第2話 水と泥
湊は目の前の泥の男をキッと睨みつける。
泥の男は湊を冷ややかな目で見やる。まるでどうとでも処理できると言わんばかりに。
しかしよく見れば泥の男は至る所に傷があり、肩を上下させて息をしている。疲弊しているのは誰の目にも明らかだった。
雨がアスファルトに叩きつけられる音だけがあたりに満ちる、大雨にもかかわらず太陽光が雲を貫通し、波紋ができては消えるアスファルトに溜まった雨水がそれを乱反射する。
両者はピタリとも動かない。
打ち付ける雨が、湊の学ランに黒色の斑点を作っていく。
泥の男は湊を見定めようとでもするように睨め附ける。
「同業……者…………か?見ねえ顔だ、誰だてめえ。」
男が発したその言葉は威嚇というよりは偽りのない本音のように聞こえた。
「僕も君がどういう人で、なぜこんなことを……」
湊が言葉を言い終わるより早く泥の弾丸を飛ばす、湊は避けることはおろか、身動き一つできなかった。
「当たる」泥の男はそう確信した。
しかし湊の顔面に直撃せず、見えざる手で捉まれたかのように急停止、かと思えばまるで磁石で引かれた鉄球のように男の顔面に向かって一直線に突進する。
泥の男はスッと横にそれて回避する、その動きに焦りや狼狽は無い。
「それがてめーの能力……という訳……かッ!」
やや怒気をはらんだセリフと共に泥の男が、かの錬金術師のように両の掌を地面に叩きつける。
途端に漆黒のアスファルトが焦茶色の泥に変わる。足が沈み込み、みるみるうちに膝まで沈む。
そしてそれを確認した泥の男はこれで終わったといわんばかりに、湊に背を向けてケースを持って走り出す。
しかしその瞬間何かが太陽光を遮ってできた影によってアスファルトの乱反射が消える。
とっさに振り向くもすでに遅く、泥の底に沈んだはずの少年は泥の男の眼前で少年は、拳を固めて肘を曲げ、肩の後ろへ、足は前後に大きく開き、左手は開いて体の前へ。
これ以上ないまでに分かりやすい、人を殴るための予備動作。
直後、洩矢湊の拳が完全に無防備な泥の男の顔面へ叩き込まれる。
泥の男は背後に吹っ飛び、衝撃でケースから手を放す。
解放されたケースは濡れた地面を滑って洩矢湊の足元へ。
泥の男はすぐに立ち上がり反撃を試みる、が徐に耳に手を当てると、少し顔をしかめそれから「分かった」とだけ言い、泥の男はあっけなく逃走した
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「本ッ当にありがとう!君がケースを拾ってくれなければ今頃どうなっていたことか!君は超能力研究の歴史を救ったんだ!」
泥の弾丸を受けて気絶していた隊員風の男はすっかり回復し、他の隊員風達も撤収作業を進めている。
「いやぁ、そんな、どういたしまして?」
湊は照れ臭そうに答えるが、満更でも無さそうだ。
湊は、「はい」とケースを渡す。
しかし男は受け取るや否や、何度もケースを持ち上げたり、耳元で振ったりするたびにその顔からサーッと血の気が引いていくのがわかる。
男が乱暴にケースを開け放つ、つけられているロックの類いはすべて破壊されているらしかった。
中身は空、本来は何かが入っていたと思わせるスペースだけがそこにあった。
「う〜〜ん、まぁいっか!どうせ偽物だったし!」
「えぇ!?」
男は別になんでもないように言う。
「だって本物ならこんなザル警備なわけないからね。」
そのまま男は軍用車のようなジープに乗って立ち去り、その場には湊だけが残されていた。
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この洩矢湊はいわゆる不良のレッテルを貼られている。現在進行形で。
あんな事を登校中にしたものだから当然学校に着いた頃には入学式などスデに終わっており、慌てて張り出されていたクラスの名簿表を確認し、クラスに直行するも僕を除いて全員着席、僕の高校生活は限りなく最悪に近い形で始まってしまった。
そうして絶望的な気分だけが晴れないまま、初日から午後四時半までの時間割が終わり、その後職員室での今朝の遅刻についての報告と聴取を終え、さぁ帰ろうかというところで呼び止められた。
相手の腕には『風紀委員』の腕章、その胸元には最高学年である事を示す緋色のリボンタイと、最上位の異能生徒であることを表す六芒星の校章。
「あなたが洩矢湊君ね、私は風紀委員長の神鏡羅欄花貴方をスカウトしに来たわ。」
『洩矢湊』
この春入学した新高校一年生(新もくそもないと思うが)
水を操る異能力(父親からの遺伝)を持つ
訳あって家族とは離れて(家賃17kのアパートで)暮らしている、