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第1話「永遠の夜にキスをして」

短編です。

 それは三年以上も昔のこと、つまりはるか昔の話。私たちはきっと、だれよりも仲睦なかむつまじくこの世界に暮らしていた。




ーーこの世で一番不思議なことって何だと思う?


「ちょっと前、それより前の記憶がないこと?」


ーーじゃあ、聞くよ?


「なに、もったいぶって」


ーーこの世で一番すごいことってなんだと思う?


 私は少し考えこんでから言った。


「私たちが出会えた、こと?」


ーーやめてよリラ。耳まで真っ赤だよ。


「ぅ、ごめん」




 私たちはきれいな夕日の中、だれもいない砂浜の中をゆっくり歩んだ。


 彼女は後ろで結んでいた手をほどいた。手を後ろで結ぶのは彼女の癖だ。それがリラには彼女をはかなく見せていた。まるで体重なんてないかのような雰囲気を感じた。




「この膜の外ってどうなってるんだろうね」


ーー気になるの?


 彼女は心底興味ぶかそうに聞きかえした。


「だって公国のやつらがコロニーに膜をしちゃってるでしょ。だから筒の外はコロニーの夜みたいに真っ暗闇。その外はどうなってるんだろうね……? 青い空が広がってるのかな? それとも赤い空かな? それとも光が包んでるのかな? それともプラネタリウムが言うみたいに本当にたくさんの星が光ってるのかな? そんなに『宇宙』って広いと思う? たっくさんの星が光るには、とんでもなく大きな空間が必要なんだよ? ありえないよね。って、……もしかして茶化してる? 私が一人で夢中になってること。ニヤニヤしてるけど」


 彼女は長い髪を振った。


ーーううん。違うよ。リラもやっぱりそういうこと考えてたんだなって思って面白かったの。だって人の考えてることなんてわからないし、ましてや膜の外のことなんてわかりっこないでしょ。


「たしかに」


ーーだから、わたしはリラの話をもっと聞きたいなって思ったの。


「私はサニーの話が聞いてみたいよ。だってサニーの考えてることなんてちっともわからないし」


 ふたりは海岸に笑い声をひびかせた。


ーーわたしにはリラの考えてることの方がわからないけどね。




ーーでもね、私は思うんだ。この世界の外はどうなってるんだろうって。


「それって膜の外のこと?」


ーーううん。違うの。膜の外の外のこと。


「んん? 点々もしかして神様の話がしたいの?」




 サニーは『月』のようにはかなげに笑った。


ーー違うよ。どうしてリラは生きててくれるのかなってはなし。




※※※※※※※※※※




 真っ暗な闇の中を小さな光や大きな光が揺れたり消えたりする。小さな光はまるでプラネタリウムの星のようだけれど、どちらの光もあまりうれしくない光だ。


「M-2、先ほどの敵はどうした。状況を報告せよ」


「こちらM-2、対象は撃破。ただいま対象の護衛機群と戦闘状態にあり。期をうかがって撤退の所存」


「それで問題ない。M-3、M-4、も応答可能であれば応答を願う」


「こちらM-3、問題ありません」


「こちらM-4、問題なし」


「それでは基地に近いM-3、M-4の順に基地に帰還せよ」


「了解です」


「了解」




 その瞬間、十時の方向で爆発が発生。リラの機体は大きな揺れに襲われた。彼女は指令席の手すりにつかまってふんばった。かなり近い場所での爆発だった。至近弾がささる。


「なにごと!? この機体のステルスが破られたっていうの!?」


「こちらM-3、支援を要請しますか」


「……不要よ。あなたたちは確実に基地に戻りなさい。それが上官命令よ」




「M-1リラ、発進!」


 そう言うとリラの機体はのっぺりした船体型から、二足二腕の戦闘形態へと迅速に変態した。超小型自動戦闘機を発出し、自己機の援護機体として配置、リラは機体を加速させる。相手機はリラ機ほど大型ではない飛行型の機体。中型機に分類される程度。小回りや速度はリラ機を上回るが、搭載物は圧倒的にリラ機の方が豊富だ。


 相手機はその小回り性能を生かしてリラ機を翻弄しようとした。急旋回。


「ちょこまか動いて私を翻弄しようって? なめないでよ、朱雀のリラを。叩き潰してあげる!」


 リラは小型機群の自動操縦を解除、リラ機の軌道上を避けつつ相手機に向かって砲撃を開始した。


 この選択は相手機には予想外だったようで、複数の被弾があり、細かな機動に支障をきたした。リラ機はそのすきを狙って砲撃を開始する。


「と見せかけて!」


 リラ機は右手を上げ、レーザー銃を放つ。赤い閃光が暗闇を貫いた。直後、護衛と思われる複数の中型機が次々に真っ暗闇の中で光った。リラ機のレーダーにはうつっていない敵の護衛機がリラ機に接近していたのだ。しかし今回は見逃さなかった。複数の銃弾がリラ機をかすめ通ったが、すべてぶれて命中した弾は一つもなかった。


 左手ではリフレクターを展開。中型機による攻撃をけん制した。


「甘いわね。護衛だよりの戦闘じゃ私は倒せないわ」


 そういいながらリラは両手で巨大なライフルを構えた。大型機でしか搭載できない最終兵器だ。


「自動追尾はいらない。相手機はこちらの追尾パターンを読んでるように見える。最後は私が決めるッ!」


 そういって彼女は引き金を引いた。激しい閃光が宇宙を切り裂かんばかりにほとばしった。相手の中型機はその光に飲まれて吹き飛んだ。




 リラはレーダー探知機を確認、それから神経をとがらせて周囲に敵機がいないことを確認し、ゆっくりとフォルムチェンジをした。小型護衛機を格納しながら残りの燃料を確認。八割以上が残存していることを見て取ると、リラはほっと息を吐いて後ろで結んでいた長い髪をほどいた。サニーがいなくなって以来、肩より上に髪の毛を短くしたことは一度もなかった。


「こちらM-2、敵機を撒きました!」


「もしかして、あなたが撒いた敵機だったりする? わたしの餌食になった奴」


「いえいえそんなことありませんよ! 私が撒いたのは中型機よりも小型でしたから」


「そう。それなら構わないわ。各自基地に戻り次第、生存確認をするわ。番号順に並べ!」


「あいあいさー!」


「了解です」


「了解」


 リラ機の帰還を最後に、西暦2150年4月10日の戦闘は幕を閉じた。極南地方に敵機が来ることはまれではない。が、よくあることでもない。何かの前兆でなければいいけど、とリラは機体から降りながら思った。






※※※※※※※※※※






 リラとサニーは筒の外の真っ暗な宇宙そらを見据えていた。この空は二人が思い出せる限り前からずっとこうだったが、これがプラマ公国の仕業だということは常々元老院から聞かされていた。それが原因でリラの国とプラマ公国は一触即発の状態だった。数か月以上前の記憶がないのはこちらも同じだと彼らは主張しているが、彼らはそれをリラ共和国の仕業と考えているらしい。しかしこちらはこちらでプラマ公国の仕業だと考えているのだかららちが明かない。




 二人がずぬけて優秀な成績を収めている模擬戦闘訓練が行われるようになったのもそういう経緯があった。しかしこの訓練にはみな乗り気でない。なぜなら人・間・は・ふ・つ・う・死・な・な・い・からだ。殺されて死ぬ、そんなこともってのほかだった。たとえ医療がとてつもない発達を見せていようと、少しでも死ぬリスクのあることは誰もしたくなかった。




 二人は人工芝の丘の上に寝転んでほとんど真っ暗な空を見た。一つも星のない空を。


ーーもし空が戻ってきたらさ、二人で一緒に星を見に行かない?


「プラネタリウムの言うことを信じてるの?」


ーー私は信じてる。きっときれいな星空が、空一杯に広がってるって……


 そう言うとサニーはリラに覆いかぶさるように口づけをした。長くやわらかな口づけだった……




※※※※※※※※※※






 リラは戦闘員用居住区の一室から椅子に座って空を見た。あれから三年、つまりサニーが事故で亡くなってから三年がたつ。あのときサニーともっと長くいれば、サニーを引き留めてもっと長く話をしていればと思わない日はなかった。サニーは戦闘訓練であっさり死んだ。




 そのとき不意にメールが送られてきた。リラは思念でそれを受け取り手紙を開いた。差出人はーーサニー。リラは反射的に他人であることを願った。それがなぜかは全く分からなかった。だがその願いは叶いそうになかった。


ーーお久しぶり、リラ。元気にしてる? 今日はわけがあってあなたに会いたいの。あまり長い話はできないんだけど、もしよかったらこの場所に来てね。急な話でごめんね。


 サニーより。




 リラはよりかかっていた椅子の背もたれから飛び起きた。差出人も指定された場所も何もかもめちゃくちゃだった。差出人は言わずもがな、指定された場所は……元老院が立ち入り禁止区域に指定している研究施設の一角だった。






 リラはラダイト、つまりアンドロイドのタクシーを拾い、急いで指定された場所へ向かった。ラダイトはリラが元老院の次に忌み嫌っているものだったが、今はそれどころではない。人間の操縦では遅すぎる。


 ラダイトはなんの警告も出さずに立ち入り禁止区域に侵入した。そしてそのまま研究施設に降り立った。


 施設はまるで何事も起こってないかのように静まり返ってリラを迎えた。リラは軽いめまいを覚えながらも早足で指定された場所へ向かう。研究施設の端の奥部屋。


 まるでそこら中に死人が転がっているかのように、気味の悪い寒気が体中を包む。リラは手紙に書いてあった部屋、B-400と書かれた部屋のドアの前に立つ。自動ドアがゆっくりと開いた。部屋の中は薄暗く、緑色の蛍光色が部屋をひっそりと照らしていた。




 目の前の光景にリラは目を見開いた。飛び上がる心臓、全身が急速に熱くなり、呼吸が速くなっていく。


 リラを正面でむかえたのは他でもない、サニーその人だった。高校生の姿のままの。その後ろの、大量の眠る人体群にはほとんど意識が行かなかった。サニーが、なぜここに? ーーそれも三年前の姿のままで……


 リラは何も答えが得られないまま、呆然とさせられた。


ーーお久しぶり、リラ……

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