焔のアバター
僕はずっとなりたい物がなかった。
将来の夢もなければ、特になりたい人物像など思い当たる節がなかった。強いて言うなら、凡人が将来の夢だった。
もちろん、先生にはこっぴどく叱られた。凡人になりたいと言う生徒は教師からすると脅威的な存在らしい。
僕は不幸も幸せも興味がなく、悪党でなければ、善人でもなかった。イジメることはなければ、イジメられることもなく、良いタイミングでイジメっ子を助け、タイミングが悪ければ見捨てていた。
ただゲームは好きで唯一、自分を表現できる場だった。
ゲームの中では僕は何にでもなれたし、自由気ままに旅ができた。ゲームの世界にずっと浸っていたいと思うこともしばしばあった。
僕はネカマでAZSaという女の名を使って好きにプレイしていた。
告白されることも度々あったが、無下に断った。僕の中で恋愛=気持ち悪いというイメージが根付いていた。それは多分、恋愛を悪く言う兄のせいと言っても過言ではないだろう。あの人は彼女に捨てられてばかりなのだ。貢ぎまくって捨てられる兄を見ていると恋など冷めるというものである。
友達はいるにはいた。僕と土屋と大佐は幼馴染みでよく遊んでいた。土屋も大佐も本名ではないが、プライバシーのため伏せておこう。僕はそういう人間なのだ。
ある日、土屋が雑誌を持って来た。一瞬、グラビア雑誌かと思って期待したが、今、旬のゲーム情報の雑誌だった。注意して欲しいことはこんな僕でも性欲はあるのだ。
「もっとエロいの持って来いよな」
僕の憎まれ口に対して、大佐は無視した。
「おお!!3年前から期待されてたMMORPGVRじゃねえか!」
大佐のボサボサの髪がフワッと浮き、そういうところが女子ウケしているのだろうなと思う。
土屋はニンマリと笑って、頷く。
「ようやく今月末に発売なんだよ。夢之も大佐もやるだろ」
僕は素早く「マジか」と条件反射で答えた。
「え、え、え、なになに?MMORPG初のVRだと!?ヤバいな」
土屋も大佐も僕の反応に満足した様子だった。いつも無気力な僕を興奮させるのに彼らは結構、努力している。
「しかもな」と土屋が言う。
「ゲームの中の品を持って来れるんだよ」
僕はポカーンと口を開け、土屋を見つめた。きっとからかっているに違いない。それが本当だとしたら、ゲームだけで食べていけるではないか。
「マシな嘘、思い付かなかったのか」
「それがよお」
次は大佐が肘を突いて来る。
「このゲーム、マジもんで、死んだら、しばらくプレイできないペナルティが付くらしいんだぜ。その代わり、ポーションとか花とか現実世界に持って来れるんだとよ」
僕はワクワクし出した。
「そいつはヤバいぜ。価格は5万?8万?」
気まずそうに土屋と大佐が顔を見合わせる。
僕は急に冷めた。
大佐が慌てた様子で言った。
「30万だが、この3人で出し合おう。1人10万ずつだ」
僕は激昂した。
「10万も用意できる訳ない。アルバイトでもするのか。土屋も大佐もそうだろ。いきなり10万なんて大金ある訳ないんだ」
話はそれで打ち切りとなった。
半年後、僕の誕生日、両親から例のゲームを買って貰った。
凄く嬉しい反面、疾しい想いを抱く。息子はもう帰って来ないのだ。僕はゲームを手に入れたら現実に帰らなくなるよう考えていた。
飲食も排泄もゲームの中で体験できる。言わばもう、現実に帰る必要すらないのだ。死んだ時以外は。
僕は焔のアバターを選んだ。いつもは目立たないよう気を付けている僕だけど、ゲームの世界ぐらい華やかでいたかったのだ。
顔面に紅い蝶の仮面が右半分だけに付いている。紅い淵に黒い透けた羽根が背中に付いており、女プレイヤーの嫉妬心を浴びているのが気持ち良かった。
僕は相変わらずAZSaという名前でプレイしていた。
土屋と大佐と待ち合わせしていたが、2人共遅い。
僕がいるのは人々の行き交う街の噴水の倉庫番の近くのはずが、段々、視界が遠くなっていく。
いきなり暗闇に放り出され、目が覚めた。
だが、妙な感覚だ。左眼が見えない。背中の骨も痛い。吐き気がして、咄嗟に口を抑えた。そのまま、トイレに駆け込む。一気に吐瀉物をトイレの中に溜めて、流し、咳き込んだ。
あまりにも咳き込み過ぎて、血が付着する。
洗面台を見た途端にギョッとする。
顔面が右半分、蝶型に抉れている。
背中も羽根が付いていた箇所が抉れていた。
僕は何者にもなりたくなかったのではない。本当は、ゲームの中で死にたかったのだ。夢は叶いそうだ。
僕は、再び、ゲームの世界に入り込んだ。
次は確実に死ぬため、心臓を改造すればいいだろう。
AZSaらしく生きる。僕など元からいなかったのだ。
全く凡人らしくない。
凡人に憧れる変質者。それが僕。
これから死ぬため優雅にアバターを選んでいこう。
もちろん、焔のアバターシリーズが1番カッコいい。