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第3話「懐かしき亡霊とともに」

 何度か散発的に敵の攻撃はあったものの、リラの指揮のもと死者を出すことなく極南基地の生活は送られていった。


 食料や衣類の選択はメタバースを介して自由に取引されていた。実戦の給金は一人で暮らすには十分だったので、ファッションやちょっとした娯楽にお金を費やすこともできた。人同士の直接のコミュニケーションは限られていたが、フルダイブでのメタバースを介して好きな人とやり取りをすることもできた。




 リラは深い溜息を吐いた。


「どうしたの? めずらしくため息なんかついて。もしかして恋人にでも振られた?」キーナが言った。


「違うわよ。どうして私がそんなことでため息なんかつかなくちゃいけないの? この前のすばしこいハエ。あいつをしとめられなかったのが今でも夢に出て……」


 キーナは笑った。


「そんな前のこと思い出してるの? リラは陰湿だね! 私はリラとは付き合えないかなあ」


「付き合えなくて結構! 人に心配させといてかすり傷一つない部下と付き合うなんてこっちから願い下げよ」


「ごめんってば! わざとじゃないの! 心配してくれてありがと!」


「キーナは上官にも友達気分でいいね」とシーナ。


「はあ? 別に友達気分ってわけじゃないから! ちゃんとリスペクトしてるから!」


 リラは失笑した。


「仲がいいのはいいことよ」とモナ。


 各隊員とのやり取りはそれぞれ個性的だが、リラはそんな毎日にどことなく満足感を覚えていた。


「心配させたのはモナも同じだけどね」と笑いながらリラ。


 そんな日々が大切なのは基地の皆の一致した意見だろうとリラは思った。






 この前のサニーの亡霊は一言二言言い残すと、すぐにとこかへと雲隠れした。リラはそんなつかみどころのないサニーを追いかけていた。


 優しくて活発な少女だったサニーはみんなの人気者だった。それとは対照的に、リラは窓際の席で一人本を読んでいるような静かな性格だった。そんなリラに優しく声をかけては楽しそうに話をしてくれるのがサニーだった。リラにとって、サニーはまさに太陽のような存在だった。


 サニーは美しい身のこなしで運動神経は抜群だった。しかし試験機体での操縦訓練だけはリラが一番だった。二番のサニーには誰よりも対抗意識を燃やしていた。そんなことはつゆ知らず、サニーはいつも笑顔でリラに話しかけた。


 二人は次第に仲を深めた。そのうち恋愛関係にまで発展した。リラはあたたかなサニーの体に包まれるのが何よりもの至福だった。


 しかしそんな二人の関係はあっけなく断ち切られる。サニーは操縦訓練での連鎖事故に巻き込まれて死んだ。リラに別れを告げるでもなく死んだ。リラは何度も死亡者リストを確認した。そこには間違いなく、サニーの名前が刻まれていた。サニーの名前はもっとも刻まれるべきでない場所に刻まれた。




 リラは椅子の背もたれに体重をかけて大きなため息をついた。土井坂といさかサニーの記録はどこをあさってもその死を示していた。17、18、19歳のサニーの存在はもちろん確認されていないし、16歳のサニーが学年の授業に参加している記録もない。




 そのとき聞きなじみのない電子音が自分の机から鳴った。友人からのメールを示す通知音だ。リラは息をのんでメールを開いた。


 そこにはまた、簡潔な文章が表示されていた。




ーー三時にそっちの部屋に行くから。今度もたのしみにしてるからね。リラへ




 内心は興奮とある種の恐怖とがないまぜになって、心臓は高鳴った。またあのサニーがくる。亡霊の、16歳の、死んだはずのサニーが。


 コロニーは昼過ぎのあたたかな陽を投げかけていた。リラの目には陽は傾いて見えるし、部屋の日差しもその通りだ。実際は棒が光っているだけなのだが、人間の目にはそう見えるべきなのだ。でもそんな風に、自分には本当の世界なんてこれっぽっちも見えていないのかもしれないな、なんて思ったりした。リラの部屋にあたたかな風が吹いた。心地よい天気だった。




 午後三時、定刻ちょうど、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開ける。すると自分と同じくらいの背丈のサニーがリラを迎えた。サニーは太陽のようににこりと笑った。それは冷たい笑いには見えなかった。




リラはなんとなしにサニーを海岸へと誘った。サニーも快くそれに賛成してくれた。


 海岸への道のりはどちらも何もしゃべりだすことなく、淡々と夕日の方へ向かった。街は夕日に面するように傾斜していて、景観は抜群だった。二人はゆっくり歩いて街を縫っていった。


 少ししてサニーが口を開いた。


「最近どうしてた?」


「え?」


「最近だよ」


「ああ、最近、ね。最初にするには重い話かもしれないけど、最近はプラマ公国の攻撃が激しくて。さいわい部下たちは私に従ってうまくやってくれるけど、いつだれがどうなるかと思うと元老院もプラマ公国も憎くてね。やつらさえいなければ人が死ぬことなんてないかもしれないのに」


「だったら殺しちゃえばいいのに」


「え?」


 サニーは笑った。


「リラは本当に面白いね」


「またお得意の冗談? 相変わらず子供なんだから」


「だって子供ですもーん」


 階段を駆け下りながら彼女は笑った。




「私はね、ずっと空の向こうが知りたかったの。どうして私は死なずにいられるのか知りたかった」


「サニーは、今でも死なずにいるの?」


 サニーは間をおいていった。


「言ったじゃない。亡霊だって。ちょっと不思議だね」


 リラはほんの少し肩を落とした。サニーにはそう見えた。


「私だって膜の外の星空とか、知りたいことはたくさんあるけど……、死んでまで確かめることないんじゃない?」


「どうして?」


「え?」


 サニーが鋭く刺した。


「どうしてそこまでしてあなたは生きているの?」


 リラは一瞬硬直した。少し無言が続いてから、二人は笑いあった。


「私には使命があるの! 共和国民としてこの国を、この国の人々を幸福に導いていくっていう」


「立派だね」


 リラはサニーがそのあとに何事かをつぶやいたのを聞いた。しかし何と言ったのかは聞き取れなかった。


「あなたはどうして死んでしまったの?」


 リラが訪ねた。


「私にもね、どうしても許せなくて、どうしても知りたかったことがあるの。それが宇宙の外だった。あなたにも来てほしいところ」


「死んでまで?」


「そう」


 リラは何も言えなかった。


「あなたに使命があるように、わたしも確信に近い使命のようなものがあったの。もし神様がこの世界を作ったんじゃなかったら、だれがこの世界を作ったんだろうって」


「それを確かめるために……」


「それだけじゃない。私はこの世界の外があることがわかるの。だからそれが何か確かめたかった」サニーは夕日を見据えながら言った。そして静かに座った。「そしてそれは間違ってなかった」


「この世界の外に何かあったの? それはいったいなに?」


「それはもうとっても面白いものがあったの。リラだったらきっと笑いが止まらないよ」


 リラも制服姿のサニーの隣に腰を下ろした。


「それを見せるためにあなたはわざわざここにやってきたの?」


「そう」サニーは少し間をおいて言った。「だからリラ、行こう、外の世界へ。外の世界はなんだってできるんだよ」






※※※※※※※※※※※※






 リラは再び元老院に呼び出された。今回はフルダイブのメタバース会議での事情報告ということになっていた。


 議員がそろうと、中央元老院は重々しそうに発言を始めた。


「前回の会議ではプラマ公国からの最後通牒の件を議題にあげたわけだが、今回は共和国内での不祥事が議題の一つとなるだろう」


 そういわれると議場はにわかにわき立った。


「静粛に。先日のことであるが、何者かが立ち入り禁止区域に不可解な方法で侵入したことが発覚した」


「不可解な方法、とおっしゃいますと?」


 とリラが言った。


「それがわからないから不可解な方法というのだ。そしてその不可解な方法で禁区に侵入したのが他でもない、君なのだよ」


 リラは予想していた展開に対するため息を抑えるのに必死だった。間違いなくあのサニーと出会ったときのことだ。一体サニーはどう認知されているのか……、それにもすこしばかり興味があった。


「そこで中央元老院では君が広告のスパイである可能性を疑って、監視員を派遣することを決定した。極地戦闘員大尉リラには監視員の監視下に置かれることを通告する」


 しかし会議はそれだけ言うと、すぐに終わりを迎えた。




 そうして元老院たちの会議は幕を閉じた。ただし、リラには最後に監視員からの連絡があった。


「このご時世にスパイ疑惑で元老院に目を付けられるとは結構なことね、リラ? 反応が薄いわね。あんた私のこと忘れたとは言わせないわよ。わたしを永遠の二番手と呼ばれる原因を作った津つリラ!あんたのことはかかとの先から頭のてっぺんまで監視して、すきがあったら私の方が優秀だってことを証明してやるんだから、覚悟してなさい!」そこまで言うと、監視員カスミは通信をぶつ切りした。


 リラは懐かしいメンツに懐かしみを覚えるやら面倒な相手が来たもんだとため息をつくやら、何をしたものか迷うばかりだった。

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