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一般向けのエッセイ

細川バレンタインの話が面白かった

 細川バレンタインというボクサーがいる。実績的には日本チャンピオンが最高で、ボクシングは日本人の世界チャンピオンが沢山いるので、実績的には突出しているわけではない。すごく有名というわけでもないが、彼の話は非常に面白かった。

 

 細川バレンタインという人はナイジェリアと日本人のハーフで、ナイジェリアに住んでいた事があるらしい。それと、ボクシングとサラリーマンを両方やっていたので、人生経験も豊富だ。…最も、人生経験がいくら豊富と言っても、経験を自分の頭で組み立てて、糧にしていかないとつまらない人間になる。情報は処理しなければならない。「〇〇はいい経験」と言う人がいるが、経験は処理しなければ経験にならない。細川バレンタインという人は自分の頭で考えられる人なので、話が面白い。

 

 この人はユーチューブをやっているので、興味があれば見て欲しい。ここからは、私自身の感想を書いていこうと思う。

 

 細川バレンタインは、ナイジェリアに住んでいた事があり、英語ができるので、海外についてもよく知っている。一方で、日本人的な、それこそ日本人以上に日本人的な部分もあって、両方の部分をいつも相対的に見ているので、その所が私にとっては一番勉強になった。

 

 例えば、メイウェザーというボクシングのチャンピオンがいる。彼のメンタリティは日本人からするとわかりにくい。トラブルメーカーで、金の亡者であるが、同時にものすごい努力家で、チャンピオンというのはなかなかわかりにくい。細川バレンタインがメイウェザーについて語る動画を見て、やっと「こういう人なのかな」という姿が見えてきた。そうなると、日本人と海外(海外とくくるのも乱暴だが)のメンタリティの違いが問題になってくると思う。

 

 日本人の世界観は、福田恆存の指摘するように「汚れーー清い」の概念という気がする。スポーツのチャンピオンは同時に人格者でなければならない、というのはかなり日本的な考え方ではないかと思う。相撲などは特にその伝統が強い。相撲はスポーツなのか祭儀なのか。競技自体が時代の変遷で微妙な位置に立たされている。

 

 昨今のタレント叩き、炎上騒動も、汚れを叩いて清くするという感覚があるのではないかと思う。人前に立つ人間は清廉潔白でなければならない。そういう考え方が根底にある。ある人が、欠点は様々あれど、優れた業績を成し遂げたのなら、彼の業績を讃えよう、という方向よりも、傷一つない清廉潔白な人柄を愛する。そういう傾向があるのではないかと思う。その思想の頂点は「天皇陛下」であり、それが日本人の理想なのだろう。

 

 全体の倫理観はどうだろう。細川バレンタインはこのあたり、突っ込んだ話をしていて面白いが、これも批評するのは難しいので、私の感じた事だけを書いていきたい。

 

 細川バレンタインは、神の問題についても話していた。日本人は神を信じていない、と平気で言う。しかし外から見れば、やはり何事かを信じている。とりわけ、日本とか日本人とかいうものを信じている。これは信仰と呼んでいいはずだが、この信仰は明文化されてはいけないもの、というのが日本の宗教形態そのものの本質に組み入れられている。信じているとも思わずに信じているーーこれこそが日本人が望んでいる信仰状態で、それは生活では「空気を読む」行為となっていく。

 

 こうした倫理性が、空気とか靄のように我々の精神に染み通っている状態。これが日本の精神性であるように思う。少なくとも、我々の理想であるという事だ。この考え方では、「神を愛する」というように、信仰対象を外化する事ができない。

 

 私が西欧文明の偉大さに感じるものは、神に対する恭順と、神に対して反逆する、二つのエネルギーの葛藤だ。ニーチェやボードレールは神への反逆なのだろうし、ゲーテにおいては、神は汎神論的に変化していく。キリスト教に回帰する偉大な人々も沢山いる。

 

 日本社会の場合、神が外在化されていないので、積極的に服従する事もできない、というか、それを明確な対象として意識するのが難しい。ネトウヨ的な人がやっているのは、現実の権威に対する盲従であり、それがどうして日本の「神」なのか、彼らもはっきりとは意識できていないだろう。一方で、日本の神に反抗するのも難しい。反抗しようにも、反抗対象があまりにも茫漠としているからだ。

 

 メイウェザーというボクサーは自分を信じており、自分の力を信じ、努力して邁進していく人物なのだろう、と思う。そうでなければああした世界チャンピオンにはなれまい。ただ、そこに日本人的な、人格的な陶冶という意識は全くないのだろう。そうした人格形成的なプロセスより、自分を信じるという強い力、そこから様々に伸びていくエネルギーがある。それを統御し、穏やかな人格者であり同時に力量ある人物が理想…というのはあくまでも仏教的、日本的な理想なのだろう。

 

 この事は、神と人間との関係としても現れるのではないか。天皇は神と人間の合一である。そこでは汚れがない…とされる。人間が、自分の中の神性を求める感情をどうしていくか。これは歴史的にずっと探求されてきた問題だ。

 

 天皇が神と人間の合一であるように、日本人は精神性と肉体性は融合できるという考え方を持っている。芭蕉や、西行の行脚は、日本の自然そのものに霊性を感じる旅だったのだろう。芭蕉や西行が日本人の根幹に触れる思想家でもあるのは、その為だろう。こうした自然的な事物と霊性を合一化させる方向が日本人の中には確かにある。

 

 ユダヤ人などは、自分の住んでいた地を追われた経験があるので、自然的事物と霊性が融合できるなどは馬鹿話にしか思えないだろう。ユダヤ人的資質として、極端な抽象性、普遍性を求めるというものがある、と何かに書いてあったが、彼らは自然と霊性の分離、肉と霊の分離を経験せざるを得なかった。土地を失うというのはそういう事だろう。だから、過度に抽象的な論理を構築する方向に動いた。だが、それ故に、彼らが構築した普遍的論理は、民族性を超えて、世界全体に影響を与えた、とも言える。

 

 日本列島を追われた日本人、というのは我々には想像しにくい。逆に、日本列島=日本人=日本語が分裂していない状況に安穏としていられるという幸福もまた、実感されにくい。おそらくほとんどの事は、失われなければ理解できないのだろう。

 

 海外から見れば、日本というのは恐ろしく内輪でやっているのだろうな、と細川バレンタインの話を聞いて思った。なんというか、一種奇怪な集団である。最も、それも悪い事ばかりかと言えばそうではない。問題は「自分達は日本人だ、特殊なんだ」という自意識がどういう方向へ伸びていくかという事である。この自意識が最悪の方向に伸びる場合もあるし、良い方向に伸びる事もあるだろう。

 

 本居宣長などは、日本的なものの最良の部分と最悪の部分を両方持っている人ではないかと思う。特殊な自意識、自分達は人とは違う、要するに神に選ばれた民族であるという妄想が、その民族を鍛えて強くする。その妄想が命を投げ出す勇気を与える。神の存在は、補助線のようなものだ。神が存在するかどうかが問題ではなく、神を信じる事、信じない事がその人に何を与えるかが問題だ。日本人の場合も、明確に信じているのだろう、と細川バレンタインの話を聞きながら、やっと実感されてきた。この実感ができたのは、細川バレンタインという人が「外からの目線」を持っていた為で、それが分かっただけでも、随分勉強になった。

 

 もっとも細川バレンタインが触れなかった話、触れられない話というのがあって、それは私の中では未解決の問題として残っている。それは何かと言えば、「現代性」の問題である。

 

 現代性というのは、日本だけではなく世界全体が陥っている問題である。要するに、大衆化、物質主義といった問題だ。最近、トーマス・マンの「魔の山」を呼んだが、作品のラストでは、ペーペルコルンという人物が出てくる。彼は行動主義者で、粗暴な力で作品内の人間関係をめちゃくちゃにしてしまう。ペーペルコルンが去った後には唐突に戦争が始まり、主人公の青年は戦争に駆り出され、煙霧の中に彼は消えてしまう。

 

 ここでトーマス・マンが何を問題としているかと言えば、野蛮な現代社会がやってきて全てを台無しにしてしまうという事だ。精神の火は消え、物質的な闘争に文化は敗北する。その情景が描かれている。

 

 この現代の問題は、日本人、日本社会の問題だけではないので、自分で考えていかなければならない。日本の伝統、日本人的な考え方という問題を考えていくと、現代性の問題と、日本固有の問題が絡み合っているといつも感じる。日本固有の問題を解決した所で、現代性の問題は解決しない。


 …日本固有の問題を解決した成功者のイメージを自分達で作っていくと、世界に成功する日本人経営者とか、日本人が世界チャンピオンになるとか、そうしたイメージになってしまう。それでは、現代社会の問題そのものは解かれる事はなく、むしろ現代社会の在り方を肯定するものになってしまう。なので、細川バレンタインの話に感心しながらも、ここから先はやはり、今まで通り自分の頭で考えていかなければならないだろうと思った。

 

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめましてm(_ _)m 細河バレンタインいいですよね。  ファイターとしても強いですし、実業家でもあり、考えて方やそれを伝える話術も非常に優れた人物だと思います。 一神教の歪みは排…
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