出家――3
そしてシッダールタは、日に一食を摂り、また半月一月に一食を摂り、足を組み、威厳を正して坐り、雨風、雷にもめげず、ただ黙然と修行に励んだ。
ある時は歯と歯を噛み合わせ、上顎に舌を引きつけて心を制え、あたかも力の強い人に押し伏せられたかのように両脇から汗を流した。けれども精進の心は退がず、正しい念は乱れないで、かえって元気に満ち、その大きな苦に勇み立った。
またある時は、無息の禅定を修めて、口と鼻の呼吸を止めると、内にこもった息は凄まじい音をたてて耳から流れ出た。ちょうどそれは、鍛冶屋の鞴のような音であった。
それからなお進んで耳の呼吸まで止めると、烈しい風気が頭の頂を衝き上げるので、鋭い刃に突き刺されるようだった。
別の時には、内の風気が陶器の破片で刺すように激しい頭痛を起こし、さらにある時は鋭い庖丁でえぐるように腹を刺し、燃える炭火に身を投げ入れるような烈しい熱を起した。
しかし、シッダールタの心は少しも退がない。
これを見て、ある者はゴータマは死んだと思い、別の者はやがて死ぬであろうと思い、また他の者は覚をひらいて聖者の生活に入ったのであろうと考えた。
彼はさらに苦行を進めて、断食をしようと思いたった。
わずかばかりの豆小豆の類を摂るのみだったので、身体が見る見る痩せてきた。手足は枯葦のよう、臀は駱駝の背のよう、そして背骨は編んだ縄のように顕れ、肋骨は腐った古家の垂木のように突きいで、頭の皮膚は熟しきらない瓢箪が陽に晒されたように皺んでき、ただ瞳のみは落ち窪んで深い井戸に宿った星のように耀いている。
腹の皮をさすれば背骨をつかみ、背骨をさすれば腹の皮が掴める。立とうとすればよろめいて倒れ、根の腐った毛は、はらはらと抜け落ちる。
(過ぎし世のいかなる出家も行者も、または今の世、来るべき世の如何なる出家も行者も、これより上の烈しい苦を受けたものはないであろう)
と、彼は思う。
このようにシッダールタは、最も過酷な苦行を修めただけでなく、すべての習慣を破ったのだった。
たとえば、食事の後に手を洗うかわりに、これを舐め、「御入りなさい、御持ちなさい」といって勧める施は斥け、自分を名指しして持ってきた食物は食べない。また招待は受けないし、犬の住む家や蝿の群がる家の食は取らない。魚肉は食わず、酒は用いず、日に一食、二日に一食、七日に一食して、次第に食を減らして半月、食を断ち、そして秕稲、籾殻、糠、水草、腐った果実の類を食べた。衣服としては荒布、経衣、糞掃衣、樹の皮、獣の皮をつけ、髭や髪を抜く苦行、常に立ち、常にうずくまり、棘の床に臥す苦行、身に油を塗って塵埃を浴び薪を積んで体を炙る苦行、また水に入って寒さに耐える苦行など、すべてその肉体を苦しめるあらゆる苦行を修めた。
幾年かの塵垢は触れもせずに落ち、膚は艶が消えて青黒くなり、古苔の生えた樹の色のようになっていた。殺生を慎んで小虫さえ踏まず、隠遁して人からかくれ、牛飼い、草刈、樵夫すら避けて、林の奥へ遁げたのだった。
シッダールタはまた、屍や骨の散らばり積まれた墓場を夜の宿りとした。牧羊者の子供たちが彼を見つけて、唾を吐きかけ、泥を投げつけ、または木の枝を取って耳に挿しこんだ。しかし、心は少しも怒りを感じなかった。
このような様子を見て、人はシッダールタを『釈迦族の聖者[釈迦牟尼]』と呼んだ。けれども、為しがたいことを為したにも拘わらず、超世の法は得られなかった。そして彼は、これらの行が解脱へ導き、苦根をなくし、浄い智慧に達するものではないことを知った。




