ッ!!?」

 体当たりした衝撃と近くで鳴り響いた騒音で真宵の脳は少し揺れていた。

「…………ッ!!」

 真宵は匠に歩み寄りその場から引きづり出そうとするが、落下してきた鉄筋の下敷きになってしまっていた、匠の鉄筋の下敷きになっている足元を見ると足は普通なら曲がらない変な方向に曲がっている…。

「おっ、おじちゃん……そ…そんな…。」

「だ、大丈……夫だ…。」

 心配かけまいと必死にひきづった笑顔を作るが痛みのせいか脂汗が滝のように流れる…騒音に気づき通行人や野次馬が少しずつ集まり出し辺り一体が騒々しくなっていると聞き覚えのある音と奇声が後ろの方からゆっくりと聞こえてくる。

 ベチャグチャベチャグチャ発狂暴力女ベチャグチャベチャグチャベチャグチャベチャグチャベチふふふふふふふふっャグチヤリマンャベチャグチャベクソアマチャグチャベチャグチきイィいいいいいいャベチャグチャベ暴力チャグチャメンヘラベチャグチャベチャグチャベチャグチャ発狂暴力女ベチャグチャベチャグチャベチャグチャベチャグチャベチふ発狂ふふふふふふふっャグチヤリマンャベメンヘラチャグチャベクソアマチャグチャベチャグチきイィいいいいいいャベチャグチャベチャグチャメンヘラベチャグチャ。ゆっくりと怨霊は真宵に少しずつ近づく。

(逃げなきゃ…)そう考えた時…痛みに堪えている匠が目に入る。

(なんでよ…狙うなら私を狙いなさいよッ!おじちゃんは関係ないじゃんッ!!!)

 真宵の目には大粒の涙を浮かべていた。叔父の怪我…目の前にいる化け物…呪い殺されてしまうかもしれないという恐怖心から真宵の呼吸は徐々に浅く早くなる。

(どうしよう…逃げなきゃ…でも……おじちゃんをこのままに出来ない…)

 怨霊は大きな巨体を引きづりながらジリジリと距離を縮める。ふと真宵は手首のお守りに視線が行く、怨霊が近づいて来る度にバキッと鈍い音をたてて水晶が傷ついていく。

(小町から貰ったお守り…そういえば……私が怪我した時も凄い薬で黒いモヤも消えた……よね…?)

 ここ数日、目の前の怨霊が現れなかったこと…このブレスレットの水晶に怨霊を近づけない効果があるなら?追い詰められた真宵は無謀な考えへと至る。

(……このお守りに怨霊を近づけない力があるなら…ブレスレットをおじちゃんに預けて、私が囮になれば……おじちゃんから化物を引き離すこと出来るかも…?)

 真宵は普段の冷静さを失い、藁をもすがる思いで無謀な賭けに出る程まで追い込まれていた。

「やるしか…」

 そう呟くと真宵は匠に水晶のブレスレットを握らせる。

「まっ、真宵ぃ?」

 大切な人が自分のせいで傷つく姿を間近で見て真宵の中で何かが弾け飛んだ。震える脚に気合を込め真宵はゆっくりと立ち上がり手を広げる。

「文句あるなら直接来なよッ!!」

 彼女の言葉に怨霊は奇声をあげベチャグチャベチャグチャと走り出す。怨霊が走り出したと同時に真宵もすごいスピードで走り出した。

(自分のせいで大切な誰かが傷つくなんてッ!嫌だッ!)

 真宵は一心不乱に走った。目的地などないただ自分の体力が続く限り…。大切な人達から怨霊を遠ざける為に、チラッと後ろを振り向くと怨霊もしっかり彼女の跡をつけて来ている。

(そこまで速くないっ!でもどこに逃げれば…!?)

 彼女は国分寺駅北口から南口の方へ向かう途中、多くの人混みを交わしながら進んでいると『国分寺公園へ行け。』どこからともなく男性の声で行き先を指定された気がした。「はいっ!」真宵は無意識に返事をした。

「ハァハァハァァハァァッ!」口と喉の奧が乾き肺が貼り付く。

(走れっ走れっ!!公園まで行けばきっと…!!)

 どこからともなく聞こえた声…気のせいかもしれない指示に彼女は従った…南口の交番を横切り小さな横断歩道を渡る時、車と接触しそうになる「ごめんなさいっ!」真宵は謝りながらも走るのをやめない。後ろを振り向くと、接触し掛けた車の上を怨霊が走り抜ける、怨霊が車の上を通るとバリバリとフロントガラスにヒビが入り運転手は驚いた表情をしているのが微かに見えた。

 体力の限界だったが真宵なんとか国分寺公園に着くもそこには見慣れた広い公園があるだけで何もない。真宵は脚がもつれ公園の真ん中で倒れ込んでしまった。

(もう…無理ぃ………。)

 誰も居ない公園を見渡す…。普段なら散歩している人間や、ジョギングしている人間が少しは居るのだが。今日に限って誰もいない。真宵の中で何か崩れる様な感覚を覚えた。

「ふふふっ…ははははははっ!何やってんだろ?ここに来れば誰か助けてくれるんじゃないかって?都合良すぎでしょっ!??!!?一瞬でもそんな事考えた自分がホント馬ッ鹿みたいっ!!?。」

 力なくその場に座り込む彼女にゆっくりとあの音が聞こえてくる。

 ベチャグチャベチャグチャ発狂暴力女ベチャグチャベチャグチャベチャグチャベチャグチャベチふふふふふふふふっャグチヤリマンャベチャグチャベクソアマチャグチャベチャグチきイィいいいいいいャベチャグチャベ暴力チャグチャメンヘラベチャグチャベチャグチャベチャグチャ発狂暴力女ベチャグチャベチャグチャベチャグチャベチャグチャベチふ発狂ふふふふふふふっャグチヤリマンャベメンヘラチャグチャベクソアマチャグチャベチャグチきイィいいいいいいャベチャグチャベチャグチャメンヘラベチャグチャ。

(おじちゃん…暁…なべちゃん…美雨…小町……ごめんね…。最後に大好きだよって伝えたかった…。)

 怨霊が少しずつ近づいて来る…真宵はボロボロと涙をながしてた。

「ヒグッ…。…ず…ヒグッぎだったよっ…みん…な……。」

 彼女の最後の言葉と同時に多くの手が彼女向けて飛んで来る。死期を悟った真宵は泣き崩れていた。    

(…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………?)

 長い長い沈黙が続いた。いや、本当は一瞬の出来事で今はもうこの世にいないのでは?と真宵は考えた。

(死ぬ時ってこんなに真っ暗で静かで痛みとか何も感じないんだ…)

「何か言った?」

 どこかで聞き覚えのある男の声に真宵はふと我に帰る。

(なに?)

 真宵がゆっくりと顔を上げ。ゆっくりと目を開けた。そこには黒い和服を着用し腰に小刀を備えた白髪の男が怨霊の前に立ち塞がっている。

(………………………だ……………だれ…?)

「気がついた?」

 真宵は少しの時間、呆気に取られていた、生きている事に自覚し始めるとゆっくりと周りを見渡した。淡く光る網目上のドームが男と真宵を取り囲む様に出来ており怨霊の多くの手を弾いたり堰き止めていた。

「落ち着いた?てゆーか君、さっき凄い顔してたよ。ハハハッ。」

 和服の男は小馬鹿にしているかの様に笑う。

 男の態度に少しずつ落ち着きを取り戻していく、真宵は先ほどの、ぐしゃぐしゃな顔を見られていたのだと気がついた瞬間、真宵の顔は徐々に赤面し恥ずかしくなったが……羞恥心は次第に怒りへと変わり彼女の中で何かが弾け飛んだ。

(ハァ〜ッ?!なにッ!?この態度ッ!?人が死ぬかもしれないって状況で!笑ってるッ!??こんなに追い込まれてたのに!この人、姿も現さないで呑気に見てたってことッ!??!?なにッ!?コイツ!??!?)

「$%!?&%$@?:*&%?¥*$#%&〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」

 ブンッ!!と鈍く空を切る音が真宵の拳が男の鳩尾みぞおちを綺麗に捉え、男は「ボふぇぅ」と、どこから出たかわからない嗚咽音が聞こえ男は膝から崩れ落ちる。

「信じらんないッ!!?人が死ぬって思った時にッ!アンタ呑気にボッケ〜って突っ立って見てたの!??」

 ゴフッゴフッと地面に這いつくばりせ返している男に真宵は怒鳴り声をあげ、男は慌てて立ち上がる。

「ちっ、違うんだゴフッツ!確かに君の顔を見て笑ったけども!」

(笑ってたのかよコイツ!!!)

 男の言葉にブンッ!!と鈍く空を切る音と真宵の2発目の拳が炸裂した。

「ホンット最低ッ!最低ッ!!」

「ち、違う、今のは言い間違いっ!僕の術式には発動まで少し時間が掛かるんだよっ!決して君に嫌がらせしてた訳じゃないんだって!!」

 クリーンヒットした拳に再びダウンを取られた男は地面に這いつくばり必死に弁解しようとするが…どうもこの男は一言多いらしい。

「はぁッ!?笑ってたことは否定しないんですねぇ!?そこまでいったら逆に尊敬しますね!」

「いや、ちょっと待って…」

 何かを伝えようとした瞬間、ドーム型の網目上の光に亀裂が入り崩れていく音がした。男の顔は真剣な表情に変わる、真宵の体を男が抱き抱えて猛スピードで怨霊の数多の手をひらりひらりと落ち葉の様に避けて距離をとる。怨霊と距離を置き男は、なにもない空中に網目状模様を描く、すると男の周りから多くの網目模様が出現し、その一つ一つが淡く光り不規則に飛んで来る怨霊の腕の攻撃を次々と受け止めた。

「ふぅー。結界を張り直したから、暫くは凌げるね。うぅ…君、そのフックで世界取れるよ。」

 一呼吸入れると男は真宵をゆっくりと下ろし、真宵に殴られた箇所を摩っている、網目模様の半円型をした「結界」を破ろうと怨霊の猛攻撃が続いていた。

「さて、話を戻すとしよう。僕の術式は相手の動きを止めるたり捕らえたりすることに適しているのだけれど。いきなり敵と対峙して戦うことに対しては不向きでね。君を確実に助ける為にもあらかじめ設置しておく必要があったんだ。まぁ…不安な気持ちにしたことは謝るよ。申し訳ない。」

 最後に謝ると男は頭をポリポリとかいていた。

(術式?なに?知っている前提で話をされても困るんだけど…。)

 遠い目をしている彼女に、何度か表情を窺いつつ男は改めて質問した。

「今度は僕の番。君は泣きながら何を言ったの?」

「えっ、あれは…」

 真宵は言葉に詰まった。「ありがとう」という感謝の言葉を伝える事に大しては抵抗はないのだが…「好き」という愛情表現の言葉を伝える事に何故か恥ずかしくなり伝えられなくなってしまう。ゴモゴモしている真宵に何かを察し男は優しく話す。

「やっぱいいや。」

「ぇっ?」と真宵がほうけていると男は怨霊に向き直しまた空中に網目模様を描き始める。

「多分だけど、さっきの言葉は大切な人に向けて言う言葉なんだろ?だとしたらそれは僕が聞くべきではない、その気持ちを伝えたい人に直接伝えてあげて欲しいな。」

 男はゆっくりと真宵に背を向け空中に格子状の模様を描き出す、縦に4本…横に5本…。彼の行動は真宵には空中に手を振り回している様にしか見えなかった。

「無事に返してあげなきゃね。」

 そう言い放つと男は右手で浮かび上がった模様に手を添えると結界の外の格子状の模様が光り輝き出す。光を確認し男は結界を抜け怨霊目掛けて走り出す。

 怨霊から多くの腕が伸び男に襲い掛かるが、男は正面から向かって来る腕を紙一重で回避し距離を詰めて行く。

 交わし続ける男を見て真宵は何度も小さく悲鳴を上げる。あれほどの数の腕に体を掴まれたらどうなるか…考えたくもない。真宵の心配など気にすることなく男は距離を詰めて行く。

(どんな神経してるの…?)

 何かに気づく真宵は男と怨霊の攻防をよく観察して見ると、結界を出る前に光っていた格子状の光が怨霊の腕と男の体の間に入りギリギリのところで男の体を守っているのが見えた。

(あの網みたいなもので守っている?)

 考えを巡らせていると男は怨霊の背後に回り込み一気に懐に飛び込む。

(捉えた…!)

 男は腰に備えていた小太刀を抜刀し怨霊の大きな胴体に突き刺そうとするが…怨霊の背中から唐突に女の顔が浮かび上がり刃先を歯で食い止める。

(へぇー、個性豊かだねぇー)

 強引に引き抜こうとするも刃を噛み砕かんとする程の力で得物はビクともしない。

「チッ」男は刀を諦め距離を取ろうとすると、怨霊の背中に多くの女性の顔が出現し一斉に奇声を上げ、衝撃波を生み出す。ゴンと鈍い音が辺りに響き、男は壁に打ち付けられる様な激しい痛みと衝撃を受け簡単に吹き飛ばされる。

 男は空中でクルリと体勢を整え着地をすると目の前に光の粒が飛び散り鼻と口から血を流していた、怨霊の猛攻は収まる事なく男を襲う。

「危ないッ!」

 簡単に吹き飛ばされた男を心配し真宵は悲鳴を上げる、攻撃の気配に気づき男はまた距離をとり走り出す。

(いってー…今のは効いたなぁ〜。)

 男は距離を詰めようとするも怨霊の猛攻と奇声の衝撃波でなかなか近づくことが出来ず防戦一方になってしまった。

(んんー、式神無しで戦うのは流石に辛いかなぁ?今回は早期決着に出来なかった俺が悪いな。ていうか走り続けるのはアラフォーにはキッツイわー。)

 反省と同時に策を練る男に怨霊の多くの手が襲う。紙一重で交わし回避した腕の上を伝って再び距離を詰める、多くの女の顔が奇声をあげ衝撃波を出そうとした刹那…

 男は着物の袖口から人型を模した紙を一枚取り出し怨霊に向け投げると、その紙から大きな拳が飛び出し怨霊の大きな体を捉えた。大きな激突音と同時に怨霊の悲鳴が上がる。怨霊の大きな体が宙へと吹き飛び真宵の頭上を越えて地面に叩きつけられ地鳴りと共に大きく揺れる。

「さっきのお返し。」

 男の声が背後から聞こえ真宵が振り返るとそこには棍棒を持ち角を生やした巨人が怨霊に睨みを効かしていた。

「へっ?なに?お、鬼?」

「ふんっ」と鬼が鼻を鳴らすと鬼が真宵に満面の笑みを浮かべる。鬼の笑顔は不思議と親しみやすい顔をしていた。

「ハハハッ、驚いたかい?彼は鬼神。式神の1種だよ。」

「し、式神って?なに?あっ、あなた何者なの?」

 彼女の言葉に男は笑顔で答えた。

「蘆屋道満。陰陽師さ。」

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