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第5話「羽ばたく鳥たち」

「誕生日おめでとうございま~すっ! 私とシーナ特製の手作りケーキでーすっ!」


 そう騒がしげに祝われたのは、4月22日のリラの誕生日だった。リラたちにも全員固有の誕生日があった。キーナは11月13日、シーナは5月16日、モナは2月1日。サニーは8月1日……。


 そして、


「そんな悠長なこと、とっとと終わらせて戦闘訓練するわよ! リラ!」


 そう叫ぶのは今日から監視員兼戦闘員として配置された学生時代の友人、カスミだ。共和国では若者が多く配置されるのだが、共和国は若者の方が圧倒的に多い。元老院がいなければ老人の肩身は狭かっただろう。


 確かにカスミの言う通り戦闘訓練はそれなりに急を要する事態となっていた。しかしそれだけが必要なわけではないのだ。


「いいから、極地戦闘員として国の安全を守ってきた私たちに少しは敬意を払ったら?」


「わっ、私だって中央で戦闘に関する応用研究にいそしんでたんだから! 祝ってほしかったら戦闘訓練で私を倒してからにしなさい」


「本当にそれでいいの? 中央で事務仕事にいそしんでたあなたと極地で戦闘を積み続けた私、どちらに軍配が上がるかは火を見るより明らかじゃない?」


 リラは調子よく言った。するとカスミは顔を赤くして


「事務ッ……、いいわ、望むところよ! このあと戦闘訓練をしたときあんたが負けたら私の部下になってもらおうかしら!」


「それは無理ね、このケーキをかけるわ。キーナとシーナ特製のケーキは抜群においしいのよ? ねえ、モナ?」


 髪の長いおっとりした紫髪のモナが答える「そうですね。ふたりは器用ですから」


「ケーキ~? ったく、仕方ないわね。まあそう簡単に役職が変えられるわけでもないし、負けてあげるわ。ただし、あんたの分はなしだからね。準備が整ったときには早速戦闘訓練よ」


 そういってカスミは怒りの矛を収めた。リラは相変わらずけんかっ早いのやら自分に正直でないのやら、と内心苦笑していた。






「全員揃ってるわね」リラが確認するでもなく、シーナ・キーナ・モナの三人はすでに談話室に集まっていた。「キーナ、最近報告することあった?」


 キーナは座っているイスのひじ掛けに頬杖をついていった。


「この前友達と話してたらね、運悪く元老院の検閲が入っちゃってさ。それでその友人とは相性が悪いから離れなさいって言われちゃった。もう最悪。こうして付き合ってるんだから相性悪いわけないでしょって話」


 三人は笑った。


 リラは立ったまま尋ねた。


「仮想空間で話していたの? なかなか嫌なタイミングで出くわしたね」


「そう。検閲もひどいもんだよねえ」と心底飽き飽きした風につぶやいた。「そういえばシーナもそんなことなかったっけ? 気のせい?」


「え? あったかもしれないけど……、そんなにチャットしないから」


「シーナは冷めてるねえ。一人で買い物してても物足りないでしょ」


「別に」


「まったく」とキーナは呆れて見せた。


「でもやっぱり」とリラは言った。「元老院はロクなもんじゃないわね、本人たちがじきじきに監視しているわけではないだろうけど。……ないに越したことはない」


 談話室の中に沈黙が下りた。三人は顔を下に向けて黙った。元老院をじれったく思っているのはリラ個人の話ではないのだ、国民全員の問題だ。約三年前に突然始まった独裁体制。それが元老院なのだ。




 リラが重苦しい空気を割って語りだした。


「だから私決意したの。もちろん他にもいろいろ考えた結果なんだけど、もはや他に方法はないと思う」


「リラさん、それってまさか……」とモナ。そこに普段のおっとりさはほとんどない。


「クーデターよ、それももちろん私たち軍部主導での」


「まさか!」と普段は静かなシーナが思わず叫んだ。「それじゃ軍部が代わりに独裁をするっていうんですか!? 一体だれが軍全体を指揮するんですか!? そ、それでプラマ公国はどう思うと思っているんですか!?」シーナの声は震えていた。


「シーナ」キーナがなだめた。


「元老院は私たちが直接手を下したいと思っている。それが突飛な話だってことはわかってる。でも他に方法があると思う? まさかプラマ公国の軍門に下るなんて……国民が黙ってないわ。私たち以外にこの現状を変えられる存在はありえない。そうでしょう? あなたたちには迷惑をかけると思う。できるだけ被害が少ないように作戦は練ってる。指揮はとる必要はないわ。もうプラマ公国の攻撃がくるって街中大騒ぎになり始めたのは知ってるでしょ?」


 三人は押し黙ってしまった。


「私が率先して不意打ちを食らわせる。だから大きな組織を動かす必要はない。それに私には考えがあるわ。そこに関して心配する必要はない。必ずうまくやれる。その確信がある。絶対にうまくいく方法がある。だから心配しなくていい。これはリラ大尉のじきじきのお言葉として受け取っておきなさい。クーデター後はその立役者が臨時大統領になる。そのあとはそのあとでうまくいくようにするわ。だから」


 リラは立ち上がり、ゆっくりと目の前の三人を見回した。


「私を信じて。信じられない者は手を挙げなさい。遠慮はいらない」


 しばらく待っても手を挙げるものは誰もいなかった。プラマ公国の攻撃が迫っている以上、身内で争っている余裕などなかった。


「それでよし。決行日は後日通達する。このことは誰にも口外しないこと。くれぐれも内々にことを進めるように。ことが成るその時まで……」


 そのとき、ドアの外の人影は誰にも知られずその場から立ち去った。






 4月24日の朝はすがすがしい天気が広がっていた。基地からのその天気はまるで天上の景色かと思われた。こんな景色を見ると、人々は真っ暗な宙そらにもこんな空が広がっているのかと夢想する。あたかも飛ぶべき空を奪われた籠の鳥のように。




 ラダイトたちに修理をさせながら、修理工でもあるモナが慣れた手つきで最終確認をこなしていく。リラとカスミの真剣勝負だ。機体にトラブルがあれば二人で大喧嘩になること間違いなしである。モナは命をかけて戦ういつものように、真剣に整備を行った。




「あぁんたが負けたらあのケーキは全部あたしのもんだかんね! 誕生日のあんたにゃわるいけど」


「ずいぶんノリノリじゃない。あのときはたいして興味なさそうになかったのに」


「はあぁ?! どこがノリノリだっていうのよ!」とカスミが乗り出す。「あんたに負けたら中佐の名折れだってだけよ。ふん、大尉のあんたとはわけが違うってことを見せつけてやるの」


「国を守ってる大尉とお上で引きこもりやってる中佐のどちらがいいかは議論の余地がありそうね」


「ぐぅぅう」カスミはうなった。


「すべてチェック終わりましたよ、リラさん、カスミさん」とモナが喧嘩を仲裁するようにタイミングよく報告した。


 リラは黒い手袋をはめながら勝ち誇ったようにカスミを見下ろした。


「ぜっっったいあんたには負けないから」


 リラは小さく鼻で笑った。カスミが気づかない程度に。


「んじゃ、春の戦闘訓練特別版、いってらっしゃ~い」


「キーナ、説明何もしてないでしょ」


「そうでした」


 とぼけたようなしぐさでキーナは微笑んだ。


「これから行う戦闘訓練はそれぞれの実践用機体で行います」シーナは続ける。「ここから9km先にある弾いれ用ポールに模擬弾をより多く撃ち込んだ方が勝ち。制限時間は50分間。もちろん模擬弾の命中を盾などで妨害することもルールの範囲内です。そして機体同士の撃ち合いも許可されます。威力は実弾銃の1/3、爆発による至近弾にも気を付けてください。フィールドはポールを中心とした半径8kmの円の内部、上空や海中に関しては海面から3kmまで。レーダーはそれぞれの機体の性能に準じますが、制限時間中計25分間の電波妨害が行われます。ただし発射された弾から発せられる電磁波は無条件にキャッチ可能ですのでうまく活用してください。訓練規則の説明は以上です。何か質問はありますか」


 シーナの淡白な説明にキーナは苦笑いしていたが、戦闘へ向かう二人はそれぞれ命を懸けた戦いへ向かう戦士のような面持ちで、二人なりに緊張、集中している様子だった。


「それではお二方とも、自機へ搭乗してください。戦闘開始です」


 そうシーナが静かに告げると、二人は静かに目を見合わせてから、決別してそれぞれの機体へ乗り込んだ。それとともに、空を飛んでいた戦闘機発着場のゲートが開いた。すさまじい風が五人の髪を激しくすいた。


 まばゆい光の中へ、二機はほぼ同じタイミングで急発進した。そのままあっという間にポールから8km圏内へ進入した。


「戦闘開始……」シーナは改めてそう言い、50分間の戦闘が始まった。

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