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第4話「リラが知ったはじめての星」

 サニーはコロニーの穴を見据えた。夕方でも真っ暗闇の穴を。そこには星ひとつない宇宙空間が口を開いていた。


 星なき宇宙。それがあたり前ではない世界があるのならーーリラは想像した。私はその世界に行くだろうか。いつか連れて行ってもらったプラネタリウムのような、星々がそこら中に広がる世界に。リラにはよくわからなかった。そんな世界が存在するのかどうか。存在するといわれて果たして信じられるかどうか。


 この世界が五分前に作られたとしたらーーそんな思考実験をした人がいたとしたら、この世界を見たらなんというだろうか。全く逆のことを言うだろうか? この世界が三年以上前に作られたとしても何もおかしくはないと。


 この世界は余りにも若い。若すぎる。そのせいで人が老いることが本当なのか、人が死ぬというのが本当なのか……。そのような知識はあれど、老いていく人も死んでいく人もまれでしかない。事故死を除外すればゼロだ。




 この世界に星があるのなら、私も見てみたい、この目で。




「あなたはずっと世界の膜のうちにいるつもりなの……?」


「もし膜がなくなる方法があるのなら、私はきっとその方法を取るつもり。それがこの世界で生きるってことだと思うから」


 すずしい風が二人の間を吹き抜けた。そんな風に吹かれて、サニーはどこか寂しげな目で太陽を見た。


「確かにこの世界で生きることは簡単ではないわ。でも、私はそんな世界で生まれた。そしてそんな世界で生きているの。この世界に不満があるのなら、この世界を変えるしかないじゃない」リラは言った。


「わたし夢を見たの」サニーは言う。「人類全員が幸せそうに生きている世界の夢を。私はそんな世界を夢見て生きていた。もしそんな世界があるとしたら、行きたいとは思わない? リラ……」


「言ったじゃない。三年以上前の記憶もなくって、空に星の一つもない。それでも私はここに生をうけた。そしてこの世界はまだ、きっと生まれたばかりでいくらでも変わりようがある。だったら、私はこの世界を変えたい。あなたが死んでしまったこの世界を、あなたが死んでしまった時よりもずっと、あなたがびっくりするくらい立派な世界に変えて、そうしてあなたに見せてあげる。人類全員が幸せそうに生きている世界を。そんな簡単にできる世界じゃないかもしれないけれど、私がその礎を築く。だから、私はこの世界を生きる必ず生き抜いて見せる。私があなたと同じ景色を見るのはきっとその時になってからね。この世界を立派に生き抜いて、膜の外、そこにはきっときれいな星々が輝いているんでしょう? そしてそんな世界についてもっと深く知ることができる。それも悪くないと思うの」


 夕日は二人が話し込んでいるうちにどんどん暗くなっていった。黒みがかった色になっていった。少し肌寒くなって、リラは肌をさすった。


「そうだ」リラは言う。「この前のたくさんのボディとは何か関係があるの? サニー……の亡霊さん? あのときの監視カメラの映像にはあなたは確かに映っていなかった。それに……、元老院の連中とは? 何か関係があったりしない? 亡霊さん?」


 リラは右側に座っているサニーにおだやかな声をかけた。サニーは静かに口を開いた。


「わたしたちが嫌いな元老院とは関係ないわ。あのたくさんのボディ達は、きっとわかるときが来るわ、リラ」


 そういうサニーの声はとても静かだった。わずかに寄せては返す波のように、静かだった。


「あなたがそう決意しているのなら、私の出番は無さそうね」


 サニーはそういうと静かに立ち上がった。制服のスカートから砂を軽く払った。それが風に揺れた。


 サニーは弱い風が吹き始めるように、静かに話し始めた。


「私もこの世界のことは嫌いじゃないわ。あなたのような人がいる限りね。でも私は幕の外の世界が昔から気になって仕方がなかったの。そんな私にはそういう場所がお似合いなのよね」


 そういうと、サニーは衣擦れの音をさせながら、スカートのポケットから何かを取り出そうとした。


「リラ、あなたがそういうつもりなら、私もおとなしく待っていることにするわ。だから楽しい人生を送って。それが私にとってもうれしいことだから」


「サニー?」


「あなたの決意を私は否定しないし、きっとそれも一つの正解なんだわ。だからね、リラ、私そろそろ戻ることにするわ。私そもそも死んでるしね。門外漢なんだから」


「サ、サニー? どうしたの? なにをするつもり? わたしはまだあなたを見捨てたりなんかしない。してあげられることがあれば何でもする。だからもう変なことはしないで!」


 リラの胸の中がざわついた。きっと答えはわかっているはずなのに、口や脳みそがそれを拒否して何が何だかさっぱりわからなくなっていた。あたかも日が沈んだ海岸でライトなしに人の顔を見たように、リラにはもう何もかも見分けがつかなかった。


「リラ、許してね、これが私のあり方なんだから。本当のね。私は亡霊なんだから。これ以上はあなたを苦しめたくない。だからね、また会いましょう? 立派なリラ。私は、満を持して待っているから。あなたはきっと私の何百倍も努力をして、きっと立派な人になって。そうしてまた二人同じ時を刻みましょう」


「まって、私はこんな国の極地の戦闘員で、たくさんの人も、たくさんの敵も、どうすることもできないの。それに何よりあなたを今からでもどうにかしてあげられることだってできるはず。できることが私にあるなら言って、サニー」


「わたしはあなたの話を聞いてそれも面白い答えだなって思ったの。だって素敵でしょ? この国を変えて、この世界を変えて、そうして私のところへ……、そんな長い道のりもあなたらしくていいと思う。私はちょっとした近道で面白いことをしてみたいって、それだけじゃないけど、いろいろ思って近道をしたの。だからね、案外短い道かもしれないと思ってあなたも私に会いに来て! So long!」


 そういうとサニーは右手を頭のところへ持っていき、静かに右手に力を込めて装置の引き金を引いた。リラは目に涙をためて、恥も外聞もないような顔をしてサニーに抱き着いて顔を見上げていたが、すがるようなその姿勢ではお互いの表情はほんの一瞬の閃光の間しかわからなかった。


 そうして彼女が銃を撃つと、サニーの影は花と散ったのだった。


 リラ以外には誰にも知られなかった星だった。これからもきっとそうだろう。


 それは初めて知った星だった。リラは必ず長い道のりを駆け抜けてみせると固く決意した。

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