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ブラッキィの話

話し合いが終わった後、キール・デリとザイナス、それにリンデン氏はブラッキィとともにまだ部屋に残っていた。ザイナスはブラッキィが覚えていた文章をしゃべらせる。

ブラッキィが話した言葉はキール・デリの実験に関することだった。


菩提樹の下には秘密がある

けれど菩提樹は何も知らない


この言葉にリンデン氏は考え込んでしまうのだった。

 話し合いが終わり、会議室からぞろぞろと一同が出て行った後のことである。キール・デリとザイナス、それにリンデン氏はブラッキィとともにまだ部屋に残っていた。マネージャーは別の場所で、各所へ今後の調整の連絡をしていた。

「いいか、ブラッキィ。ちゃんと言うんだぞ」

 ザイナスが言った。

「おぼえたからだいじょうぶだ」

 キール・デリもリンデン氏も何が始まるのかと思って、じっとテーブルに上げられたブラッキィのことを見ている。ザイナスはパン、と両手を叩いた。うたうようにブラッキィがしゃべりだす。



 わーれんがぜんぶしっている おれのことも きーるのことも


 データはみっつに分けられた

 ひとつはきーる ひとつはぶらっきぃ そしてもうひとつはわーれんとすみのふに


 つくったのはえんらい・こーだ

 

 菩提樹の下には秘密がある

 けれど菩提樹は何も知らない


 わーれんとすみのふは秘密の実験にとりかかる

 キーワードはきーる・でり


 ぶらっきぃがうさぎだったころ

 わーれんは科学者たちにこういった

 「動物のデータはどうなった」

 科学者たちはおっかなびっくり

 あわててうさぎに処置をする


 ぜんぶで5羽

 しろくろちゃいろだんだらもようにぐれーのふさふさ

 でもぜんぶ失敗

 しんじゃった


 くろだけが意識を取り戻した

 そしてそこから逃げ出した


 ぶらっきぃのはなしはこれで全部

 これでおしまい 



 リンデン氏はうなり、キール・デリは驚いてしまった。こんな長文をブラッキィがしゃべるとは思わなかったのである。ブラッキィはしゃべり終わるとザイナスの顔を見た。ザイナスはポケットから小さい缶を出し、そこからクッキーをひとつ取り出してブラッキィにやった。

「キール、お前は本当に連れて歩いているだけだったんだな」

 なんともいえない表情でザイナスは言った。クッキーを食べきってしまったブラッキィは他に何かないか探している。ザイナスはもうひとつクッキーを出し、ブラッキィに渡した。

「この文章は何だね」

 リンデン氏の質問にザイナスは答えた。

「リンデンさんに会いに行った帰りに、突然車の中でしゃべりだしたんです。それでメモって教え込んだんですよ。サラティア社の実験動物だったらしいという話は、以前キールに聞きました。だからきっと何か分かると思って」

 ザイナスはクッキーの缶を振った。

「それにキールに言わなきゃならないって言うんで、すぐ忘れるからこうしたんです」

 キール・デリはブラッキィを抱き上げた。ふんふんいう鼻息が顔にかかる。

「最初だけ聞いたことがある。そこから先は分からないって言ったんだ。その時もリンデンさんに会った後だった」

 彼はブラッキィをリュックに入れようとして、そのリュックがないことを思い出した。来る時はザイナスが持ってきたカゴに入れてきたのである。その様子を見たザイナスが言った。

「荷物は来る前に病院に置いてきた。そのカゴはやるよ」

「ありがとう、ザイナス」

 リンデン氏はブラッキィのことを見て、考え込むように言った。

「菩提樹の下には秘密がある、けれど菩提樹は何も知らない、か。まだ何かあるのかね。私はエンライから何も預かっておらんのだ。一応、机とロッカーをさらってみるが、あまり期待しないでくれたまえ。それはそうと、少しブラッキィ君を見せてくれないかね」

 リンデン氏は手を伸ばし、キール・デリからブラッキィを受け取った。首筋のコードとチップを確認し、全身をチェックする。

「チップが二つ入っているな。通常は一枚だ。キール君、気づかなかったか」

 聞かれてキール・デリは言った。

「俺は全然知らないから、そういうものだと思ってた。医者に見せても何も言ってなかったしさ。珍しいチップを使っているとは言ってたな」

「ふむ」

 リンデン氏はブラッキィをキール・デリに返すと言った。

「親生体素子のことだろう。容量は大きくないから疑問に思わなかったのかもしれん。ザイナス君は気づかなかったかね」

 そう言われてザイナスは答えた。

「迷子札かと思ってました。よく犬や猫についているあれかと。動物を飼っている家はみんなつけてましたから」

 リンデン氏はややあきれたようだった。

「思ったより君達は抜けておるな。何も知らなかったというキール君はともかく、ザイナス君、実験動物に迷子札はつかんよ。それにキール君が迷子札をつけるような飼い主に見えるかね」

 ザイナスはキール・デリの顔を見た。微妙な間をおいてザイナスは答えた。

「確かに」

 リンデン氏は二人の顔を見て、こう言った。

「まずブラッキィ君自体のゲノム解析が必要だ。さっきの話が本当ならな。それになぜ彼はこんな情報を知っておるのかね」

 リンデン氏は言った。

「おそらく片方のチップは何の働きもしておらん。取り出して何の情報が入っているのか確認したほうがいい。できればもう片方も読み出しをしたいが、その間ブラッキィ君はただのうさぎに戻ってしまうぞ。キール君、どうするかね」

「どうするって……」

 キール・デリは口ごもった。 

「リンデンさん、それで何が分かるんだ」

 リンデン氏が答える。

「たぶんだが、エンライが本当は何をつくったのかが分かるだろう。データは三つに分けられたんだよ、キール君。うち二つは、それぞれ#5と#11になった。最後のひとつはまだ何にもなっていない。私は#5も#11も、エンライの出した答えではないように思う。どちらも未完成品だ」

「未完成品?」

 思わずキール・デリは聞き返した。リンデン氏は言った。

「君の解析表を見せてもらったが、エンライの提出した異種化RNA設計仕様書とは少し違っておる。#11はそれが基になっておるが、ところどころ変更があった。性別が変えられていたりとかな。しかしどちらもエンライが追求していたものとは違うように思うのだよ。現にキール君、きみは#5のナンバリングではあるがウォールナッツ・ブレインの形態ではない。エンライならばパーフェクトな形になった時点で作成にかかるはずだ」

 先ほどから話を聞いていたザイナスが言った。

「なぜです。エンライ氏はウォールナッツ・ブレインに反対だったと聞きました。それならば途中で研究をやめればいいと思うんです。会社だって辞めてしまえばいい。なぜ研究をやめず、こんな面倒なことをするんですか。俺には理解できません」

「業だよ、ザイナス君」

 静かにリンデン氏は言った。

「研究者の業だ。どこまでやれるか、何ができるのか夢中になってしまうんだ。これだけのことをさせてくれる環境もなかなかない。その結果がキール君や伯爵だよ。やるだけやっといて制御できん。力づくで押さえつけることももはや不可能だ。相手は生きているのだから当たり前なんだが、そこが分からない。君と違ってそこらへんの想像力にひどく欠けているのだよ、我々はな」

 キール・デリはさっき言われたことを思い返した。ルドワイヤン博士は笑っていたが、彼にはそれなりにショックであった。

「化け物だとさ。そうしたのはいったい誰なんだよ」

 彼は置いてあった松葉杖を取り上げた。ブラッキィももらったカゴに入れる。眠くなったらしく、ブラッキィはおとなしく小さなカゴに収まった。

「ブラッキィは死んだりしないのか」

 そう言ったキール・デリにリンデン氏は答えた。

「それはない。親生体素子だから作業中に替えのチップを入れておくことになるが、それだけだ。しゃべらんし見ててもつまらんとは思うがね」

「いくらかかるんだ」

「まあ、このくらいかね。示談金の額からすればどうってこともなかろう」

 リンデン氏はざっと金額を示した。キール・デリはうなずく。その時、コンコン、とドアがノックされた。

「入るぞ」

 ドアを開けて入ってきたのはオラディア公とホーバーだった。ホーバーはリンデン氏とザイナスに軽く頭を下げた。

「あんまり遅いんで迎えに来た。俺だけでいいって言ったんだが、ホーバーが気にしてな。歩けねえんじゃねえかってよ」

 リンデン氏はオラディア公のことを思わずじっと見てしまった。専務との電話が頭をよぎったのである。

「なんだよ、俺の顔に何かついてるか」

「いや、失礼。何でもない」

 ザイナスが不思議そうな表情になる。

「どうしたんですか、リンデンさん」

「いや、まあ……」

 結局、リンデン氏は好奇心に勝てず、小声で目の前にいるキール・デリに聞いてしまった。

「キール君、あの、そんなことはないと思うんだが、彼は吸血鬼なのかね。さっき専務に電話した時に、その名前はそうだと言われたんだが……いや、真に受けているわけではないんだが、どうも気になってな」

 ザイナスも横で話を聞いていた。キール・デリは少し悩んだが、思い切って言うことにした。

「そう。伯爵と違って本物。俺もなんであいつがここにいるのかよく分からないんだけど」

 ザイナスがため息をついた。

「お前、どうしてそういう知り合いしかいないんだ……っていうよりどうやって知り合いになったんだ。そっちのほうが疑問だぞ」

 キール・デリは素直に白状することにした。もうこれ以上ザイナスも驚くことはあるまいと思ったのである。

「誰もいないって言われた山城に行ったらいたんだよ。幽霊退治を手伝わされて死にかけた」

 死にかけたというより殺されかけたと言ったほうが妥当であろう。

「それで、楽器を壊したんでじいさんの紹介をもらったんだ」

 ザイナスは考え込んでしまった。オラディア公の荒っぽさとキール・デリの行動からいって、死にかけて楽器を壊したということは、何があったのかはだいたい想像がつく。その結果が瑚老人のヴァイオリンならば、キール・デリはけっこうな恩を彼に売ったのであろう。

「だけどなあ」

 いくら自分とは環境も育ちも違うとはいえ、そんなことでいいのだろうか。いや、自分のまわりにいるのは、あのサラティア社の隊長が嫌がるようなメンツばかりである。そう思うとキール・デリが音楽ホールを潰してしまったというのは理解できるのだが、逆になぜ彼が楽器を持って歩いているのかが分からなくなるのだった。

「仕方がないのかもしれないな」

「ザイナス、何がだ」

 ごそごそと話をしているうちに、オラディア公は入口のドアを全開にしてストッパーで止めた。おい、とキール・デリに声をかける。

「歩けるか。無理なら担いでいくからな」

 ホーバーがブラッキィと松葉杖を持って待っていた。もう戻りましょう、とキール・デリに言う。

「薬で抑えているだけですから、あまり無理するとまた寝込みますよ。伯爵と二人分の看護は嫌ですからね」

「また? あの人、本当に弱いんだな」

 言いながらキール・デリは椅子から立ち上がった。ホーバーが松葉杖を渡す。

「今日はずいぶん無理をしましたからね。いつもならこの半分の時間でダウンですよ。ここは設備もないからモニタリングもできませんし、本当に本人しだいです」

「そのたびに俺が担いでいくんだ。もう城に戻りたいんだが、しょうがねえ。よく山まで来たよ」

 キール・デリは杖を支えに立つとリンデン氏に言った。

「ブラッキィのことはどうしたらいいんだ」

「手配が取れたら連絡しよう。なに、また見舞いにくる。書類も書いてもらわんといかんし」

 オラディア公がせっつく。

「とっとと歩けよ、半人。点滴しねえと倒れんぞ」

「うるせえ。歩けねえんだよ」

 キール・デリが言い返すと、オラディア公はさっと片方の松葉杖を取り上げた。片手を出してよろける彼を素早く支える。

「めんどくせえな。担いでいく」

 そのまま肩に担ぎ上げる。ホーバーが松葉杖を受け取った。

「そいつがザイナスでそっち、リンデンさんだっけか。じゃあまたな」

 彼はキール・デリを担ぎ上げたまま、さっさと歩いて部屋を出てしまった。後からホーバーがストッパーを外し、二人に挨拶して急いで追いかけて行く。

「ちょっと公、待ってくださいよ。なんでそんなに歩くの早いんですか」

 途中でキール・デリの叫び声が聞こえた。

「いてえよ、そこ骨折れてんだ。怪我人なんだから大事にしろよ」

「やかましい。暴れんじゃねえよ」

 騒がしく彼らは出て行った。彼らと入れ替わりに、ザイナスのマネージャーが戻ってくる。珍しく驚いた顔だった。

「何かものすごいものを見ましたが……あの、ロニセラから来たとかいう彼は何者なんです。ほぼ同じ体格のキールくんを、引っ担いで歩いてましたよ」

 ザイナスとリンデン氏は顔を見合わせた。どう説明したらいいのか分からなかったからである。

 

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